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「この子がルーシェ姫がとてもかわいがっているという噂のグレン君だね」
グレンの部屋に戻ったとき、グレンは乳母に抱かれておとなしくしていた。まだ泣いていたらと思うとひやひやしたが泣き止んでくれたらしい。部屋に入ってきた瞬間に私に手を伸ばしてきた。ああ、かわいい。
「それはまあ・・・・・・、って、噂とは?」
「『ルーシェがかわいすぎて辛い。グレンを抱っこしているときなんてもっとかわいいんだ。どうしよう』ってアドルフがよく言っているからね。あんまりにも言いすぎるから、部下も気味悪がっていたな」
その言葉を聞いて、私は恥ずかしくなった。どうもお父様は親バカすぎて困る。部下の方々になんてことを言っているのだ。私は心の中で部下の方々に土下座した。
「それはご迷惑をおかけしました」
その苦行を近くで目撃した一人である陛下にも真剣に謝った。
「まあ、子どもってかわいいものだから仕方ないよ」
そういってグレンをつつく。ちなみに今、グレンは恐れ多くも椅子に座った陛下に抱っこされている。よかった、泣いていない。グレンは知らない人間に抱っこされるのをとにかく嫌がる。しかし陛下には逆らえないと悟っているのか、それとも陛下の子どもの扱いがうまいのか、とにかくおとなしい。
「アドルフに似ているね」
「そうですよね」
「ふん、小さいな。さっさと大きくなれよ」
ラスミア殿下はグレンを覗き込みながら、頭を撫でた。
なんでそんなに偉そうなんですか。
はた、と気が付く。
そういえば私がここからいなくなったら、グレンとラスミア殿下が組むことになるのだ。これは仲良くしてもらわないと。
「ラスミア殿下も抱っこしてみますか?」
「・・・・・・なんでそんなに笑顔なんだ」
失礼だな。笑顔のなにが悪い。
「いえ、せっかくですから・・・・・・と思ったんですが・・・・・・」
「ふん。父上、俺も抱っこしたいです」
どうやら抱っこしたかったようだ。
「はいはい。大事にね」
そういってグレンを手渡した、その時だった。
ガシャーン!!
「うえぇぇぇぇぇん!!!!!!!!!!!!」
「!!!!」
窓の外から何かが割れる音が聞こえた気がした。
いや、それよりも・・・・・・。
「おい!! ルーシェ、泣いたぞ!!!」
ラスミア殿下がグレンを抱えたまま慌てふためいている。
「ラスミア殿下、何したのですか!?」
さっきまであんなにおとなしかったのに!!
「何もしていない!」
あまりのグレンの泣きように私は懸命にあやす。火が付いたように全力で泣いている。
「あらら、泣かせたね。ラスミア」
陛下は面白そうに見ている。
「な、父上!!」
「そんな怖い顔しているからだよ。もっと笑顔で。大丈夫? 怖かっただろう? もう怖いものはいないよ」
陛下はグレンをラスミア殿下から取り上げた。するとそれまで泣いていたのが嘘のように泣き止んだ。
「な、泣き止んだ」
ラスミア殿下がほっとしたような顔をした。
いったいどんなからくりなのか知りたい。
そしてうちのメイドさんたちにコツを伝授してほしいと思った。
その一方で・・・・・・。
「ラスミア殿下・・・・・・」
私はたぶんものすごい憐みのこもった目をしているのだろう。
「そんな目で見るな!!」
何だか、かわいそうになってきたな・・・・・・。
偶然だとは思うよ? 思うのだけどね。
「まあ、グレンは知らない人間に抱かれると普通は泣きます。むしろ陛下が例外なんですよ。あまり気を落とさないでください」
「あまり他人の子どもから懐かれないから、うれしいよ」
「え、そうな・・・・・・」
「それは、お前のヤバい空気を無意識に感じ取っているからだろうな」
「・・・・・・お父様!?」
私の言葉に被るように言い放ったのは、今王宮にいるはずのお父様だった。