13.
私はため息をつきそうになった。どうして国王陛下がここにいるのか。
国王陛下は文字通りこの国の象徴だ。守られるべき絶対的存在。
ああ、その方がリスティル家邸宅に数人のお供しか連れずにいる。
その事実に頭が痛くなってきた。
私は痛む頭を押さえつつ、ふと気が付いた。待てよ・・・・・・。この状況やばくないか!? ようやく冷静になってきたが、今ここには国王陛下と、王太子がそろっている。しかも屋敷内の護衛はラスミア殿下についてきた人たちだけ!! きっと王族を守るための密偵のような人たちもあちらこちらに潜んでいるのでしょうけど。それでも護衛の人数が少なすぎる。おそらくこの状況に巻き込まれたのであろう哀れな護衛達は終始無言だが涙目だ。体が震えて、鎧ががちゃがちゃ音を立てている。かわいそうに。逆らえなかったんだね、これぞ身分社会。
もしここで屋敷が暗殺集団に囲まれたとして守れるのか!? もちろんここは武の公爵家本邸だ。警護は厳重だと思うが、それでも王宮ほどではないに決まっている。
おじい様たちに報せを出しておこう。確か今日は別邸宅にいたような気がする。ルカをちらりと見たら、コクッと頷いた。なんなのこの子、私の心読んでくれたわ。
「失礼いたします」
ルカが去って行った。
「ひどいじゃないか、ルーシェ姫」
その方向を見ながら国王陛下は楽しそうに笑っている。顔と言葉が一致していないのですが・・・・・・。
「御身を大切になさいませ。父の努力を無駄にしないでください」
私は冷たく言ってやった。しかしさすが王様、そんな嫌味なんて屁でもない。
「大丈夫だよ。ここに僕がいることを知っている人間はここにいる面子だけだから」
いや、情報なんてどこから漏れるかわからないからね!! 王宮に住んでいる国王陛下が一番わかっているだろうに。
どうして本人が一番余裕で落ち着いているのだろうか。
「・・・・・・父上・・・・・・、なんということを」
「気が付かないなんてまだまだだねえ」
「アドルフ様がまた何とおっしゃるか・・・・・・。そもそも、いつから入れ替わったのですか」
ラスミア殿下も青ざめている。さすがに許容範囲外らしい。
しかも今、またって言ったよ。よくあることなのかもしれないと思った。
お父様の精神状態が心配になった。お父様、大丈夫ですか? 私は王宮にいるお父様に思いをはせた。
「ん? ラスミアが出立してすぐに後をつけて途中で入れ替わったよ。後ろのほうに控えていたから、気が付かないのも仕方ないね」
「・・・・・・」
ラスミア殿下の目が光を失う。人の目が死ぬ瞬間を私は見ることになった。
「だって、僕もグレン君見たかったんだよ。連れてきてって言っても、アドルフはだめだって言うし・・・・・・。ルーシェ姫の時だって六年たってやっと会わせてくれたんだよ。僕が本邸に行くって言っても全然取り合ってくれないし。だから、来ちゃったんだ☆」
と、朗らかに言われた。
来ちゃった☆、じゃねえよ!! 当たり前だ!! と心の中で叫ぶ。あんた王様でしょうが!!
この国王陛下、アクティブすぎない?それともこれが普通なのだろうか。
「と、とにかくグレンの部屋にご案内いたしますわ」
これ以上現実を直視したくなくなった。本来の目的を果たそう。そしておじい様たちに早く来てもらい、王室の方々には速やかにお帰り願おう。
私は心の中でその三つを考えて、グレンの部屋に向かうことにした。
「ここに来るのも久しぶりだな」
国王陛下が少し楽しそうに口を開いた。
「我が家に来られたことがあるのですか?」
国王陛下が来たというのがどこか不思議な感じがした。基本王宮にいるイメージしかない。
「うん。子どものころによく遊びに来ていたよ。あのときはまだ王太子じゃなかったからね」
懐かしいな、ああ、久しぶりだ。そう言って窓から覗き込むように庭を見る国王陛下はどこか子どものように無邪気だ。
後ろからついてくる顔の青い騎士とは対照的。
「想像できませんね。父上の子どものころなんて」
ラスミアが眉を寄せ、顔をしかめていた。同感だ。
「僕だって赤ちゃんだったんだよ? アドルフだってね。二人でよくいたずらしてね、ルーシェ姫のおばあ様や、おじい様に怒られてた。よくげんこつされたんだ」
あれは痛かった・・・・・・。その時のことを思い出したのか国王陛下は渋い顔をして頭をさすった。
「まあ、そうなのですね」
二人とも想像できないがやんちゃだったのだ。
「あの広い庭で剣の稽古をしたりしてね。僕は一回もアドルフに勝てなかったけどね~」
「お父様はお強いですからね」
「うん。容赦なかったよ」
「今日はお客が多いけど、さすがはリスティル家・・・・・・、ごみ掃除も完璧だね」
「どうかなされました?」
何か国王陛下がつぶやいた気がしたが、よく聞き取れなかった。
「いいや? さあ、案内して」
***
難攻不落、リスティル公爵家の魔の邸宅。
その屋敷を建築したのはアステリア王国始まって以来の天才建築士兼からくり師。
設計図を書かない彼の手により作られた屋敷は、当初リスティル公爵家の人間ですら危険を伴うものだったらしい。
数十代前のリスティル公爵は、「ふざけんな、毎日が戦争じゃねえか。家にいるときくらいゆっくりさせろ」と言って外敵用のからくり以外、内側のからくりをほとんど外させたらしい。
凶手たちは喜んだものの、それは束の間の喜びだった。
「一、二、三、四・・・・・・、思ったより少ないですわね。ルカ君ががんばっているのね」
ルーシェたちが通り過ぎた廊下ではメイドたちが物騒な会話を笑顔で繰り広げる。彼女たちの服はところどころ血に染まっていた。
「ですわね。あら、またお客様だわ。最高のおもてなししないと」
屋敷の中にたどり着く前に彼らの人生は終わってしまうのだから。