41.
ひょいっ。
「きゃあ」
体が浮く感覚がして思わず声が出た。目線がいつもよりもずっと高い。
「何をしてますの! この変態!」
いや、変態ってアイヒ。思わず心の中で突っ込んだ。今、私はバールトン伯爵に抱き上げられています。世の女性たちがうらやむお姫様抱っこってやつです。
「人聞きの悪いこと大声で言わないでください。先ほどから歩き方がおかしいですし、ケガをされたのでは?」
と、顔を覗き込まれた。やはり、見抜かれていたのか。隠していたつもりだったがばれていたらしい。さすが医者と言うべきか。
「そうなのですか!?」
アイヒが私を見上げる。
「ええと・・・・・・」
「ルカ君が心配そうに君のことを見ていたからね。君の我慢に付き合ってあげたみたいだけど、無理はよくないよ」
その言葉に私は驚いた。なんてこった、ルカも気が付いていたのか。
「ごめんなさい。わたくしったら気が付かなくて。部屋に消毒液と包帯あったかしら」
アイヒが悲しそうに私を見てくる、
「いや、そんなにひどくありませんわよ。ちょっと痛いくらいだもの」
大方足の皮がむけたくらいだろうし。しかし、その言葉はバールトン伯爵によって否定された。
「よくないです。子供の足の皮膚は大人に比べて柔らかいんだから。ここからなら医務室の方が近いから。そこに行きましょうか」
「バールトン伯爵」
「はい?」
「このままですか?」
「あたりまえ。けが人を歩かせるわけにはいかないよ」
にこり。その笑みは紳士然としていた。
王宮に医務室は三か所あるらしい。扉を開けると室内は結構広く、白いベッドが左右に八台ほど並べられていた。休んでいる騎士の姿も見える。
抱えられたリスティル家の長子とバールトン伯爵、そしてこの国の王女が現れた医務室は一瞬ざわついた。
「どどどどどうされたのですか!!」
瓶底メガネをかけた白衣の青年がものすごい勢いで駆け寄ってきた。おそらく彼がここの医師なのだろう。瓶底眼鏡なので、よく顔を見ることはできないが、王宮内の医務室を任されているということはかなり優秀なのだろう。
「ああ、大丈夫だよ。消毒液と包帯を持ってきて。私がやるから。君は通常業務に戻りなさい」
「は、はいいい」
バールトン伯爵とは知り合いのようで、ぺこぺこ頭を下げている。
バールトン伯爵はひざまずくと、私の靴を脱がせた。
「なかなかひどいね」
我ながらよく我慢したかも・・・・・・、と思わず感じてしまうほどにはひどかった。まあ、なんと言いますか、足の皮が剥げていた。そして小指の爪が割れていて血がにじんでいました。
「もう、痛いならそう言ってくださればよろしかったのに」
「そこまで痛いと思わなかったのよ・・・・・・」
バールトン伯爵は私の足に消毒液を塗った。
痛い。容赦ないな!! 消毒液特有の臭いとぴりぴりした痛みが来る。
バールトン伯爵のことをジトーッと睨んでいると、笑われた。わざとか。バールトン伯爵は消毒液を拭うと、手早く包帯を巻いていく。
「さすがお医者様、手慣れているんですね」
「学園でもこうやって、怪我をした子どもたちの世話をするのが仕事だからね」
「・・・・・・そういえば、バールトン伯爵」
「なんですか?」
「最近学園の子どもたちがいなくなったと聞きましたわ。お父様に」
学園に実際に通っている教師に聞いてみるのもありだろうと思って、私は誘拐の件について尋ねてみた。
「・・・・・・あの方は子どもに何を言っているのだか・・・」
「私がたまたま聞いてしまったのですわ。・・・・・・ここだけのお話ですけど、アイヒがヨシュアのことをとても心配されていますの。言葉には出しませんけどね」
ごめんアイヒ、使わせてもらうよ。ちなみにアイヒは初めて来た医務室に興味津々で、瓶底の医師にいろいろと質問していた。瓶底の彼の奇声が時々聞こえるが、いったい何をしているんだ。
「ああ・・・・・・。そうだねえ。今のところ生徒たちには気づかれていないよ。さらわれた子どもたちは学年もバラバラだし、平民だけだからね」
「平民の・・・・・・?」
それは初耳だった。でも、言われてみたら、貴族の子どもたちをさらうと騒ぎが大きくなるに決まっている。それも見越してのことだったのだろうか。
「そうだよ。だからヨシュア君はたぶん大丈夫だよ」
「なぜなのでしょう? 誘拐するなら貴族の方が、身代金が取れますのに」
「ははは。目的は身代金だけとは限らないよ。黒髪の子たちだけが攫われているわけだしね。なんにせよ、早くあんな暗いところから出して、親元に帰してあげないと。きっと泣いているよ」
「そうですわね。お父様やお母様に会えないのはつらいですわ」
早いところ見つけてあげてほしい。私の夢が何か手がかりにつながればいいのだが、残念なことに全く見当がつかないのだ。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとうございます」
靴を履けるか心配だったが、そこまで分厚く包帯を巻かれたわけではなかったので、何とか入った。が、足がごわごわしていて歩きにくい。
「歩ける?」
「うーん」
私は歩いてみた。うん、なんとか歩ける。痛みはほとんどなくなって大丈夫だ。
「歩けます。バールトン伯爵、ありがとうございます」
私は素直にお礼を言った。
「我慢強いのは両親譲りだろうね、きっと」
くすっと笑われた。
「え?」
「なんでもないよ。・・・・・・無理しないでね」
バールトン伯爵は優雅に去って行った。
「お嬢様」
ルカは無表情のまま私の前に立った。
「ルカ、あなた気が付いていたのね」
「お嬢様のお立場を考えました」
私のけがはこの国の第一王子と戦ってできたものだ。別にわざとでもなく正々堂々と戦ってできたもの。あんな場所で痛みに泣きわめいていたら、それこそ騎士達に幻滅されるし、貴族どもに陰口をたたかれるに決まっている(正直言って、泣き喚くほどは痛くなかったんだけどね)。私はそこまで考えてもいなかったが、ルカが何も言わなかったのは私の立場を考えてくれたようだった。
「そう。ありがとう、ルカ。さすが私の従者。心配かけてごめんね」
私は素直に謝った。
「いえ、お嬢様のことを気に掛けるのは当たり前ですので」




