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読んでくださりありがとうございます。
「ヨシュア! ルカ!」
私の視界に二つの背中が移りこむ。
「ルカ・・・・・・」
私の前にすっと割り込んできたのはルカとヨシュアだった。
「お嬢様、こちらへ」
と、ルカに促され私とアイヒ様は連れだされた。ちらっと後ろを見るとヨシュアが侯爵と何か話していた。
「でも、ヨシュアが」
ヨシュアは伯爵家の人間だが、侯爵よりかは地位が下になる。逆に怒りを買うことになるかもしれないのだ。
「大丈夫ですよ。あの方の家は伯爵家ですが、そこらの侯爵なんかより力がある家ですので。・・・・・・そんなことよりお嬢様」
ルカが私の前で膝を付き、目線を合わせてきた。
「あの侯爵に何を言われたのですか?」
「・・・・・・」
あまり言いたくはなかった。別に気にすることはないのだけれど。
「お嬢様、お優しいあなたがあれほどまでにお怒りになられたのです。よほどのことを言われたのでしょう」
優しくルカは言葉を発する。
「お嬢様。私はお嬢様の従者です。お嬢様が悲しまれるようなことはすべて排除するのが役目です。なんなら、旦那様に言って公爵の力でもってたたきつぶしていただきましょう」
「そ、それはだめ」
あまりこのことをお父様やお母様に言いたくないのだ。でもルカはきっと両親に言うのだろう。
「ルーシェ、おじい様になんと言われたの?」
今まで私たちの会話を見守っていたアイヒも迫ってきた。これは困った。
「・・・・・・下賤な女の血を引いてるって言われたの・・・・・・」
私は迷った末に言うことにした。その瞬間のルカのまとう気配が恐ろしいことになった。いまにも侯爵を射殺しそうな眼をしている。ルカはお父様やお母様のことをとにかく慕っているのだ。
「なんてこと・・・・・・」
アイヒ様も怒っているようだった。
「ルカ、アイヒ、大丈夫よ。私、別に下賤な血を継いでいるって言われたって傷つかないわ。お母様は素晴らしい人だもの。私はお母様がお母様でとても誇りに思ってるもの。それに、高貴な血も下賤な血もない、大事なのはその人の心だもの」
前世の母とは少し違うけど、私にとってはもう一人の素晴らしい母だ。私の中には身分制度なんてないし。
「お嬢様・・・・・・」
「でも、お母様が悪く言われるのは我慢ならないわ。アイヒには悪いけど、あんなのなんかよりずっとお母様の方が素晴らしいもの。ちょっと怒ってしまったの」
「ええ、全くです。・・・・・・急襲するか。」
聞こえてない。今の聞こえてないから。
「私の祖父がとんでもないことを言いましたわ。本当にごめんなさい」
アイヒが申し訳なさそうに頭を下げた。
「アイヒのせいじゃないから、頭を上げて。」
私はアイヒの肩をつかんで頭を上げさせた。彼女のせいではないのだ。
「さあ、気を取り直して王妃様のところに挨拶に行きましょう」
「緊張も何もかも吹っ飛んじゃったわ」
あの侯爵のおかげと言うべきか、緊張のかけらもない。
「もとから緊張する必要もないですわ。あ、でも」
アイヒがにやっと笑う。この顔はやばいかもしれん。
「少し驚くかもしれませんわ」
「え」
どういう意味だそれは。アイヒ様も突拍子もなかったが、それは王妃様の血なのか。
この王家の女性は普通と言う言葉からかけ離れ過ぎではないだろうか。え?なに今度はリオのカーニバルの格好でもして出てくるんじゃあるまいな。
「・・・・・・」
「大丈夫ですわ」
アイヒの大丈夫が全く信用できないのはなんでだろうか。
そして王妃の住む館の前まで、来た。
「お母様、アイヒですわ。ルーシェ様をお連れしました」
「お入りなさい」
優しい声がした。
***
部屋の中はシンプルだが、品のある家具がおかれていた。主の趣味はいい。美しい庭が見られるように椅子が庭に向けておいてあった。その椅子から一人の人物が立ち上がる。後姿だが、きっと王妃様に違いない。くるっと振り向いた。
「・・・・・・」
私は一瞬固まった。え・・・・・・、王妃様?
誰だってビビるに決まっている。
だって王妃様・・・・・・、能面をつけてらっしゃる。なんで能面?どんなチョイスなの。いや、そもそも能面ってこの国の文化にあるの? あれ日本の文化だよね。あのお面を作った人間がすごく気になる。そしてなんでそんなお面を選んだ。頭の中をぐるぐるといろいろなことが駆け巡っている。
「え、えーと・・・・・・」
しかし、私の戸惑いはなんのその
「初めまして、リスティル家の姫君。わたくしがアステリア王国王妃トリシアです。今日はようこそ。我が家へ」
そう言っておそらく微笑まれたのだろう。カンだけど。挨拶されたらするしかあるまい。私は淑女、冷静に冷静に。相手がたとえ能面でも、王妃さま。この国で最もコウキな人。落ち着いて。私。
「お初にお目にかかります。ルーシェ・リナ・リスティルです。本日は後宮への滞在を許可していただき、誠にありがとうございます」
いえた。よくやった。もう私は一生驚くことはないに違いない。能面のことは突っ込んでいいのか悪いのか。
「アイヒとお友達になってくれてありがとう」
言っていることは母親だが、何分顔が能面で読み取れない。でもきっと優しい顔をしているのだろう。カンだけど。
「いえ、気が合ったのです」
「お母様、その不気味なお面を取られてはいかがですか? ルーシェが困っていますわ」
そんなはっきり不気味なお面と言わないであげて、アイヒ。気持ちはわかるけど。
「お父様ももっとかわいいお面を上げればよかったのに」
私は驚愕した。
「え? 陛下が・・・・?」
まさかの陛下!? このお面は陛下があげたらしい。意味が解らない。もっとかわいいのあったでしょ!!
「そうよ。怖いわよね」
「うーん。・・・・・・夜見たらびっくりするかも」
私は改めて王妃様の顔、能面を見た。無表情。うん、怖い。目が死んだ魚。
そもそもなんで王妃様は顔を隠していらっしゃるのかしら。聞いていいのか。
「お母様、ルーシェが不思議がっていますわ」
「王妃様の御顔は誰も知らないの?」
もしそうなら、わざわざ見たいとは思わない。見せたくないなら仕方ないし。誰だって隠したいことの一つあるのだ。
「式典では外していますわ」
なんでつけているんだよ。普通外に出るときに隠したいものなのではないのか。
「アイヒ、そんなに無理矢理・・・・・・」
気になりはするがそこまで無理矢理見たいわけではない。誰だって見せたくないことの一つや二つある。
「そうね。・・・・・・子供に気を使われたらおしまいよね」
ズーン、精神的に何か重そうなことになっている。
精神年齢的には少ししか変わりませんがね。私の精神年齢って二十三歳くらいだよね。でもそれ以上に達観している気がする。だってねえ・・・・・・。
そうこうしている間に王妃様の手が後ろの結びにかかった。
ゴクッ。
「・・・・・・」
私の表情は変わっていないはずだ。別にそこにあった顔は特別おかしな顔をしていない。むしろ整っている部類だ。
ただ・・・・・・、顔には右目の上から鼻左の目の下にかけて刀傷のようなものがあっただけだ。それだけ。
私のリアクションがないことが驚きだったのか首を傾げられた。
「この傷を見ても怖くないの?」
いや、別に。と言うかおじい様の顔の方が怖いんですけど。
「もっと怖い方が近くにいますので、特別気になりません・・・・・・。どうぞ、の・・・・・・仮面をつけてください」
やべえ、能面とか言いそうになった。しかし、顔に傷か、貴族の令嬢、王妃としても致命的と言ってもいいだろうな。隠したくなるのもわかるが、なんだってそのお面を選ぶんだ。
そして、なぜそんな傷をあなたは負ったの。
私が仮面について気にしているのがわかったのか王妃様は答えてくれた。
「このお面は陛下が下さったのよ」
「陛下が・・・・・・?」
おい、なんだって能面を選んだんだよ。私は心の中でつっこんだ。
「ふふ、変なお面でしょ」
「い、いえ。そんなことは・・・・・・」
「だってこれをつけると子供たちみんな泣くわ」
そりゃそうだ。怖いもん。あんな顔であやされたらそりゃ泣くわ。
「お母様のお顔を見たいからですよ。仮面ではなく」
そのお面を被った後だと、王妃様の顔の傷が些細なことのように思えてしまう。まさか、これを狙ったのだろうか、あの陛下は。
「・・・・・・あなたの父君と同じことをおっしゃるのね」
「父を・・・・・・」
そりゃ知ってるか。王妃様だもんね。
「知っているわ。あなたのご両親にはとてもお世話になった。お母様とは時々お会いするのよ」
そりゃ初耳だ。お母様は王妃様と仲がよろしかったのか。
「ルーシェ姫。今日はようこそ。遊びに来てくれてありがとう」
そう言って王妃様はほほ笑んだ。




