3.
剣の師匠との一幕。
そもそも、一人で生きていく術ってなんだろうか?
皆さん、ごきげんよう。ただ今私、剣の稽古中ですの。
「はっ!!」
私は師の剣を受け止め、薙ぎ払う。一撃が重すぎ!!
私の師クラウスは武人であるおじい様の部下で、暗い茶髪を短く刈り込み、右目に傷があるのが特徴の怖い顔の人だ。多分おじいさまと同じ50歳くらいかな・・・・・・。初めてお会いした時は結構ビビった記憶がある。おじい様と並んで歩いていたら、鬼も裸足で逃げ出すだろう。と言いつつも、とても優しく、なんと裁縫が得意というかなりかわいい人だ。この前クマのぬいぐるみを一緒に縫った。
あ、話がずれたわね。
将来家出をするにあたり、一人で生きていくために必要な術は何か考えてみた。料理ができることか?それは前世で培ってきた知識のおかげで何とかなる。
一番はお金を稼ぐことだ。おそらく国内では家族に見つけられてしまうので他国で働くことになる。今考えているのは隣国にあるギルドと呼ばれる職業団体だ。なんでも人種や生い立ちは一切関係なく、自分の得意なもので生計を立てられるらしい。私は剣が嫌いではないし、もしかしたら女用心棒になれるかもしれない。それに一人で生きていくためには自分の身は自分で守れないとね。そのためにも、剣術を学ぶことは、すごく大事なことなのだ。
その時だ。
「甘い!」
「あっ!!」
剣を跳ね飛ばされた。
「どうやら、何か心配事があるようですな」
あちゃー。やっぱり隠しきれてないか。
「そうですね・・・・・・。お母様の具合が心配ですの」
と、嘘を言う。実際母は今体調を崩しているのだけど・・・・・・。
「奥方様なら大丈夫です。強い方ですからな」
頭を撫でられた。
「しかし、ルーシェ様は本当に筋がよい。この分ではこの老体もそう遠くないうちに打ち負かされてしまうでしょうな」
いや、それはないから。まだ私六歳だから。そもそも六歳ってこんなに動けるものだっけ?
そのまま休憩タイムに入った。
「師匠」
「なんですかな」
「師匠はおじい様とともにほかの国に行かれたことがあるのですよね」
「ええ、あなたのおじい様とともにさまざまな国を周りました。外の国に興味がおありですか?」
「はい。本で読んだのですが、国によって文化が全く違うのだと知りまして・・・・・・、いつか行ってみたいなと思いました」
さすがに唐突かと思ったが、言ってしまったのは仕方がない!
「そうですか。いずれ外交の場にも立たれる身の上ですから、外の国のことを知るのは素晴らしいことです。本当にルーシェ様は勉強熱心ですな。・・・・・・性格は奥方様の方に似て本気でよかった・・・・・・」
どうやら勉強熱心といことになった。最後の方はよく聞こえなかった。
「師匠?」
「いやいや、よろしければいつでもお話しますよ」
「本当ですか!では隣国のアテネ王国の話から!!」
ちゃっかりギルドがあるところの話からねだってみた。
こうして私の家出計画は着々と進み始めた。
***
「よう、クラウス」
リスティル家先代当主アデル・ジン・リスティルが、悪友でもあり部下でもある男の名前を呼んだ。
「なんだ、この夜更けに」
そうブツブツ言いつつも、クラウスは手ずからお茶を淹れはじめた。
「孫の様子でも聞こうと思ってな」
「マリア殿に感謝しろ。あんな素直でできた子どもを生んでもらってな。お前たちに似なくて本当に良かった」
クラウスはしみじみと呟いた
「失礼だな。ルーシェはエイダの若いころにそっくりではないか」
「見た目はな。中身が母親似でよかっ・・・・・・どわっ!」
それをよけることができたのは二人が長年の戦場経験で培った勘ともいえた。殺気に反応し、短剣が眉間めがけて飛んでくるまで、およそコンマ一秒。
「「危ないだろうが!!エイダ!!」」
二人は叫んだ。二人にこんなことをする人間はこの世にただ1人しかいない。茶でなく酒を飲んでいたら、反応できずに死んでいたのは間違いない。
エイダと呼ばれた女性は暗がりから出てきて、切れ長の青の瞳を面白そうに細め、薄く微笑んだ。
エイダ・マヤ・リスティル。
ルーシェの祖母であり、鬼姫、とも呼ばれた最強の軍師将軍である。
「誰かが私の悪口を言っておったようじゃからの。口を閉じさせただけじゃ」
青のドレスを身にまとい、腰まであるゆるくウェーブがかかった金に近い茶髪をたなびかせ、さっそうと歩いてくる姿はとても孫を持つ身とは思えなかった。戦場では彼女の後ろに生者はいないとまで言われた先王の戦公爵。
「その前に人生が終わるだろうがっ!!!」
クラウスが叫んだ。エイダはいつも人を食ったかのような笑みを浮かべて戦場を支配する。エイダの配下の兵士たちはその戦略に何度も助けられるが、その倍くらい死にそうになるのだ。特に巻き込まれたのはクラウスである。彼の恨みは深い。
「じじい二人して孫の話をしておるようじゃからの。ばばあも混ぜんかい」
自分でばばあ、言うんかい!!彼女はこちらまで来て、勝手に椅子に座り込んだ。
「ルーシェは素直でいい子に育ってくれたようだ」
「ほう」
エイダは嬉しそうにわらった。鬼姫でも孫はかわいいらしい。
「あの歳であれだけ剣を扱えるのだ。良い剣士になれる」
それは間違いないだろう。
「・・・・・・そうか・・・・・・」
「どうした」
エイダの顔は浮かばれなかった。
「あの子はいい子じゃ。わがまま一つ言わん。・・・・・・だが大人すぎるのが心配じゃ」
「そうか?確かにわがままは言わないが、好奇心は旺盛で、年相応な感じはするが・・・・・・?」
クラウスからするとルーシェは母の体調を心配する優しい子供にしか見えなかった。
「何か引っかかるんだな? エイダ」
アデルはエイダが何かを感じ取っているのはわかっていたが、その感覚を理解することはできなかった。それはリスティル公爵家の血を継ぐ者たちと接してきた中で感じた、彼ら特有の感覚なのだろう。エイダの言う大人すぎるも、アデルから言わせれば、ルーシェはエイダと同じ早熟だったとしか思えず、そこまで心配する必要があるのかと思ってしまうものなのだ。
「ああ」
エイダにはずっと引っかかっていることがあった。
あの日から。ルーシェが頭を打って目覚めたあの日から、何かが変わったと感じていた。
リスティルは代々武門の家であり、大昔から歳に関係なく戦場に送り出されることがあった。エイダ自身も11、12歳で戦場に送り出された。だからこそ生き残るためなのか、異常なまでの早熟な子供が育つ。元から持っていたものもあるだろうが、天性の才能を持つ、神の子と呼ばれる子供が。
エイダは違った。いや、人々はエイダが神の子と今でも思っている。
ある人物を見るまではエイダ自身さえ、自らが神の子だと思っていたが、それを見た瞬間、自分は違うと本能的に理解した。
「あの子は似ているのじゃ」
その一言で二人はすべてを察した。
「アデル・・・・・・」
クラウスはアデルを見た。この鬼姫が顔を曇らせることなどめったにない。
「なーに、大丈夫だ。エイダ、クラウス」
その顔はいつもと変わりなかった。
どれだけ戦場で追いつめられても変わらない悪友の顔がそこにはあった。
「あの子には私たちがついている。見守ってやろう」
そう言ってアデルは笑った。