27.
「ごきげんよう。近衛騎士の皆様」
私はとりあえずにっこりと微笑みながら、騎士の皆様方の集団に割って入った。令嬢は笑顔大事。
「こ、こんにちわ。ルーシェ姫。・・・・・・本日はどうし・・・・・・されたのですか?」
騎士は言葉を詰まらせた。おそらく情けない姿を見せたことにうろたえているのだろう。
「実は父が屋敷に忘れ物をしたので届けに来たのです」
その瞬間全員の顔色が変わったのを確かに私は見た。悲壮感漂う顔に生気がともるのを。どんだけやらかしたんだ、お父様。
「そ、それはもしや・・・・・・」
騎士様が私が抱えている包みの方を見る。そしてわなわなと手を震えさせた。ついでに目はうるんでいる。
「はい、お母様特製のパイですわ。これで救われますわね」
「はい!!」
ものすごく嬉しそうだ。何人かが喜びの舞を踊っている。酒に酔ったおやじみたいだな・・・・・・。
「このたびは父が大変ご迷惑をおかけしました」
そして私は執務室の扉を開いた。
「お父様!! ルーシェが遊びに来ましたわ!!」
うげっと声を上げなかった私はすごいと思う。逆に大声でお父様と呼んだ。私がなぜお父様を大声で呼んだかと言うと、お父様が部屋のど真ん中で体育座りで座っていたからだ。空気は完全に戦場の殺気、なのに見た目は体育座りでキノコが生えているなんて・・・・・・。
元帥の地位にいる父が体育座りなんて部下に見せるわけにはいかない。そのため瞬時に頭を切り替えた。私すごい。
「ルーシェ!!」
お父様は私に気が付くと、電光石火のごとく立ち上がり私の前まで来た。キノコ生やした体育座りは誰も見ていないはず。
「もう、お父様ったら。お母様のパイを忘れていてよ!」
はいっと手渡した。するとかっこいい顔が幸せそうに笑った。本当にお母様のパイ好きだよね。
「ル、ルーシェ。わざわざ届けに来てくれたのかい?」
「そうですわ。時間があったから。それにお父様の仕事場も見てみたかったの」
「ああ、本当にお前はいい子だね。ここまで迷わなかったかい?」
抱えられて、頭を撫でられた。
「ルカが案内してくれたのよ。すごかったわ、すいすい進んでいくの」
私一人なら迷っていたに違いない。途中で、いろいろとあったが、それは私が言わなくてもいいだろう。意味も分からなかったし、ルカが言う必要があると判断したら言うに違いない。
「ああ、ルカもありがとう」
「当然のことをしたまでです」
「ところでお父様」
私は言うべきことは言おうと思った。
「なんだい?」
「お母様のパイを忘れたからって殺気まき散らして、みなさんを怖がらせるのはよくないわ」
なんとなくだが、ああまで人通りが少なかったのはルカが選んだ道にもよるだろうが、ほとんどの人間が怖くて出られなかったに違いない。だって冷気?殺気?が充満していたんだもの。人に迷惑かけるのはよくないと思う。前世でも父や母から嫌と言うほど言われた。
「うう・・・」
「そもそも、忘れたと思ったら取りに帰るとか、我慢するとかあるでしょう。部下の方たちが困っているわ。・・・お父様、聞いているの?」
「き、聞いているよ、ルーシェ」
だめだこりゃ。お父様は完全にそわそわしている。たぶんお父様がパイを食べるまで馬の耳に念仏状態である。続きは帰ってからだな。
「もう、いいですわ。説教の続きは帰ってからですわ」
そんな、と言う悲壮な声が聞こえたが知らん
「そういえば騎士の方」
私は騎士の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「なんでしょう」
騎士の方はかなーり緊張した顔をしている。別に小娘相手に緊張しなくてもいいのだけど。別に難癖つけて父に言いつけたりなんてせこい真似はしない。
「前に屋敷でもお会いしましたよね。お名前を聞いていませんでしたわ」
そう、彼は誰なのか全く知らないのだ。私としては彼とはぜひ仲良くしておきたいのだ。だって彼はいい騎士になれるから。グレンの為にも彼と仲良くして損はないに違いない。
「わ、私ですか」
「ええ。あなたがリーダーなんでしょう? この状態の父の扉をノックするだなんて勇気ある方だわ」
私はとにかくおだてた。ちなみにほかの騎士が彼に向かって祈っていた姿も目撃していたりする。なかなかにシュールな光景だった。
「ええ!? い、いや、違いますよ」
彼はあまり自分から何かをやろうとする人ではないようだ。少々引っ込み思案かな? 私の言葉を体を張って否定している。でも何回も言うけれど、彼はいい騎士になれるのだ。
「そんなに謙遜なさらないでください。お名前を教えてくださいな。私はルーシェですわ」
淑女に名前を名乗らせたのだから、名乗らないわけにもいかないだろう。
「リアムと申します」
「リアム様ですね。父がご迷惑をかけると思いますが、これからもよろしくお願いしますね」
「と、とととととんでもないです!!」
この人面白すぎる。私は笑いをかみ殺す。こういうところがきっとみんなになんだかんだ言って慕われる理由になるのだろう。




