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「ルーシェ、まだ王城で仕事があるから、お父様は戻るよ」
陛下に向けていた殺気が嘘のようになくなり、お父様はニコニコ顔に戻っていた。
「はい、頑張ってくださいね。お父様。後ろの騎士様方も道中お気をつけて」
お父様がお世話になっているので頭を下げた。
するとなぜかビビられた。
「い、いえ! このたびはご迷惑をおかけしました!!」
素直そうな顔をした騎士の一人は顔を真っ赤にして、鎧をガチャガチャ言わせて逃げた。ちょっとショックだ。精一杯カワイ子ぶったのに。
「申し訳ない。あいつは貴族のお姫様に会うのは初めてで緊張したんです」
もう一人の騎士はそう言って頭を下げてきた。
陛下たちを乗せた馬車と共にお父様たちも王宮に向けて出発した。見えなくなるまで見送っていると――――。
「お嬢様」
「ルカ。遅かったじゃない」
ルカが私の背後に音もなく現れた。
ルカは息を切らしているわけではないが、どこか殺伐とした様子だ。
聞いていいものかと迷っていると、突然頭を下げられた。
「申し訳ございません。お嬢様の喜ぶ顔が見たかったので、ケーキを焼いておりました」
「ええ?」
ほんとに焼いていた!! この子・・・・・・、天然なのか?
「あとでお召し上がりください。お嬢様の好きな紅茶もご用意します」
「そう・・・・・・ね。ルカのケーキはおいしいものね。楽しみだわ」
ルカのケーキはおいしいからいいや。そして ラスミア殿下に言われた言葉をルカに伝えた。
「ラスミア殿下が『今度手合せしろ』ですって」
「それは・・・・・・」
ルカの顔はなんとなく引きつっていた。気持ちはわかる。王子様とだなんて怪我させたら死刑になりそうだし。
「お父様に聞いて許可が出たらだけどね。王子だもの。でももしも許可がおりたら、けちょんけちょんにしてやってね」
鼻っ柱をおってやれ。ラスミア殿下は負けず嫌いみたいだから今よりももっと練習するだろうし。強くなる。
「お嬢様・・・・・・」
ルカは相変わらずの無表情だったが、わずかに嫌がっているようにも見えた。
***
「――――で、わかったかな?」
リスティル公爵邸から帰還してすぐに、国王陛下とその腹心であるアドルフ=リスティル公爵は、王城の中心部である王の執務室に向かった。ここは古の魔法が何重にもかけられていて盗聴などは一切できない。だからこそ内密な話をするのに適していた。
部屋に入ると、「本日の議題は、祝リスティル邸襲撃~王様を添えて~」と、でかでかと秘密事項が書かれた紙が机に貼られていた。おそらく仕事をほっぽり出された宰相からの、害のないかわいらしい嫌がらせなので、アドルフは破り捨てることをやめた。その宰相は、国王陛下行方不明の報を聞いたとき、吐血したらしい。
別に添えてあったアドルフ宛ての手紙には、『私の体のためにも、国王陛下が抜けださないように、次からは生まれた子どもは王城に連れてきてください。ルーシェ姫はエイダ様にそっくりでしたが、性格は似ても似つかない優しい姫でしたね』と書かれていた
「いつ出会ったんだ?」
「黒猫を使ったんじゃないか? 宰相もこう言っていることだし、ちゃんと子どもたちをつれてきなよ」
体の弱い宰相が黒猫を使って情報収集をするのはよくあることだ。
「勝手に家に侵入したのか」
「連れてこなかったアドルフが悪いよ。・・・・・・で、今回の首謀者はわかったの?」
国王陛下は椅子に座ると議題の紙を机からはがした。
「ああ。首謀者だが王のお前の動向を知っている奴で、あの数の刺客を雇えるんだから。ほとんど決まりだ」
「狙いは僕か、リスティル公爵家の子どもたちか・・・・・・」
「本命はルーシェだろうが、お前にもケガをさせるつもりがあっただろうな。わざわざお前がいるときに襲撃したんだから。リスティル公爵家が国王陛下を守れない、いい笑いものだ」
「ふーん」
自分自身の命も少なからず狙われたというのに国王陛下は全く興味がなさそうに見えた。
「今頃本人は雇った連中が全く帰ってこないことに慌てているんだろうな」
「何時でも俺は出られるぞ?」
アドルフは国王陛下に視線を送る。
「・・・・・・そうだねえ、まだいいよ。いろいろな敵がいた方が、いいこともあるよ。国王の自分が間違ったことをしていないかどうか、確認ができる」
「そうか・・・・・・。お前が決めたことなら文句は言わないが。だが、それだけじゃないんだろう?」
アドルフは国王陛下の顔を改めて見た。幼いころから隣にいた幼馴染。優しそうな顔をしているが、この国で最も胡散臭い男は間違いなくこいつだと思う。
無害な笑顔のまま国王陛下の表情は変わることはない。
「アドルフ、お前は私のことをわかっているねえ」
「叩けばほこりが出てくるし、捕まえるのはいつでもできる。むしろお前の狙いはそこじゃない・・・・・・だろ?」
国王陛下はちまちまと敵を捕まえるなんて細かい作業はしない。やるなら一網打尽だ。アドルフはその光景を数えきれないほど見てきた。
「そろそろ、本命が動くと思うんだよ」
国王陛下は笑みを深めた。
「そういえば小物の方はかの国とも繋がっているらしいな」
「そういう話は来ているけど、あんまり情報は期待できないよ。トカゲのしっぽを切られるだけ」
「本命の方はかの国との繋がりはないのか?」
アドルフはだめもとを承知で聞いてみた。
「あると思う?」
「ないな・・・・・・」
あるわけがないとアドルフは思った。
「じゃあ、しばらく泳がせる方向で。君の奥方は心配するかもしれないけど」
「妻もリスティルの女だ。問題ない」
「強いよねえ、アドルフの奥方様は。うちの王妃はよく泣いているのに」
「王妃様を少しは慰めろ。笑顔にさせろ」
「泣いた顔もかわいいから、そのままにしてしまうんだよね」
ものすごくいい笑顔であった。心の底からアドルフは王妃に同情した。だが、本当に申し訳ないが、王妃にしかこの男を任せられないのも事実だ。離婚はしないでくれ。
「ゲス」
アドルフはその一言で切り捨てた。
「君も人のことを言えないだろう。あのとき・・・・・・」
「知らん」
「やれやれ。まあ、ここで言い争っても仕方ないよ。宰相が元気になってから相談しないとね。彼が各方面の緩衝材だし」
「また、胃に穴が開かなきゃいいがな」
そう言いつつ、きっと無理難題を平気で頼む自分も、彼にとっては鬼に違いないな・・・・・・とアドルフは思う。
「開くだろうね」
そしていい笑顔で言い切ったこいつは・・・・・・悪魔だ。