26
ごきげんよう皆さん。私はルーシェ・リナ・リスティルですわ。本日は父の職場に来ております。そして、皆さんに伝えたいことがありますの。
王宮って無駄に広いですわ。
「後宮は行ったことがあるけれど、このようなところは初めてだわ・・・・・。ルカ、あなたよく迷わないわね」
ルカに促されるままに先ほどから進む。正直言ってここがどこだかさっぱりである。どこもかしこも建物の作りが同じに見えるのだ。右に行って左に曲がって、まっすぐ行って。どこの迷路だよ。
いったい誰がどこで何の仕事をしているのかさっぱりである。
それにさっきから人に会わない。仕事場とはこういうものなのだろうか。みんな部屋に引きこもって仕事するのか。少し不気味に思う。
「ヨシュア殿に教えていただいたのです。それにやはりお嬢様のような方がいらっしゃいますと人目を惹きますので、人通りの少ない裏道を通っているのですよ」
ルカは私の手を引き、全く迷うそぶりを見せず、すいすいと進んでいく。
「そうなのね」
なるほどね。確かに私みたいな子供が仕事場にいたら驚くに決まっている。ほんとによくできた子だよ。
しばらくあちらこちらを曲がったりしていると長い廊下が見えてきた。
「お疲れではありませんか?もうそろそろですよ」
と、角を曲がろうとした時だ。ルカが止まった。
うわっと声を上げそうになったが、ルカが私を抱え込み、私の口を押えたのだ。なんて体勢だよ。
え、なに? と思いルカに顔を向けた。ルカは無表情のまま、口元に人差し指を置いた。静かにと言うことだろうか。角の向こうから人の声がする。隠れなければならない人物なのか。
そーっと角から覗き込んだ。しかし一瞬でルカに抱きこまれる。
一瞬だけれど見えた。
あれは・・・・・・。
アイヒ王女の、と言うか現王妃の父親のなんとか侯爵ではないか? あの腹は間違いない。しかし、彼の隣にいた人間は誰だろうか。茶色のフードをすっぽりとかぶっていた。この国の紋章付きだったので。何らかの役職についていると思われた。
しかし彼らは何を話しているのか・・・・・・。
ここから彼らがいるところとは離れているし、風が木々を揺らす音もあるため聞こえづらい。
「・・・・・・ゆうれい・・・・・・こ・・・・・・」
「な・・・・・・ている!! ・・・・・・どう・・・・・・!!」
どうやらかなりご立腹なのだけはわかった。ゆうれい、とはもしや幽霊のこと?どう。これに関してはさっぱりだ。何を言っているんだ。と言うかいつまでこんなことをするんだ。最近盗み聞き多くない?
「ルカ・・・・・・。別の道を行きましょう」
小声で話しかける。何言っているかも聞こえないし、今のところ意味はないと思った。それにあのフード人間、やばそう。直感が告げた。
しかし、ルカの顔を見るとかなり真剣だ。もしかしたらルカは聞き取れているのか? もしかして幽霊の噂の根源は侯爵とか?
その時だ。
「すでに噂は広まっているんだぞ!!」
びくっ
さっきまで聞こえなかったとは思えないくらいよく聞こえた。噂が広まっている? 何かやらかしたか、あの侯爵。それともはげてて、カツラであることがばれたとか? 確かにカツラかぶってそうな髪だ。
「っ、お嬢様!」
ルカの声が突然厳しくなった。私はびくっとした。
「・・・・・・?」
ルカは私の後ろを見ていた。
私達に影が差した。
ばっ! と振り返る。
するとそこには・・・・・・。
「バールトン伯爵・・・・・・」
口元にしーっと指をあてて立っていた。
「まったく、ルーシェ姫は何をやっているんだい?」
こっそりと音を立てずに近くの部屋に入り込んだ。
「あ、お父様にお届け物がありまして・・・・・・、近道を通っていたらあの現場に・・・・・・」
決して聞き耳を立てたわけではありません!
すると。
「こういったらなんだけどね、あんまり侯爵には近寄っちゃだめだよ」
「・・・・・・?」
わけがわからなかった。私あの人に会ったことないのに。
「侯爵はリスティル家が嫌いなんだよ。まあ、ちいさなお姫様に何をするわけではないと思うけどあんまりね・・・・・・」
彼は珍しく困った顔をしている。
そうなのか。侯爵はうちの家嫌いなのか。ま、世の中すべての人間に好かれている人間なんているわけがないのだから当然か。しっかし外戚になるであろう家に嫌われて大丈夫かね。アイヒ様はお好きではないようだったけど。
「お気遣いありがとうございます」
まあ、お礼は言うべきだろう。お礼を言うと、薄く微笑まれて場が和んだ。伯爵もそれなりの美人だ。彼は今度はルカに目を向ける。
「従者君も好奇心は身を滅ぼすよ。主を危険にさらすな。・・・・・・ルーシェ姫から離れたらだめだからね。王宮は魔窟だよ」
以前にも言われた言葉だった。あのときも今も、別に好奇心で聞いていたわけじゃないんですけどね。
「お気遣いありがとうございます」
ルカはニコリともせずにお礼を言った。私は少しあわてた。無礼じゃないかと思ったのだ。ルカの無表情は通常運転なのだけど、それが通用しないのがこの世界だ。が、特に気にしていないようだった。
「さて、ぼくももう行かないと。送ってあげたいけど・・・・・・。元帥の場所は知っているんだよね」
「はい、ルカが・・・・・・」
私はもう馬車まで一人では帰れない。だってわけわかんないんだもん
「従者君、お姫様を守るんだよ」
「もちろんでございます」
うわ、はっきりと、なんてイケメンな発言だ。
「そうか、ではまたね。かわいらしいルーシェ姫」
あのときみたいに手にキスはしなかったが、優雅にお辞儀をして去って行った。
「ルカ」
「はい」
「侯爵、幽霊について知っているのかしら?」
私はルカに聞いてみた。しかしルカの表情には変化がない。
「わかりません」
「ルカ。あなた真面目に聞いてたじゃない」
「聞こえづらかったので真剣に聞こうとしたのですが、やはり距離がありましたので聞こえなかったのですよ。しかし、侯爵のことです。ご自分の娘である王妃様がいらっしゃる後宮にあのような噂が立っていることにご立腹なのかもしれません」
それが嘘かまことか私にはわからない。けど、確かにメンツを気にしそうな貴族ではあるからありえそうだと思った。それにいくら問い詰めようとルカは答えないだろうな・・・・・・。すると今度はルカから話しかけられた。
「お嬢様、今の方、お知り合いですか」
伯爵が完全に消えたかを確認してから、ルカが口を開いた。
そういえばあの時ルカはいなかったわね。
「ええ、初めてアイヒ様に会ったときにお会いしたのよ。バールトン伯爵、確か職業は・・・・・・」
「医師、ですね」
「あら、知っていたの」
結構有名な方なのかもしれない・・・・・・。それらな医術教えてくれるかもしれない人リストに入れておこうかな。
「なかなか有名な方ですよ・・・・・・。あまり、あの方には近寄らないようにしてください」
ルカの顔は無表情だが、どこか冷たいものだった。
「どうして・・・・・・?」
「胡散臭い方ですので」
しれっと言い切った。
「そうかしら・・・・・・、助けてくれたし・・・・・・」
そういえば彼は前も助けてくれた。良い人と思ってしまうのは、前世日本人の甘さだろうか。
「お嬢様。好きなのですか」
「はい?」
スキナノデスカ? なんだと?
「伯爵がお好きなのですか」
ルカの顔は至って真面目だ。なんだってそんなことになるのだ。
「何を言っているの? 助けてくれたから、いい人って思ったの。大体歳の差が何歳あると思うのよ」
なんでお父様と同じ年齢の人間好きになるんだよ。
「ならよろしいのですが・・・・・・。わたくしも無駄に血を見るのは嫌なので」
聞こえない、最後の言葉は私には聞こえないんだからね。
「もう、行くわよ」
「お部屋まであと少しです。お嬢様」
少し歩いていると、ルカの足が突然とまった。
というよりも、この廊下進めば進むほど、なんかすごく寒気がするのだけど気のせいかしら。
「アドルフ様・・・・・・」
ルカのあきれているような声が聞こえる。そして視線の先を見つめると、何人かの騎士たちが一つの扉の前でたむろしていた。あ、あの二人は見たことがあるぞ。
「ルカ、あの騎士の方がたくさんいらっしゃる扉が、お父様の執務室なのよね・・・・・・?」
なんでかそこから冷気のようなものが発せられているような気がするんだが・・・・・・。
「そうです。おそらく旦那様の絶対零度の空気にそろそろ支障をきたすものが現れたのでしょう。早く届けましょう。お嬢様」
「そ、そうね」
私はパイの入った包みをしっかりと抱きしめた。
一人の騎士が騎士たちに押されて、扉の前に立った。どうやら彼が生贄になったらしい。かわいそうに・・・・・・。しかし生贄の顔には見覚えがあった。あ、あのときの騎士じゃないか。
「あの時の騎士の方?」
私はそう声をかけた。




