25.
「私の先視ってもっと精度よくならないのかしら」
夢を見てもそれは同じ夢の繰り返しだったり、さっぱり意味が解らなかったり本当に困るのだ。
あの未来の夢を時々見る。それはまだ、あの未来が変わっていないことを意味するのだろう。困るわ、本当に。
「治癒の力とか片鱗すら見えないし」
わたしは自分の手のひらを見つめる。変哲もない子供のきれいな手である。
「はあ・・・・・・」
「大変だ・・・・・・」
執事長がお父様の部屋で顔を真っ青にしていた。この普段はニコニコして、何があっても、おじい様がおばあ様に足蹴にされていても表情一つ変えずに働いている執事長の顔が本気でヤバいことになっているのはただ事ではない。
「どうしたの?」
今日は午後から剣の稽古のため私の気分はルンルンだ。だんだんとうまくなっていくのがわかるから楽しい。この前はクラウス先生に手加減されてたとはいえ、剣を弾き飛ばしたのだ。この体本当にチートだわ。
「実は・・・・・・」
執事長の手には包みがあった。
「旦那様が奥様の手作りのパイを忘れて王宮に行かれたのです!!」
なんだ。そんなことか。思いが顔に出ていたのだろうか、必死の形相をされた。
「お嬢様!!」
びくっとした。
「そんなことではございません!! これは王命なのです!!」
全く意味が解らない。王命? 王様の命令よね。なんで陛下がそんなパイに関する命令を出すのだ?
「?」
執事曰く、なんでも昔母のパイを父が忘れていったらしい。その時あまりにもショックかつイライラして騎士団の兵士や軍人たちに手当たり次第に八つ当たり(稽古)、全員を叩きのめした。その叩きのめし方がひどく、兵士、騎士たちが使い物にならなくなり、防衛力低下につながった。しかも殺気全開のため免疫のない文官たちも次々気絶した。その件に関する嘆願書が陛下のもとに大量に集まったらしい。陛下は大笑いしたらしいが、あまりにも悲惨、特に文官たちの目が血走っていたらしいが、とにかくひどかったので、公爵家にはリスティル公爵夫人の作ったものを忘れたらすぐさま王宮に届けるという、王命が下された。
なんと馬鹿らしい・・・・。
そう思った私は間違ってない。
私は頭を抱えたくなった。確かにお母様のパイはおいしいけれど・・・・・・。
「わかったわ。わたくしが届けますわ」
ばかばかしいが、実際困ったからこんなにばかばかしい王命が出たのだ。アステリア王国の長い歴史の中でも断トツにばかばかしい命令に違いないが・・・。
「お嬢様が!?」
「あなたは忙しいでしょう。わたくし午前中なら空いているわ。お父様の仕事場ものぞいてみたいし」
これは本音。玉座の間とか、後宮は入ったことあるけれどほかはないからね、王宮探検~。
「・・・・・・申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「まかされたわ。馬車を用意して、ルカ、今すぐ出るわ」
「かしこまりました」
メイド(鬼)達に捕まる前に出ていこうとしたが、だめだった。髪だけはものすごく整えられてしまった。
***
「とは言いつつ・・・・・・、どこから入ればいいのかしら?」
城の前には衛兵が立っているのだ。
「正面から入れますよ。リスティルの紋章の馬車ですからね」
「そっか・・・・・・。にしてもお父様、本当にお母様のこと好きよね」
仲がいいのは嬉しいことだが、ちょっと恥ずかしい。
「お嬢さまのことも大好きでいらっしゃいますよ」
「知っているわ」
そりゃもう、帰ったらキスしてくるし。かわいいかわいいっていつも言ってくれる。こっちが恥ずかしい。
「お父様は訓練場か、執務室ってことよね」
お父様は元帥兼軍務卿でもあるので文官位も持っているらしい。
「そうですね。午前中は執務室の方かと」
「よく知っているわね」
どっからそんな情報を・・・。するとルカはしれっと
「ヨシュア殿に教えていただきました」
「あ、ちゃんと仲良くやっているのね。最初に会ったとき突然握手するから驚いたわ」
「それは恥ずかしいのでお忘れください」
「やーだ。あ、ついたわね」
橋を渡るとそこからは歩きだ。本当に門でも一切怪しまれなかった。むしろ頭を下げられた。
リスティル公爵家恐るべし。
「お嬢さま、お手を」
ルカに手を引かれて降りる。
「ねえ、ルカ。わたくし見られてる?」
視線を感じるのだが・・・・・・。ルカを見上げると苦笑された。
「お嬢様の美しさにみなあぜ」
「ルカ、お黙りなさい」
「・・・・嘘ではないのに・・・・・・。リスティル公爵家のご令嬢ですからね。初めて見る方も多いですから、みなさん興味津々なのですよ」
ああ、そうか。社交界にはまだ出ていない(出ることはない)からまだ、どんな顔かもわからないということか。
私はちらっと横を見た。兵士がじっと見ている。
ニコリ
淑女の基本はにこやかな笑顔だ。と先生に言われたのでほほ笑んだ。するとなぜか顔をそらされた。ショックだ。
「お嬢様?」
ルカを見上げると、ものすごい眼光を兵士に向けていた。
「こちらですよ? ・・・・・・あとで消すか」
「え?」
なんか言ったようだが聞こえなかった。
「いいえ。さあ、まいりましょう。城の方の安寧のために」




