2
今回は王太子さまと出会います。
皆さん、ごきげんよう。ルーシェ・リナ・リスティルですわ。ただ今、私は誓ったことがありますの。
私に子供ができたら、しつけはしっかりしよう。
***
今、私は王宮に来ている。将来仕えることになる王子様と顔を合わせるそうだ。正直言って仕える気はないから無駄だと思うけど、立場上そんなこと言ったらだめよね。
「お父様、王子様ってどんな方かしら?」
私は父とともに馬車に乗って王宮に向かっていた。私の父アドルフは、肩にかかるくらいの明るい茶髪に、切れ長の緑の瞳を持つ少々冷たい印象を受ける美丈夫だ。でも、私にはとてもやさしい。
「そうだね・・・・・・」
お父様は少し考えるそぶりをした。
私は物語に出てくるような、きらきらとした、かわいらしい子だろうかと勝手に考えていた。しかしその想像とは裏腹に、とんでもない言葉が返ってきた。
「くそ生意気な餓鬼だよ。いじめられたらすぐいいなさい。お父様が叩き切ってやるから」
「・・・・・・」
これは空耳だろうか。今なんとおっしゃいましたか?くそ生意気?私は予想外の返答に固まった。
「ん?どうしたんだい?」
お父様は素晴らしい笑顔で首を傾げた。
「い、いえ」
私は気を取り直して「くそ生意気」について考えた。それはどの程度だ?普通の子供くらい?いや、でも父がそんなことを言うくらいだし・・・・・・。
え、傲慢で身勝手な王子様だったらどうしよう。なんだか会うのが嫌になってきた。
しかし、そんな思いもむなしく、王城に到着してしまった。しかも、リスティル家の紋章を掲げた馬車に乗っている上に、お父様は顔パス状態なので難しい手続きは一切ない。
「さてと」
私を馬車から降ろしたお父様は、片腕でひょいっと私を抱きかかえた。
「きゃ、お、お父様! おろしてくださいませ!一人で歩けますわ!」
恥ずかしすぎる!! 私、これでも精神的には成人しているからね。
「ここからちょっと歩くからね。ルーシェが疲れたらかわいそうだから、お父様が連れて行ってあげるよ」
と、私の抵抗をものともせずに歩きだした。
お父様が歩くと道行く人たち全員がさっと左右に避ける。まるでモーゼの十戒である。私は恥ずかしくてしょうがなかったが。しかし、何人かの甲冑をつけた男性たちは敬礼をしつつ顔を青ざめさせていた。なんでだ?
お父様の足が長いせいで、それなりの距離があるはずの廊下もあっという間に過ぎ去っていく。ようやくお父様の足が止まった。
「着いたぞ、ルーシェ」
「は、はい」
そういって私は地面に降ろされた。とりあえずドレスがしわになっていないか確かめた。よかった、特に変なところはない。私は一息つくと目の前にある扉に目を向けた。今まで見てきた中で一番大きく、彫刻が細かい気がする。
うう、いやだな。突然緊張してきた。
しかし、私の「開くな、開くな、蝶番壊れろ」の思いは通じず、扉が開く。そこには映画に出てきそうなきれいに整えられた部屋があった。部屋の中心には精緻細工がなされた机と椅子が置いてあり、椅子には父と同じくらいの年齢の金髪を後ろで結った男性が腰掛けていた。
もしやと思うが・・・・・・。
「国王陛下」
お父様が男性に向かってそう呼びかけた。
「・・・・・・」
へいか・・、って、やっぱり王様!!!!なんで王様と会うんだ!!いや、よく考えたら将来の王太子とその右腕(仮)が会うのに現王が出てこないわけがない!!別の心の準備ができていなかったため、心が嵐のように荒れ狂って大変なことになった。落ち着け、落ち着け私。
ばれないように深呼吸をする。そして、国王陛下の顔を改めて見てみた。威厳があって怖そうな顔を予想していたが、大外れだ。父と同じくらいかっこいい部類に入って、なんというかこう、穏やかで、やさしそうな好青年に見える。どちらかというと目がつり目で気の強そうな父とは対照的だ。体も父より細い感じがする。
「やあ、アドルフ。そちらがルーシェ姫だね。聞いた通り、前戦公爵のエイダ様そっくりの美人さんだ」
と、国王陛下は透き通るような青の瞳を細め、見た目通りの穏やかな声で話しかけてきた。
「当然だ。早く終わらせるぞ」
お父様、陛下にそのような口をきいてよろしいのですか・・・・・・。しかし陛下は気にしていないようだった。
「そんなに急ぐなよ。もうすぐ来るから。しかし、こんなかわいらしい子が次の戦公爵様か。外務卿に戦争は避けるように言っておこうか」
「誰が公爵でも、戦はなるべく避けろ」
どこか楽しげな陛下と、頭を押さえるお父様。臣下というより友のようだ。
その時控えめにノックがされた。
「来たようだな」
現れた男の子はお人形のようだった。金の巻き髪に青の目。陛下のミニチュアみたいだ。
「ルーシェ。第一王子 ラスミア殿下だ」
あ、あいさつしないと。とりあえず、習った口上を述べようとした。
「初めまして、私」
「女か、次の俺の剣は・・・・・・」
と、落胆したような顔をされた。
はじめ何を言われたかわからなかった。こいつ今、男女差別しやがった。蹴飛ばしたろうか、こら。この国は一応男女平等よ。
しかし、ここは何事もないようににこやかにやり過ごすべきだろう。
「私はルーシェ・リナ・リスティルです。殿下におきましてはご機嫌麗しゅう」
「・・・・・・」
無視された。この時点で私の彼に対する印象は最悪である。こいつ礼儀がなってない。
ちらっと陛下を見るとやれやれという顔。父は青筋を浮かべている。なるほど、これは手を焼いていそうだ。よかろう、こちらはもとからこの王子に仕える気はないのだ。むしろ好都合。まだ見ぬ弟よ、任せるぞ。
「お父様、あいさつはすみましたわ。おいとまいたしましょう」
こうなればとっとと帰ろう。もとから挨拶だけと言っていた。何の問題もない。
「そうだな」
ラッキー、お父様も賛成してくれた。
「なっ」
すると王子様から、驚愕の声。あんたが不機嫌そうだから気を使ってんのよ!! こいつの側近は苦労するだろうな。ご愁傷様。
「では、陛下、殿下。御前失礼いたします」
「ま、待て、お前」
「殿下、私の名前はルーシェです。もう忘れたのですか」
「ぶっ」
見ると陛下が笑いをこらえていた。たぶん陛下がこんなに笑っているのならば、次の言葉を言ったとしても問題なさそうだ。こういうやつは性格矯正しておかないとろくな大人にならない。
「ぶ、無礼だぞ」
「無礼はそちらです。仮にも貴族の令嬢を、お前、などと言う方に言われたくはありません。そうそう、女の私が剣では嫌なのでしょう。別に構いませんわ」
くるっと陛下の方に向き直る。
「陛下、仮にも王子にこのような立ち振る舞い、お許しください」
仮にも、を強く言ってみた。
「いいよ。うちのラスミアが無礼だったしね」
後ろで王子がギャーギャー言っているが知らない。
陛下は面白そうに笑っていた。
「では御前失礼いたします。お父様、帰りましょう」
こうして 初顔合わせはものすごく険悪だったが、言いたいことは言ったのですっきりした。
「確かに生意気でしたね」
馬車の中で父に話しかけてみた。
「だろう。まったく頭もいいし、武芸にも秀でているのにどうしてああなるのか。ルーシェに、『お前』など・・・、許せん」
お父様・・・・・・。うん、ありがとうございます。
「ルーシェ、何があっても、何を言われてもリスティル公爵家の長子はお前だ。王子の剣はお前だよ」
どうやら女の剣というのが父にはひっかかったらしい。別に気にしないけどな、継ぐ気ないから。
「ふふ、大丈夫ですよ」
そう言っておいた。今は。