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「アドルフの殺気が収まったって?」
その後、父の殺気が収まったということを聞きつけた陛下が面白がって執務室にやってきた。
なんでだよ。仕事しましょうよ。
「やあ、ルーシェ姫」
いつもの通りの素敵で優しげな笑みを浮かべている。思うところはあるが、幸せだわ。
「「国王陛下!!?」」
「陛下!? 何やってんですか!? 護衛もつれずに!」
突然やってきた陛下に近衛騎士たちはみんな顔真っ青である。それもそうだ。親愛なる陛下の後ろには誰もいないのだ。
「ここは僕の家だよ? なんだってそんな仰々しい護衛がいるんだい? それに君たち騎士がいるのにもしものことなんてないだろう。肝心の私の剣は使い物にならなかったし・・・・・・」
わざとらしく頭を押さえている。おちょくっているな。
「ぐ、それは・・・・・・」
「元帥・・・・・・」
騎士たちは若干呆れた目で見ている。庇えないよね。
うわ~、楽しんでいるな、国王陛下。近衛騎士たちをかわいがっているのがよくわかる。でも、丸腰でいるのはよくないと思うけどね。私が陛下をみると目があった。
陛下は私の方に向き直る。
「そうそう、うちの第一王女と仲良してくれたんだね。あの子が喜んでいたよ」
どうもありがとう。そう言った陛下の顔は父親の顔をしていた。
「アイヒ様とは気が合いました。そういえば今度・・・・・・」
「お泊りに来てくれるんだろう。後宮の妃用の一室を用意しているよ」
どうやらアイヒはさっさと話しを通してくれたらしい。妃室ってなかなか豪華なところに泊まらせてくれるんだな・・・・・・。まあ確かに、現在王妃しか後宮には存在していないのだから、部屋はいくらだって余っているだろう。歴史の授業で言っていたが、最大で三百人もの側妃を持った王がいたらしい。なんてことだ、絶対に忘れられた妃がいるに違いない。そりゃあ化けて出たくもなる。
「なんだか疲れたかも・・・・・・」
父の機嫌はよくなり、城の人間は冷気から解放された。
近衛騎士たちは仕事に戻り、陛下は補佐官の方々に連行されていった。どうやら仕事をさぼってきたらしい。
とにかく豪華なメンツだったので疲れた。
私の手を取って前を歩くルカが私の方を向いた。
「確かに豪華な方々でしたから・・・・・・。私も少々疲れました」
全くの無表情で言われても信憑性がないよ、ルカ。そして相変わらずイケメンだね。
「お嬢様、なんでしたら午後のおけいこ事は・・・・・・」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「・・・・・・かしこまりました。では私は頑張り屋のお嬢様の大好きなケーキを焼きます」
「・・・・・・ルカって私に甘いわよね」
なんだかんだ言ってこの従者は私に甘いと思う。
「当然でございます」
「え?」
「お嬢様は全く甘えられませんから・・・・・。いつも勉強熱心で努力家でらっしゃるお嬢様のためにできることはこれくらいです」
ルカの顔がわずかに柔らかくなった気がした。
「そ、そうかしら。それに、私、結構ルカに甘えていましてよ。ルカがいないと困りますわ」
それが家出して一人で生きていくためだって言ったらどんな顔をするだろうか。
「・・・・・・」
「ルカ? くしゃみ出そうなの?」
ルカは口元を押さえて私から顔をそむけた。
「いえ、大丈夫です。・・・・・・うれしいお言葉です。でも、お嬢様ががんばり屋なのは屋敷中のすべての使用人たちが知っていますよ。家庭教師の方たちは大変優秀だと口を揃えて言われますし。クラウス様からもお褒めの言葉をいただいております」
クラウスの場合はエイダ、アドルフに似ずに素直であることがなによりも高評価なのだが・・・・・・。それを知る人間はここにはいない。
「そ、そうなのね」
先生に逆らったっていいことないしなあ・・・・・・。前世でも優等生だと、評価よかったんだよな・・・・・・。私はチキンな人間だしね。
「私はそのようなお嬢様に仕えることができて幸せです」
ルカは無表情のまま恥ずかしいことを普通に言い放った。恥ずかしい。もうやめて、今日は何の日だよ。
「ル、ルカ。もうやめて頂戴。せっかく教えていただいているのだから、真面目に聞くのは当たり前だわ」
それに私にとっては授業のすべてが将来何かに役に立つかもしれないのだ。聞き逃すことなどできはしない。
「その当たり前ができない子供も多いのですよ。・・・・・・おや、あれはヨシュア殿?」
ルカが目線を投げた方向を見ると確かにヨシュアがいた。誰と話しているわけでもなく、ただ西の方向を見ている。
「本当だわ。ヨシュ・・・・・・」
ヨシュアを見かけた私は声をかけようとした・・・・・・が、できなかった。
そこにいたのはヨシュアであってヨシュアでないように思えたのだ。まるで硝子みたいな目をしていた。そこいるのにそこにいない・・・・・・、まさにそんな感じだ。今までアイヒのそばにいた人間とは違う・・・・・・。
その瞳がこちらに向いた。
「あ・・・・・・」
思わずびくっとしてしまった。ヨシュアはにこっと笑って頭を下げてくる。
「ルーシェ様、ルカ殿。お帰りですか?」
「ええ・・・・・・」
ヨシュアがヨシュアにもどった、そんな感じである。そもそもヨシュアのことをそこまで知っているわけではないが・・・・・・。気のせいだろうか・・・・・・。
「アイヒのそばにいなくていいの?」
「今は勉強中ですから・・・・・・。それにちょっと叩き出されまして・・・・・・」
ヨシュアを見ると苦笑していた。ああ、これはなんか言ったな。ヨシュアはアイヒ様に対して一言多い。
「こんな問題も解けないのですか、みたいなことおっしゃったのでは?」
私は思ったことを言ってみた。
「・・・・・・」
どうやら図星だったようだ。
「ちゃんと謝ったら許してくれるわ」
なんだかんだ言ってアイヒはヨシュアのことが好きなのは確かだ。でなきゃ、こんな口の悪い従者をそばにはおかないだろう。
「ルーシェ様とルカ殿は仲がよろしいですね」
あ、話を逸らした。まあ、なんだかんだ言いつつうまいこともとに戻るだろう。
さっき、様子がおかしかったのは気にしてたからなのかな・・・・・・。
「ええ、ルカはとっても気が利くのよ」
「お嬢様は最高の主です」
またとんでもないことを言ってくれるな、この子は。いい加減に脳が大丈夫なのか心配になってくる。
「それはそれは・・・・・・。本当に仲睦まじい」
ヨシュアはなんてことないように笑った。
「ルーシェ様の夫になられる方は大変そうだ。ルカ殿からさらえるのかどうかが焦点ですね」
「いえ、私よりも旦那様のお許しをもらう方が大変かと。縁談話は蹴り飛ばしていますから」
夫ね・・・・・・。そういや、私の婚約者ってどうやって決められるんだろうか。と言うかルカ、何言ってんの。そして今とんでもないこと聞いたぞ。縁談話だと?
「そろそろお嬢様の講義が終わる時間ですね。これで失礼いたします。お泊り会、アイヒ様が楽しみにしていますよ」
どうやらアイヒの授業が終わるころらしい。私もそろそろ帰らなければならない。
「わたくしも楽しみにしていると伝えてくださいな。じゃあね」
***
「そう言えばルカ」
「なんでしょうか?」
「私に縁談が来ていますの?」
そう、さっきさらっと言われたけどすごいことじゃね? この私に縁談だぞ。この歳で。前世とは感覚が違いすぎる。
「お気になさらず。全部断っております」
「そうなの? 大丈夫?」
そりゃこの歳で恋もせず、お見合いみたいなことは御免だけど。やっぱり親戚になって力を貸してもらうって大事だと思う。
「この国の貴族の中でトップに立つのが公爵家ですから。それにリスティルは特殊なんですよ」
「特殊?」
何それ、初耳なんだけど。
「普通の貴族の結婚はそれぞれの家の利益などで考えられます。でもリスティルは嫁、または婿になる人間の血筋は一切問いません・・・・・・。どちらかと言うと、恋愛結婚ができると言った方がよいでしょう」
「恋愛結婚ができる・・・・・・」
それは初耳・・・・・・。あ、でも確かにおばあ様とおじい様、お父様とお母様の仲はいいかも・・・・・・。
「お父様がお母様を、おばあ様がおじい様をお選びになったということ・・・・・・?」
「はい。旦那様の方は詳しくは存じませんが、おじい様のときにはあの鬼姫を嫁にしたということで他国からものすごい男気がある男として賞賛を受けたそうですよ」
戦場を血に染め、逃げる連中も容赦なく切り捨て、味方も死にはしないがおとりにする史上最悪最強最恐最凶の鬼姫がこれでおとなしくなるのではと喜んだ人間もかなりいた。結局旦那の方も最強に近かったので夫婦そろってますますヤバくなって、他国も真っ青になったのだが。しかし旦那の方は時々おとりにされていたりするので、敵も旦那を憐れんで全員が合掌したとかしないとか・・・・・・。
ちなみにこの時リスティル一族はめちゃくちゃ喜んだ。当代のリスティルの長子は結婚なんか絶対できないと思っていたからだ。顔がきれいでも性格がやばすぎる。きれいな花には棘どころか猛毒の針がハリセンボンのごとくつきすぎていたのだ。その日王都の酒と言う酒がリスティルの名のもとで買収されてすっからかんになったらしい。酒屋のオッチャン達はみんな知っていて、時々酒のネタになるらしい。
「いや~、お偉い恰好をした人たちが店ごと買おうとしてね、さすがに困るから樽を丸ごと全部売ったよ」
エイダ様の結婚はある意味王都では伝説とかしている。
「そうなの・・・・・・。素敵ね」
もちろんルカはお嬢様のおばあ様やおじい様に対するイメージを崩さないため、クラウスから聞いたそれらをルーシェに言うことは未来永劫ない。
「なので、お嬢様も好きな方を・・・・・・選んでください・・・・・・。あ、でもなるべく強い方がいいと思います」
「どうして?」
「旦那様と戦う必要がありますので。ついでに私とも」
完全なる氷の無表情で言われた。
「あら、冗談に聞こえないわ」
「・・・・・・」
ルカの顔は変わらない。
私は笑えなくなった。




