31.
ついにやってきた、祝お泊り会前日!! 当日ではありませんよ。
ごきげんよう皆さん。私、今、少々疲れていますの。
「ルカ。こんなに大事になるの? たかが泊まりに行くのに」
「はい。お嬢様」
私の目の前にはたくさんのメイド達。そして今、彼女たちは文字通り鬼のようになっている。あるものは私のドレスを選び、あるものはアクセサリーを、あるものは靴を・・・・・・。正直言って私がもっているものはどれもオーダーメイドの一級品なのだから、どれを選んだところで全く問題ないのだけど、それを言うには彼女たちの気迫がやばすぎるのだ。藪蛇は御免である。
今回ドレスを新しくしようという声も出たが、断固拒否した。正直言ってあの着せ替え人形状態は嫌なのだ。ドレスなんぞ着回しで十分だ。もったいない。日本人サイコ―。
「お嬢様がお泊りになるところは王宮ですから、彼女たちも張り切っているのですよ」
ルカの表情は変わらない。が、その手には分厚いリストがある。何のリストなのかはもう怖くて聞けない。
「そう・・・・・・」
私は何も言えなくなった。陰謀渦巻く王宮だ。リスティルは王家の寵愛を長年ほしいままにしているわけで、他の貴族にとっては目の上のたんこぶなのだ。ちょっとでも評判を落としたい。が、父も母も、祖父も祖母も全く突っ込みどころがない。浮気もしない。というかお前たちが突っ込まれる。突っ込みどころとしては子供、私とグレンだ。その私が王宮に長時間いるというわけで、どんなケチがつくかわからないということだろう。
あー、やだやだ。こわーい政治の世界に子供を巻き込まないでもらいたいわー。
「ルカも来てくれるのよね」
「もちろんですよ。ほかにもリスティルのメイドがおそばにいますから」
王宮のメイド達はルーシェ様のそばに近づけませんから。安心してください。
「何の心配をしているの?」
え? 王宮メイドってそんなに怖いの。安心してくださいって。
「ああ、なんでもありませんよ。お嬢様は楽しんでください」
「そうね。・・・・・・わたくしグレンの部屋に行ってくるわ。準備、お願いね」
気にしたら負け。
私はそっと部屋を出た。私ができることはないし、グレンの部屋に避難だ。
階段を上がる。
「おや、ルーシェ」
顔を上げた。上から声が聞こえた。
「おばあ様!」
おばあ様方はリスティルのだだっ広い敷地の別の棟に住んでいるので、会わないときは全く会わない。相変わらず美しい。この人がおばあちゃんだなんて信じられない。
「どうしたんじゃ? 今は準備中であろう?」
そう言って私を抱き上げた。
「お、おばあ様。わたくし重いわ!」
私はおそらく六歳児の平均位の体重だと思うが、それにドレスの重さが入るのだ。おばあ様がぎっくり腰になってしまうかもしれない。
「何言っておる。軽い軽い。ルーシェより重たい鎧をつけて、私は戦場をしょっちゅう走りまわったぞ」
ああ、なるほど。つまり普通の女性よりは力もちであると。それもそうか、他国から鬼姫と恐れられた軍師将軍だ。知略だけでなく、その剣技もとんでもないらしいが。おばあ様の顔を見る限りとてもそんな風には見えない。
そういえばこの世界は前世の国が晩婚化しているのとは対照的に、結婚年齢は低い。おばあ様だってまだ四十代くらいだろう。まあ、寿命が六十歳くらいで短いので結婚が早いのも当然である。
「ルーシェはどこに行くのじゃ?」
「グレンの部屋ですわ。明日の用意はメイドたちがしてくれた方が早いですから」
「ふふ、そなたもドレスなんかには興味ないか?」
おばあ様は目を細めて笑った。
「え?」
「おじい様や、お父様が買ってやると言ったのに、断ったんだろう?」
「だって、もう充分ですもの。そんなお金は孤児院の子供の教育にでも使ったらよろしいの」
それに、私はこの国を出ていくから、お父様たちが働いて得たお金を使うのははばかられる
「ふははははは」
おばあ様がものすごい勢いで笑い出した。私何かおかしいことを言ったか?ドレスを作るのに一体いくら金がかかることか。しかもだ、貴族の令嬢は一度着たら着ないドレスはクローゼットの中に入れておくのだ。もったいない。使えるレースを使ってアレンジするなり、生地を売って金を得るほうがよっぽどいいのに。
でも、この考え方が異質であることもよくわかっている。前世のもったいない精神がどうも私は抜けない。
「ルーシェは上に立つ者の考え方をよくわかっているな。だが、爺や婆にとってはかわいい孫にはなんでも与えてやりたくなるもんさ。たまには遠慮なくもらうんじゃぞ。孫の仕事だ」
ああ、なるほどね。孫の仕事。それは前世でもよく言われた。
「わかっていますわ。今度靴を買ってもらいますわ。ちょっと小さくなっていますから」
わたくしも日々成長するので、それなりには買ってもらわなければ困る。
「そうか、じゃあ、爺の方にでも言っておくかの」
おばあさまは嬉しそうに笑った。
そう言って廊下を通り過ぎようとしたときだ。
「今度は誰がいなくなったんだ」
お父様の普段では考えられないくらいの冷たい声が廊下に響いた。
いなくなった? いったい誰が。
「なんじゃ、アドルフ。廊下で騒ぐでない。ルーシェが驚いておる」
お父様は廊下で立ったまま、右手を口元にあてていた。お、あれはもしや通信機と言うやつか。この世界で初めて見たぞ。文明の利器。
「これは、母上。あれ、ルーシェ。どうしたんだい?」
おばあ様に抱っこされている私を見て、父の顔はいつものデレデレな顔に戻った。なんでこんなに残念なのか。
「準備に疲れたようでの。階段でたまたま会った。しかし何が起こったんじゃ。まったく、通信は部屋でしろ。いくら本邸とはいえ、誰が聞いとるかわからんのだぞ」
「し、失礼を。陛下、今から行くから、逃げないで待ってくださいよ」
なんと通信先は陛下だったのか。逃げないでって、陛下はいつも逃げるのか。一言二言話すと父は通信機のようなものをしまった。
「なにかあったか?」
おばあ様の声は固い。
「いえ、また例の奴です」
「またか。早く見つけるのじゃ。さもないと騒ぎ出すぞ」
どうやらおばあ様も知っていることらしい。いなくなった・・・・・・。最近似たような言葉を聞いた気がする。やはり誘拐事件は起こっているのだろう。お父様たちは子供たちを探しているのだ。髪の黒い子供たちを・・・・・・。そして今、また誰かがいなくなった・・・・・・。
「はい。・・・・・・ルーシェ、今からお父様は仕事に言ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
私は笑顔で送り出した。
父は私の頭をなでると、剣を下げて階段を下りて行った。
「ねえ、おばあ様」
「なんじゃ。」
「何かありましたか?」
ここでおばあ様が答えてくれるとは思わなかったが、聞いてみた。案の定何でもないと返ってきた。そりゃそうだ。子供に誘拐事件が起きたなんて言うわけがない。でもこれではっきりした。黒髪の子供たちは誘拐されているのだ。
「ねえ、おばあ様。もう一つ、お父様はどうやって陛下と話していたの?」
それも気になった。あれは通信機だろうが電話とは違うのだろう。
「あれは、風属性を使用した魔法具と言うやつじゃ。遠くの人間とも話すことができる」
おお、いっきにファンタジーの世界の話になった。
「それはすごいわ。わたくしも使えるのですか?」
「残念ながら、あれは高価なものでの、高位の軍人や、騎士しか使えんのだ。ルーシェが偉くなったらもらえるぞ」
ああ、つまり私が使うことはないわけだ。残念。
「楽しみにしていますわ」




