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「うう、ルーシェが、ルーシェが帰っても屋敷にいないだなんて~」
お父様がなぜだか泣いている。
「あのですね、お父様。三日経ったら帰りますのよ?」
なんでも、仕事から帰っても私がいないことが嫌なようだ。三日後には帰ってくるのに。てか、城で会うでしょ!! その隣ではグレンまで機嫌悪そうにしている。
「ねえ様、早く帰ってきてね」
「三日後にね」
ああ、この子もつれていければいいけど、そこまではさすがにできないだろう。
「いい子にしているのよ。メイドたちを困らせてはだめよ」
この子が泣き出さないかだけが心配だ。この子が好きなものをメイド達には教えて、それぞれの部屋にストックさせた。いざとなったらおばあ様を召喚である。
私はかなり心配だが、みんなに見送られてリスティル邸を去った。
「まったく、お父様ったら・・・・・・」
ただ立っているだけでも絵になるくらいかっこいいというのに・・・・・・、あれじゃ、台無しだわ。私はぐずぐず泣いていた父の顔を思い浮かべた。
「旦那様はルーシェ様が大好きですから」
ルカはグレンの機嫌が悪かったためなのか、グレンから死角になる馬車のそばにいた。私は恨みがましくルカを見た。
「ルカは逃げたわね」
「申し訳ありません。まあ、ルーシェ様は後宮にお泊りになられますからね。旦那様といえどそう簡単に入れませんよ。それであんなに悲しんでおられるのです」
ものすごい話の変え方だ。仕方ない、乗ってやろう。
・・・・・・後宮の女主人は現王妃だ。王妃はお父様を信頼してくださっているらしく、許可は簡単に降りるが、やはり王の妃のいる場所に入るのはよろしくないということらしい。たとえ何もなくても。貴族たちの噂話の餌食になってしまう。
「そういえば王妃様にお会いするのよね。どんな方なのかしら」
あの時は結局会えなかった。陛下の唯一の妃であり、なんと陛下自身が望んで後宮に召し上げたという女性だ。いったいどんな方なのか、なんとなく楽しみである。
「そうですね・・・・・・。侯爵家のご出身で、陛下自ら望まれた方で有名ですね。それ以外は私もわかりませんが・・・・・・」
「まあ、王妃様のことがそう簡単にわかったら大変だものね」
うーん、怖い方でないことを望む。礼儀作法は問題ないにしても、緊張はする。
「お嬢様、結局後宮の幽霊をお探しになるのですか?」
あー。そういえば目的はそれだったわよね。あんまりお化け屋敷とか嫌いな私としては、珍しく興味を持ったからやろうと言い放ったが・・・・・・、どうなんだろうか。あのときはなんだかやった方がいいと思ったんだよね。
「アイヒ様が覚えてたらやりましょう。・・・・・・でも実際、幽霊はいるのかしら? どう思う?」
「そうですね。いるともいえませんが、いないと言えるだけの根拠もありません。実際精霊もある意味で幽霊のような存在と考えられていましたから。ただ、後宮は王たちに振り向かれなくなった妃たちの怨念がやどってそうですから、呪われないようにしましょう」
本気で言っているのか、冗談なのかわからない顔で言われて、私は微妙な気分になった。ここファンタジーの世界だからな・・・・・・、先入観かもしれないが、いても納得できる気はするんだよな。
後宮の正門が見えてきた。
「あら、アイヒ様がお迎えに来てくださっているわ・・・・・・。あれ? ラスミア殿下もいらっしゃる・・・・・・。暇なのかしら」
第一王子ともなればかなりやることは多いだろうに、なんだって彼はいるのだろうか。
「ごふっ」
隣に座っていたルカから変な音が発せられた。どうしたのだ、むせたのか。
「どうしたの、ルカ。大丈夫? 鼻血?」
ルカは口元を抑えてプルプル震えていた。
「失礼いたしました。大丈夫ですよ。・・・・・・そうですね、ラスミア殿下は妹姫を大切になさっていますから一緒に来たのでしょう」
ああ、それは納得だ。シスコンというやつだろうな。本人から言わせれば不名誉極まりないだろうが。
「なんだかんだいいつつ、大事になさっているようですものね。」
「・・・・・・にぶい」
「何か言いました?」
「いいえ、お嬢様」
ルカはいつもの無表情で答えた。
馬車が正門の前で止まった。私はルカに手を引かれて馬車から降りた。
「ルーシェ。よく来てくれたわ」
「ごきげんよう、アイヒ」
今はきちっとしたドレス姿である。いやあ、かわいいな。
「ラスミア様もわざわざお出迎えに来ていただいて申し訳ありませんわ」
「つ、ついでだ」
何のついでなんだよ。ラスミアはそのまま目線をルカに移した。
「おい、空いているときはいつでもいいから訓練場に来い」
ああ、そういえばルカと戦いたいとおっしゃっていたものね。私はルカを見上げた。ルカの表情は変わらないものの、なんとなく困った雰囲気を出している。
「わたくしはルーシェ様の従者ですので・・・・・・」
と、珍しく歯切れが悪い。私に断わってくれと言っている気がする。が、私も私で、ラスミア殿下の願いを無下にするのもどうかと思う。
「ルカ」
私はちょいちょいと、ルカに屈むように服の裾をつかんだ。
「目立つのはいや?」
こそっと言った。正直に言うとルカに戦わないという選択肢はない。
「そうですね・・・・・・。私は従者ですので」
ルカの目が死んでいるように見えるのは気のせいだ、気のせいに違いない。表情はないもの。
「ラスミア様。目立たないところでやっていただけますか?」
ルカが目立たないようにしてあげることは大事だろう。
「わかっている」
「ルカは手を抜きませんわ」
わざと負けさせるようなこともしない。全力で叩きのめす。そういう意味を込めた。
「当然だ。本気で来なければ意味はない。俺は強くならなきゃならないんだからな」
子供っぽいがこういうところははっきりしていていいと思う。彼はきっといい王になれる。
「ですって、ルカ」
ルカの目が死んでいたが、これでもわたくしあなたが目立たないように頑張りましたのよ。誉めてほしいくらいだわ。
「ちょっと、お兄様!!」
自分が無視されて話が進んでいくことが面白くなかったのか、アイヒ様が割り込んできた。
「わたくしがルーシェ様を呼んだのですよ! 取らないでくださいませ!」
かわいらしい顔が頬をふくらませている。
「ああ、わかっている。そう怒るな」
「行きましょう、ルーシェ!お部屋に案内するわ」
そう言って、腕を引っ張られる。ルカは荷物を王宮のメイド達と運ぶようだ。
「そう言えば、今日はヨシュア殿はいらっしゃらないのね」
アイヒの従者としていつも後ろに引っ付いているヨシュアの姿はどこにも見当たらない。
「ヨシュアは今日学院ですわ」
ああ、そういえば彼も黒い髪の持ち主だったな。そういえば彼は誘拐について何か知っているのだろうか。
「やっぱり、学院にも通われているのね」
「ええ、授業などは王宮でほとんどやっているけど、テストなどはあちらでやるの。うるさくないから、すがすがしいわ!」
そう言いつつ、どこか寂しそうだ。やれやれ、素直じゃないな。
「でも、大変ね。お友達も作りづらいでしょう」
「なんだかんだ言って侯爵家次男だもの。人はよってくるわ。パーティでも仲が良い人間を見つけているみたいよ。私の第一側近でもあるし。何より髪が黒いもの」
へえ、ヨシュアは侯爵家次男なのか。確かに王女につけられるのだからそれなりの身分なのは当然だ。そして何より、黒髪のことを王女がつぶやいたことに驚いた。知っていたのか。
「黒い髪だと、やはり人が寄ってくるの?」
「将来魔術師としての地位は確定よ。取り込みたい奴はたくさんいるわ」
すると、何かを思い出したのか急にアイヒの機嫌が悪くなった。
「機嫌悪いわね」
「あいつをよこせって言ってきた奴のことを思い出したのよ。・・・・・・そういえば最近何かあったみたいね。ピリピリしていたわ、ヨシュア。ちょっとおかしい時もあるし・・・・・・」
やはりアイヒはヨシュアのことが好きなのだろうと思った。案外このまま婚約者になるかもな。と、勘繰った。しかしピリピリね・・・・。
「そう・・・・・・。ま、帰ってきたら、聞いてみたら?」
私も、それとなーく聞いてみよう。最近同級生消えなかった?って。
「そういえば、幽霊はどうなんです? 解決しました?」
私は今回のお泊りの理由になったことについて聞いてみた。
「それが、この前も出たらしいわ」
「え?」
「今度は子供の幽霊よ。しかも何人もの泣き声が聞こえたらしいわ」
「誰か見たの?」
「ええ、年かさのメイド達が。さすがに怖がってもうあの辺りには誰も近寄らないわ」
それって、やばくないか?
「・・・・・・行きますか?」
「当然だわ! 幽霊はいるのよ!!」
普通なら怖がるところでしょうに、なんだってそんなに目がきらきらとしているんですか。やっぱりこの王女様は変わっている。




