43.
また、あの夢だった。
「ううっ・・・・・・。うえええん・・・・・・」
みんなが泣いている。日の光も入らない暗い場所だ。小さなろうそくの炎だけが、唯一の明かり。助けてあげたいけれど、どこだかわからない。私は何か目印はないかとベッドや置かれている水差しなどをよく見る。特に何の模様もない。
(何か、何か手掛かりはないの?)
私はあたりを見回した。泣いている子ども達を何とか助けてあげたい。
その時だった。
ギイィィィ。
扉が開かれたのだ。光が入るかと思ったけれど、入ってきたのはわずかなろうそくの光だった。あの扉の向こうにも部屋があるのかもしれない。私は扉を開けた人物に目を向けた。誘拐犯の顔が見られるかもしれないと思ったのだ。しかし、薄暗くてよく見えなかった。私は目を凝らす。人影が見えた。けっこう細身の・・・・・・。
その時だった。
「おどろいたねえ」
人影が声を発したのだ。
ざわっ。
私はものすごい寒気を感じた。実体はないはずなのに全身に鳥肌が立った気がした。
みられている(、、、、、、)。
これは先視で、未来を覗いているだけのはずで、相手からは見えないはずで・・・・・・。いろいろな考えが私の頭の中をぐるぐるするが、なによりも私が本能的に感じたのは恐怖、だった。私ははやく現実に戻りたくなった。扉に立っていた人影がこちらに歩いてきた。同時に私は後ずさった。
怖い、怖い。
この人は私を認識している。
そしてその手がのばされた瞬間。
「きゃあああああああ!!」
私は悲鳴を上げた。
***
「お嬢さま!!」
私はルカの声で飛び起きた。
「ル、ルカ・・・・・・」
「大丈夫ですか!? どうしたのですか!?」
隣室に控えていたルカは、心配そうに私に声をかけた。
「あ、な、」
なんでもない。と言いかけたが、こんなに叫んで何でもないはないだろう。
「ちょっと、いや、かなりね・・・・・・。怖い夢を見たのよ。本当にびっくりしたの」
「そうでしたか。夢は夢ですよ。大丈夫です」
ルカが頭を撫でてくれる。なんだか安心した。
「ルカが、守ってくれるものね」
「ええ、もちろん。ルカはお嬢様のそばにいますよ、ずっと」
「うん」
「何かお飲みになりますか?」
「いらないわ。もう一度寝る・・・・・・」
何か口にいれたい気分ではない。
「では、お嬢さまが眠るまでそばにいます」
ルカはそばの椅子に腰かけた。
「ルカ・・・・・・」
「どうされました?」
「私、ちゃんとここにいる?」
はっとした。何を言っているんだ。
「はい、もちろん。私の自慢の美しくてかわいらしいお嬢様が目の前にいます」
その恥ずかしい言い回しも、今は怒る気になれなかった。思わず笑ってしまう。
そのまま、意識がなくなった。
***
「眠られたか・・・」
ルカはルーシェの顔を指でなぞり、わずかに汗ばんでいる髪をすいた。
『きゃあああああ!!』
あの悲鳴を聞いたときルカは全身から血の気が引いた。そして一瞬で殺気を漲らせて、ルーシェの部屋に走ったのだ。
ルカは暗殺者という職業柄、眠りをほとんど必要としなかった。リスティル邸にいるときは、「子どもは寝ろ」、「発育が悪くなる」と言われるので仕方なくベッドに入っているが。
とにかく離宮ではルカは寝るつもりは一切なかった。一応、王お抱えの護衛がこのあたり一帯を警護しているようだが、そんなものは信用していない。
「やはり感応性が高いのか・・・・・・」
この離宮には怨念が渦巻いている。それに引きずられて悪夢を見たのかもしれない。
***
――――翌朝。
「ふああ」
よく寝たわ。あの叫び声をあげた後、夢は見なかった。正直言ってめちゃくちゃ怖かったから助かる。
「お目覚めですか?」
「ルカ!?」
目が覚めると昨日と同じ位置にルカがいた。
「お部屋に戻りませんでしたの?」
「ええ、お嬢様が・・・・・・」
と、ルカが気まずそうに視線を下にそらす。なんだろう? 私も目線を下げると、何てことだ。
「きゃー、ごめん、ルカ!!」
なんと、驚き! 私はルカの手を握っていたのだ。そりゃ、自分の部屋に戻れないだろう。でも離してくれてもよかったのに。
「いいえ、私としてはかわいらしい寝顔が見られて大変うれしゅうございました」
また出たよ。ルカのべた褒め。
「まさか、寝ていないの?」
「ちゃんと寝ましたよ」
「嘘おっしゃい」
ルカだってまだ子どもだ、睡眠は大事に決まっている。
「ごめんなさい。ここで寝てくれてよかったのよ?」
するとルカが急に口元を押さえた。どうしたんだ、今になって頭でも痛くなってきたのか。
「どうしたの?」
「お嬢様、その言葉絶対にほかの人に言ってはいけませんよ」
「ルカ以外この部屋に来る人はほとんどいないわよ」
すると困った顔をされた。なんなんだ、いったい。
「そういえば今日でしたか? 肝試しは」
「そうね。アイヒに本当にするのか聞かなくっちゃね・・・・・・」
私は何故か胸騒ぎがしていた。




