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33.

ドキドキと心臓がうるさい。

ごきげんよう、皆様。私はルーシェです。今、とーっても緊張していますのよ。

今回、私が泊まらせていただくのは場所は後宮だ。つーわけで、その女主人の王妃には絶対に挨拶しなければならない。そして緊張。私の歩き方がおかしいことに気が付いたのかアイヒが話しかけてきた。

「意外だわ」

「な、何が?」

やべえ、どもった。

「動じないと思っていたのに、緊張していますわね」

おいおい、私のことなんだと思ってんだよ。

「私だって人間だから、緊張くらいするわ。いくら王妃様が優しいって言ったって・・・・・・」

基本的に私ビビりなんだよ、ええ、怖いんだよ。前世ただの一般人だぜ?王族ってあったことないし、そもそも、天皇陛下にだってお会いしたことねえよ。

「お父様はルーシェは何事にも動じない強いお姫様って言っていたわよ」

なんだって? そりゃ初耳だ。

「うれしいというべきなのか・・・・・・」

「心配しなくても、お母様も懐妊中だからそんなに長くお話されないわ。それに子供相手に何か言うことなんてないわよ」

ああ、そういや懐妊中だったなあ。ほんと一体何人兄弟ができるんだろうね。

「王女? 王子?」

気になることを聞いてみた。そろそろ占術師が占っているだろう。占術師の占いは七十%くらい当たるのだ。エコーもないのにすごいよね。

「王女じゃないかって。まだ、わからないけどね」

アイヒは嬉しそうに笑った。

その時だった。前から誰かが歩いてきた。私は顔をそちらに向ける。

それが誰だかわかった瞬間、アイヒの顔がこわばった。私は笑顔を貼りつけた。王の後宮、入れる男は限られる。

「・・・・・・おじい様」

前から歩いてきたのはアイヒ王女の外戚の成金侯爵だった。うわ、相変わらず趣味悪いな・・・・・・。というか、メタボってかっこ悪い、運動しろ。

「これはこれは、アイヒ王女」

祖父が孫に使うにしては違和感のある言葉だ。まあ、祖父と言っても王位継承権のある王女よりかは位がはるか下だから、敬語を使わなければならない。変な気もするが、これがこの世界である。そして私は私で、顔が引きつりそうになった。バールトン伯爵の言葉が思い出される。この侯爵はリスティルが大嫌いなのだというから。

「何の御用ですか」

「王妃様の様子を見に来たのですよ。娘ですから。・・・・・・そちらはもしや」

侯爵の目がこちらを向く。うわ・・・・・・、値踏みされているよ。もうちっと視線を何とかしてくれ。子供相手だぜ?

私はできうる限りの笑顔を浮かべて、優雅に挨拶をした。

「初めまして、ルーシェ・リナ・リスティルです」

リスティルを小さく言った。反応しないで。

しかし、神様は優しくない。

「リスティル・・・・・・」

とつぶやいた。げ、やっぱり反応するんだ、そこ。

「ああ、そういえば今日でしたなあ。後宮に泊まるのは・・・・・・」

なんか、引っかかる言い方だ。この人は性格悪い、絶対悪い。私が嫌いなタイプだ。陰でぐちぐち言う人。

ああ、もっと早く会うことに気付いていたらよかった。絶対によけた私の未来視が発動してくれていたらよかったのに。

「あなたの御父君や、おじい様には大変お世話になっておりますよ」

どんなお世話になっているんだろうね。

「しかし・・・・・・、王の後宮に上がり込むのはあまり感心しませんなあ」

なるほど、王の後宮に臣下が入り込むなと言うことか。と言うか、誘ってきたのは王女だし。気に入らないのなら直接国王陛下に言え。まあ、言えるならこんなところに来て、私に喧嘩売ってないか。

そもそも子供相手にこんなことを言ってどうするんだろうか。恥ずかしくないのだろうか。

私は成金親父を笑顔で見上げる。私が知る貴族とはかけ離れた、まさに悪役貴族。なぜ王はこんな人を侯爵にしたんだろう。いくら王妃様を好きだからって・・・・・・。

私は子供らしく何もわからないふりをすることにした。あんまり波風は立てたくない。

「それではわたくしは失礼いたします」

意外にも彼は何も言わなかった。もっと言ってくるかと思ったのに。しかし次の瞬間私の頭からすべてが吹っ飛んだ。


「しょせん、どこの馬の骨とも知らない女から生まれたから仕方ありませんな」

すれ違ったときに自分にだけ聞こえるように言われた言葉に私は頭が真っ白になった。

「ルーシェ?」

アイヒが心配そうにのぞきこむが、それどころではない。


***


お母様がこの国の貴族でないことは知っていた。と言うか、教えてもらったのだ、お母様に。

「お母様はね、傭兵だったのよ」

私はうそだあ、と思った。母はとても美しく教養のある人だから。とても剣を持って戦場を駆け巡るようには見えなかったのだ。どちらかと言うと深窓の令嬢みたいな感じだし。今は立派なリスティルの女主人なのだ。

でも、お母様は笑って、本当なのよ、と言われた。私とお父様は戦場で出会ったのよ。

前にルカに教えてもらったが、公爵家リスティルに婿入りすることや、嫁入りすることは平民でもできるらしい。強ければいい、それが条件なのだという。血筋は一切問われない。礼儀作法も貴族としてのたしなみも家に入った後に叩き込まれる。はるか昔にリスティル何代目かの女当主が、どこかの国のものすごく強い死刑囚の噂を聞き、さらって婿にしたという逸話があるほどに。強さを求めた一族。

でも一番驚いたのはその当時の国王が「別にいいんじゃないか。強いんだろう、そいつ」と言って許したことだが。王家も変わっているのは血筋なのかも・・・・・・、と思ったことは内緒だ。

リスティルにはさまざまな血が流れている。だからこそ血のネットワークもすごいらしいが。私は詳しくは知らないけど。

お母様に言われたことがある。

「私の血のせいであなたがこれから傷つくことが絶対あるわ」

ごめんね、そう言って悲しげに笑うお母様に私は何も言ってあげることができなかった。それはお母様自身が言われてきたからなのだろう。強さがあっても、リスティルが許しても、国王陛下が許しても、血を誇りとする貴族たちは許さないということだ。あんなのただの鉄分やら血球が入っただけで、尊いも卑しいもないのにね。DNAを説明してやろうか。それくらいならできるぞ。

血筋をかさに着たり、高貴だなんだという連中に限ってだめな奴が多いと私は思っている。だからどれどけ言われても気にしないようにしようとは思っていた。傷つかない。傷ついてなんてやらない。恋愛結婚万歳、浮気していく貴族たちよりずっと人間的に立派だと思うもの。


***


「しょせん、どこの馬の骨とも知らない女から生まれたから仕方ありませんな」

でも、お母様を侮辱された。

それだけは、許せない。と思った。

怒ってはだめ。わかっている。あいつはわざと言ったのだ。私が傷つくならそれでよし、怒って私が逆上すればそれでよし、貴族の令嬢としてはよろしくないと吹聴できるのだから。

怒っちゃダメ、でも、体が勝手に動く。怒りが収まらない。視界が真っ赤になる。だめだ・・・・・・。

手が震えるの。誰か、私を止めて。

「なんだね。言いたいことでも?」

アイツの顔醜く歪む。その顔、イライラする。気に入らないわ。

私はアイツを殴ってやろうと思った。お母様よりも汚いくせに。

――――キタナイクセニ。

その時だった。

「ルーシェ様、お静まりください」






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