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「今から話すのは・・・・・・、まあ、憶測です。根拠もない」
ヨシュアは唐突に話を始めた。
「・・・・・・いいですわ。話すだけでも心が楽になるかもしれませんもの」
するとヨシュアが苦笑した。
「本当に大人びてらっしゃる」
私はあいまいに笑った。そりゃ、中身はあなたなんかより年上ですから。
「私はアイヒ様のそばについているので、学園に行くことはほとんどありません」
まあ、それは仕方のないことではあるわな。
「しかし、それはそれで貴族社会のネットワークから隔絶されるわけですからよくはありません。ですので、合間をぬっていろいろな学年の人と話をするようにはしています。私は普段王族と近い立場にいますから、彼らも情報がほしいのでよく話しかけてくれますよ。そのうち気が付きました。いなくなる生徒は絶対にあの方の部屋、保健室に直前に行っていたんです」
「え?」
私は突然の核心に迫る一言にびっくりした。
「始めは偶然だと思いました。あの方の仕事は生徒たちの話を聞くことでもありますから」
黒髪の子どもたちは普通の子どもたちよりもずっと早くから親元を離される。いわゆるホームシックになるのだという。そんな子どもたちと親しく話ができる相手・・・・・・。
私はふとそれに当てはまる人物が浮かんでしまった。いや、でも、ありえない。だってバールトン伯爵はお父様と国王陛下の覚えもめでたい方のはずでは? 私の顔色が変わったことに気が付いたのか、ヨシュアは苦笑した。
「さっきも言ったように証拠があるわけではないのです。それに偶然ということもあります」
先視の夢でも分からなかった、犯人の顔。
お父様と陛下が真剣になって探しても見つからない子どもたち。まるでお父様たちの動きを最初から知っているような・・・・・・。いや、でもバールトン伯爵が子どもたちを誘拐して何になる? お金か? でも、あの人は十分持ってそうだし。黒髪の子どもたちを手に入れて何かいいことがあるのか。
『さらわれているのは平民の子供たちばかりだ。だから安心していい』
『早くあの子どもたちをあの暗い空間から出してあげないとね』
私は頭の中がどうにかなる気がした。心臓の鼓動がどんどん早くなった。
なぜ彼は、あんなことを言ったのだろうか。
「ルーシェ様?」
「え?」
ヨシュアが不思議そうな顔で私を見ていた。私は何とか平気そうな顔をする。そうだ、そもそもまだ、何もわかっていないのだ。すべては憶測だ。私は早鐘を打つ心にそう言い聞かせる。
「そういえばヨシュア、バールトン伯爵がいらしたときに挙動不審だったのって・・・・・・」
「最近、妙に話しかけてこられるのでつい怪しんでしまいました。考え過ぎだとは思いますが」
「バールトン伯爵が話しかけた子どもたちはみなさらわれたの?」
「うーん。少なくとも記憶にある子どもたちは全員。でも、私がいない間に、話しかけた子どもたちもたくさんいるでしょうし。ハッキリした根拠がなくて申し訳ありません」
「う~ん。お父様に言ってしまうと大事になってしまいそうですわねえ」
証拠がないのに、嫌疑をかけるわけにはいかない。
「それはやめていただけるとありがたいです・・・・・・」
二人して黙った時だった。
パキッ。
草を踏みしめる音が聞こえた。
ギクッ。
二人して全身がはねた。そういえば今鬼ごっこの最中だった。忘れていたけど。
騎士か? ラスミア殿下か?
こそっと茂みの間から覗いてみる。
「げ、ラスミア殿下」
あたりを見回すラスミア殿下がいた。しかも、何か気配を感じたのか、こちら側にやってきたのだ。
「ヨシュア、ラスミア殿下がすぐ近くにいるわ。急いで逃げるわよ!」
二人して建物の反対側に逃げ、そこから二手に分かれた。
「いたな! ルーシェ!!」
ぎゃあ、なんでよりにもよって私の方にくるんだ!! 女の子をいじめたらだめだって習わなかったの!!?
「なぜこちらに来るのですか!!」
「お前の方が捕まえやすいだろうが!!」
「まあ!? 殿方とは思えない発言ですわ!! ちょっとはいたわってくださいませ!!」
「俺に勝っといて何を言っている!!」
どうやら私が剣の勝負で勝ったことをかなり根に持っていたらしい。女々しいぞ!!
「ふん、いいですわ」
それならこっちも本気を出して逃げ切ろうではないか。大人げない? 知らないわよ!! こう見えて、この体はかなりのハイスペックなんだからね!
「ここはどこかしら?」
息を整え、改めてあたりを見回す。とにかくラスミア殿下から逃げることを考えてあちらこちらとルートなんか全然考えずに走りまくったのだ。おかげでまいたが、迷った。
「・・・・・・」
まあ、いいや。ここは離宮であることは間違いない。適当に進んだらどこかにつくだろう。私はとにかく建物に向かって歩き出すことにしたが――――
ドンッ。
何かが足に当たった。
「あ」
それが人の足だと認識すると同時に、体が前のめりになる。地面がどんどん近くに。
ぶつかる!! とっさに目をつぶった。
「え?」
しかし、衝撃はいつまでたっても来なかった。恐る恐る目を開ける。お腹まわりに何かが回されていた。見ると手だ。手!?
「平気か?」
どうやらこの声の主が私を抱えてくれたようだ。
「あ、ありがとうございます」
私はとりあえずお礼を言った。
「よい。人間の子供は元気な方がよいからな」
何言っているんだこの人。私は改めて抱えてくれた人を見上げる。
うわ。私の周りにはとにかく顔のいい人間が多い。でも、この人はその中で一番手の美しさ。もはや人外と言ってもよい。しかも、その人の目も腰まである長い髪も不思議だった。なんて言えばいいのか、色が光の加減によって全く変わるのだ。歳は三十前後か。背が高く、黒いマントがよく似合っている。
「輝いているわね」
思わず呟く。
「ん・・・・・・? そなたにはわれの色が見えるのか?」
色が見える? 何を言っているんだろうか。
「色? なんていうのかしら・・・・・・虹色?」
私は見たまんま答えた。
「虹色?・・・・・・ははははははっ」
すると突然笑い出した。
「え? え?」
何か変なことを言っただろうか。
「二人目、いや、三人目か? 私のすべての色を認識した人間に会ったのは。ここの王とて認識は三色までだというのに。やれやれ、人間の中にはときどき特異なのが生まれるな」
「私はルーシェと申します。失礼ながらあなたは?」
なんとなく、自分の名前を言わないのは悪い気がして、名乗った後に、不審者(仮)の名前を尋ねた。すると、不審者(仮)は私の前にしゃがみ込んで、目を合わせてきた。
「名をそう簡単に明かすものではないな。さらわれても文句は言えないぞ。そなたの親は教えなかったのか?」
「・・・・・・」
さらうって何? 私は体を固くした。すると私が緊張したことに気が付いたのか、苦笑された。
「別にさらったりしない。・・・・・・繰り返すが、リスティルはそなたに教えなかったのか」
この人、私の家のことをなぜ知っているのだ。
「・・・・・・教えてくれませんでした」
「なら、知っておくのがよいぞ」
「あの」
「なんだ」
「あなたがお名前を教えてくださらないのはわかりました。ですので、答えられる範囲で教えてください。あなたは誰ですか。そしてなぜ私がリスティルとわかったのですか?」
もしかしたら危険なことかもしれないが、聞かずにはいられなかった。さっきから私の勘が告げている。この人は何か普通の人とは違う。
(あなたは、なに?)
「一度、そなたとそなたの弟を見たことがある。弟の方は泣かせてしまったがな」
「そういえば、前にグレンが変なのがいたって言って、泣いていたけれど、まさか・・・・・・」
「それでなくても、われはそなたを知っている。異界の記憶を持つゆえに、誰よりも賢く、普通であることが許されない少女」
私は体の底から血の気が引いた。寒気がする。次の瞬間には心臓が、大きく脈打った。
なぜ、知っている。
読んでくださりありがとうございました。




