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このようなつたない文章を読んでくださりありがとうございます。
高い評価をいただいて、とてもうれしいです。
今回は王子様との仲直りのお話です。
その日は屋敷の中がどことなく喜びに包まれているような気がした。
「・・・・・・?」
最初は何か分からなかったけど、私の部屋に訪れた人物によってその理由が判明した
「ルーシェ、あなたにとてもうれしいお知らせよ」
私と同じ髪色の美しい母が、それは嬉しそうに近づいてきた。お腹に手を当てながら。
「・・・・・・なあに、お母様」
ああ、この日が来てしまったのね。
何か冷たいものが背筋を撫で上げた。
最近お母様がよく顔色が悪そうにしていたわけだ
それはそうだ。
妊娠の初期症状つわりが起きていたのだ。
「あなたに弟か妹ができるのよ」
予想のとおり、私に弟ができるのだった。
「本当に!?」
私は弟妹ができてうれしいお姉ちゃんと言う顔をした。
ちゃんと笑えているだろうか。単純に弟ができるのは嬉しいのだけれど・・・・・・。
あの夢がなければもっと素直に喜べるのだけどな。
***
お母様のお腹は日に日に大きくなっていった。
確実に、新しい命がそこにいるのだ。
「ねえ、お母様、私お腹に触ってみたいわ」
前世では一人っ子だった私は、なんだかんだ言いつつも自分に弟ができることはうれしかった。
複雑な気持ちはもちろんあったけど、お母様のところに行ってはお腹に手を当てたり、耳を当てたりしていた。
時々ポコッと壁を蹴る音が聞こえる。
これだけ元気にポコポコ蹴るなら絶対に弟だわ、と私は言い張った。
「あなたは弟って言っているけど、妹かもしれないわよ?」
あなたも元気がよかったものと言われたが、さすがに赤ん坊の時の記憶はない。
「そうかもしれませんわね。妹だったらドレスの着せ替えっこをして、弟だったら剣の稽古をしますわ」
まあ、ルーシェったら。とお母様に笑われてしまった。
もし、妹だったら、私の先視の能力は嘘ということにならないかしら。
お母様のお腹に手を当てていたらまた、ポンと蹴られた感覚がした。
間違いではないと、怒られた気がした。
お父様はお母様のことが心配で、薄着をするな、階段を降りるなと無理難題を言い、俺がお前を抱きかかえると言っては、おばあ様にはたかれていた。
「ルーシェが生まれるときはもっとひどかったのよ?『部屋から出るな、いるものは全部俺かメイドに持ってこさせろ』って言うの」
「お父様が?」
「そう。『妊婦さんも少しは動かなきゃならない』って、お医者様に言われて、あの人もちゃんとそのことを聞いていたのに」
そう言ってあきれた顔をするお母様だけど、とてもうれしそうで、幸せそうだ。
「ルーシェもそんなふうに望まれて生まれたのよ?」
「え?」
お母様の言葉を私は最初、理解できなかった。
「最近元気がないでしょう?」
お母様は私の顔をのぞき込んだ。母の瞳の中に映る私は、いつもと変わらないと思うのだけど、そう言われてドキッとした。私、ちゃんと嬉しそうに笑っていたのだけど。
「どうして?」
「だって私はルーシェのお母様よ?わからないわけないわ」
私を見る顔はとても優しくて愛おしい者を見る目をしていた。
母、その言葉は今の私にとっては不思議な響きだった。今世のお母様もお父様もとてもやさしくて信頼できる。でも、前世の記憶を思い出してから、自分の父と母はいったいどっちなのだろうという思いが拭えなかったのも事実なのだ。死んだからといって、日本の両親がもう私の両親ではないとはとても思えなかったのだ。
ルーシェのお母様よ、と言われたとき、この人は紛れもなく私の母なのだと思った。
「お母様ってすごいのね」
「そう?お母様だもの。それにね、ルーシェがお姉様になっても、お父様とお母様の可愛い娘であることに変わりないし、ずっと愛しているのよ?」
そう言われて気が付いた。どうやらお母様は私が弟にお母様とお父様をとられて寂しがっていると思われたようだ。
確かにそんな話は聞いたことがある。
赤ちゃんは手がかかるから、今まで構われていた子供たちが放っておかれて、兄弟姉妹仲が嫉妬でこじれるやつだ。
「ええ。ありがとう」
違うんだけどね。でも弟が生まれると私は居場所が無くなっちゃうのは事実だわ。だからと言って、弟に八つ当たりしようとか、嫉妬するとかは今のところ考えていないな。
***
「おい、ルーシェ」
「・・・・・・・・」
「おい、ルーシェ!!」
「はい? なんですか、王子様」
今、私はまた王宮に来ている。なんでも王子様がこの前のことを謝りたいようだ。正直言ってどうでもよいのだが、陛下に呼ばれた以上、行かないわけにはいかない。ちなみに今お父様と陛下は東屋で談笑中である。談笑しているよね? なんか周りに、どろどろしたものが見える気がするんだけど、気のせいだよね!!
――――許さなくてもいいんだよ?
王宮に向かう馬車の中で、お父様ににこりと怖い笑顔でほほ笑まれたのはつい先ほどのことである。
「なぜ俺の名前を呼ばないんだ!? 俺はちゃんとお前の名前を呼んだのに」
「・・・・・・・・」
ヤバい、ガン無視してしまった。完全にこれからの人生設計について考えていた。
「申し訳ありません。名前を呼んでくださりありがとうございます。ラスミア殿下」
別にこの間名前で呼ばれなかったことは気にしていない。
「・・・・・・心配事でもあるのか?」
「いいえ」
にこり。お父様直伝のブラックスマイル。これ以上その話をするなというオーラを醸し出した。
「そ、そうか・・・・・・。もうじき、お前の弟妹が生まれるらしいな」
王子様は私のおどろおどろしい気配に何かを察してくれたらしく、それ以上言うことはなく、おとなしく隣に座った。
「ええ。きっと元気な男の子です。もうじき姉になりますわ」
「お前はずっと男だと言っているらしいな? 占術師といえど、出産に関しては外れる確率は高いぞ」
『だって、視ているんですもん』とはさすがに言えないので、あんなにお母様のお腹を蹴るのだから、なんとなく男の子の気がするのです、と言っておいた。
「まあ、どちらでも、弟妹と言うのは悪いものではないぞ。妹でも弟でも存分にかわいがるといい」
そういえば、現在王室にはラスミア殿下(八歳)を筆頭に姫三人(双子一組)、王子が二人いる。ちなみに現王はかなりの愛妻家で、奥方が王妃様一人しかいない。一人の奥さんが生んだにしては、前世では驚きの多さだ。
「・・・・・・」
「なんだ、その顔は・・・・・・」
「意外です。よいお兄様なのですね」
「なんだ、それは!」
「だって私のことを偉そうに見下すのだから、もっと弟君達にも命令したり、偉そうに振る舞っているのかと・・・・・・」
あ、ものすごい本音をぶちまけてしまった。
おそるおそるラスミア殿下の顔を見たが、そこまで怒ってはなさそうだ。
「その件は謝っただろ! それに、まだ言葉を話せないくらい幼い子もいるのに、偉そうも何もないだろ」
心外であるといった顔をして反論してきた。
「ふふ、それもそうですね」
なんだ、ちゃんといい子じゃないか、ラスミア殿下は。
「おい。・・・・・・俺は別にお前でもかまわない」
「は?」
お前でもいいって何がですか?
あまり話の内容が理解できなくて、殿下の顔をガン見したら、顔をみるみる真っ赤にして
「・・・・・・お前が、お前が戦公爵でも問題ないと言っているんだ!!・・・・・・この前は悪かった」
遠慮しますと、口に出しそうになったが、「悪かった」の一言にまたまた感心してしまった。
うん、謝れるなら問題ない。
彼はきっといい王様になれるわ。
「こちらも殿下の名前をわざと申しませんでしたの。許してくださいね」
少し大人げないことをした自覚はある。
するとさらに顔を真っ赤にして、小さく「許す」とだけ言った。見た目が人形のようなので本当にかわいらしい。ついつい笑ってしまった。
「ふふ」
「真面目に言っているのだぞ!」
また、怒らせちゃった。ごめんなさい殿下、あなたと一緒にいるのは楽しいかもしれない。でもね、私は将来、あなたの隣には、きっといないのです。私は子どもができた、とお母様に言われたときに感じた寒気を思い出した。ああ、心がぐちゃぐちゃだ。
「わかっていますわ。お互いおあいこですわね。そろそろ国王陛下とお父様のところに戻りましょう?きっと心配されていましてよ」
「ああ」
***
俺はアステリア王国第一王子 ラスミア・ギル・アステリアだ。
俺の気分はすこぶる最悪だ。というのも、先ほど遠慮なく帰っていったルーシェ・リナ・リスティルのことだ。
アステリア王国は肥沃な大地を持ち、東部では広大な海による貿易が盛んな地の利がある国だ。武力においても他国と比べて全く遜色ない(家庭教師が教えてくれた)。
その筆頭貴族ともいえるのがリスティル公爵家だ。
代々王家に仕え、現国王である父の護りにアドルフ様が、先代国王である祖父にエイダ様がいたように、いずれ俺にも隣に立つ人間が選ばれると教えられた。
最初は別に女と言うのは問題ではなかった。エイダ将軍などは他国から鬼姫、死神、と呼ばれるくらい、恐ろしいほど強いのだ。女が戦場で役に立たないなんて思わない。自分にはそれくらいすごい人間がついてくれるのだと、うれしく思ったのだ。
ただ、仲の良い隣国の王子が遊びに来たとき、このことを自慢げに話したら、「女に守られるのか」と馬鹿にされてしまったのだ。彼の後ろに佇んでいた屈強な護衛たちを見ているとつい、自分の戦公爵が女であることが嫌になった。
ただ、それだけだ。イライラして、もやもやして、ついつい傷つけてしまったのだ。
自分が悪いのはわかりきっている。
俺の言動を注意する人間は、両親やリスティル家の大人たちぐらいだ。特に同年代は怒りを買いたくないからみんな黙っている。
「ああ、くそっ」
バルコニーから庭に降りて、手入れされた芝生の上に寝転がった。空は憎たらしいほど青い。
すると、突然自分の上に影が差した。
「おやおや、後悔しているね、ラスミア」
「父上!?いついらしたのですか」
「今だよ。そろそろうだうだ言っていると思ってね。ルーシェ姫に悪いことしたって思っているかい?」
「それは・・・・・・そうですが・・・・・・」
認めるのも何故か、いやだ。悪いのはわかっているが。
「そうだねえ、でも、謝るなら早くしないとだめだよ。時間が経つと謝りにくくなるからね。ルーシェ姫は優しいから、きっと許してくれる。私も昔はアドルフに、よく八つ当たりしたよ」
よく、後悔して謝っていたよ。あいつは優しいから、謝れば仕方ないなって許してくれてさ。
父とアドルフ様もケンカをすることがあったことに驚いた。
「私はテキトウ人間で、自由人だったからね。よく、お前は話の通じない原始人か!!って怒鳴られていたよ。でも原始人がいたおかげで僕たちがいるんだから、バカにしちゃいけないよね」
「父上・・・・・・」
なんか内容がずれているような・・・・・・。父と話すとよく話がおかしな方向にひん曲がって、軌道修正が難しくなるのだ。アドルフ様や他の臣下もそれで苦労する光景を何回か見たことがある。
「じゃあ、仕事に戻るね。あんまり執務室を開けるとアドルフに怒られるし」
父上はさらりと話を切り上げ、俺の頭をなでると去って行った。
「・・・・・・」
父の後ろ姿を見ながら、俺はしばらくそのまま寝転がっていた。