プロローグ2
恐らく、俺がイーリスになって入り込んでしまったこのゲームの正式な名前は、ズワールト・オブ・アディガマー(ユーザー間ではアディと略称されている。)と呼ばれるゲームで、スキル制MMORPGとしてはかなり有名なゲームだ。
本社は海外にある所謂洋ゲーだが、約2年前に日本支部を設立したことで、言語対応やサポート体制も万全になり、正式な日本版としてアディがプレイできるようになったのだ。
現在のプレイ人数は数百万人。1週間のアクティブユーザー数は、3分の1を占めるという超人気っぷりだ。
そんな俺も、このゲームにハマッていてゲーム内の実力的には上の中くらいに位置している。
上の中というと、中途半端に思えるかもしれないが、それでも日本鯖プレイヤーの4%しか居ないのでそんじょそこらのプレイヤーには負けない自信がある。
そんな俺の学生生活のほとんどを費やしているゲームに本当に入り込んでしまったのか…?
まさに、どうしてこうなった。いや、確かに警告文が何度も表示されてたし、あそこでキャンセルすれば、恐らくそのままだったんだろう。だけど、まさか本当にゲームの世界に入り込むなんておもうわけ無いだろう!しかも睡魔が襲ってて判断力が鈍ってた状況でだぞ!
はぁ…しかも女性の体だし…い、いやまぁイーリスの体なら悪くはないけどさ…いや、でもやっぱり女性になるっていうのは流石になぁ…
末期の自キャラ可愛い病にかかっている俺は、いいのか悪いのかわからず更に混乱してしまったが、とにかくこのまま色々と考えても仕方ないと思い、無理矢理思考を切り替えて現状把握に努めることにする。
まず最初に俺はアディの操作ができるのかどうか試してみることにした。
えーっと。ひとまず、インベントリを開いてみたいんだが、どうすれば開くかな。アディじゃEキーを押せば、インベントリが開くんだが…おおっ!?なんだこれ?視界の端に突然インベントリが浮かんできたぞ…?まるでVRゲームみたいだ!
なるほど、アディのUIを利用するには、キーを思い浮かべればいいんだな。これは中々便利だし違和感も少なくていいな。
よし、次に中身だが…全て見覚えがあるな。ということはやはりここは、アディの世界ということに……ん?!あ、あれ!?な、ない…蘇生アイテム関連が全て消えている!?どういう事だ?
アディでは、死んだ場合は高コストの蘇生アイテムか、課金アイテムの自動蘇生アイテム、もしくは、一部のジョブにのみ使用ができる蘇生魔法を20秒以内に使わないと最寄の街に強制送還される仕様だ。
それがないということはつまり…リスタート不可のデスゲーム…いや、もうゲームじゃないんだったな…。最後の選択肢にはこう書かれていた「この世界の住人として生きていくことになる」と…つまり、今この世界に生まれた一人の天人族であり、命はたった一つだけ。
そうなるとこれからは、ゲーム時代のように蘇生ありきの戦法というのは絶対にできないな。慎重に行動しなければ…
そうと分かればまずは自分の身の安全の確保が最優先事項だ!
とはいえ、ここは全く見覚えの無い湖の湖畔で、辺りに人の気配などあるわけもない。ヒョロヒョロ文系量産型大学生はベア・グリルスさんみたいなサバイバル技術なんてもんは持ち合わせちゃいないぞ…!どうする…考えろ、考えるんだ俺!この先どうする…どうやって…ん?
焦る思考の中、ふと視界に入る焦ったような表情を浮かべる美人…もとい俺。…俺?そうだ!俺の今の体はイーリスだ。前作のデータを引き継ぐと書いてあった通り蘇生アイテム以外は全て引き継がれていた。つまり、戦闘能力も引き継がれているんじゃないか!?
さっそく俺は先ほどインベントリを開いたときの要領で、ショートカットキーを思い浮かべると、案の定見慣れたウィンドウが目の前に現れた。
やはり、俺の予想通り戦闘能力も引き継がれているようだ。合わせてキャラクター情報のウィンドウを確認したがこちらも全く同じだ。
魔法ウィンドウも、同様に変化も特にないようだ。ちなみに今のジョブは聖騎士と呼ばれるジョブでオールマイティなジョブだ。
器用貧乏にもなりがちだが、他職にはない柔軟さが売りで初心者から上級者まで幅広く愛されている。勿論俺もこのジョブが一番気に入っている。
他にも、魔法特化の大賢者や物理特化の狂戦士、支援、回復特化の神聖魔道士等多数存在しているが、今はひとまず置いておくとしよう。
とにかく、魔法が使えるのかどうか試してみることにしよう!ちょっと楽しくなってきたぞ!まずは何が起きるのかわからないので、同じ要領で使用したい魔法を心の中で念じてみる。
すると、手の平サイズの見慣れた魔法陣エフェクトが、目の前に4つ現れたその瞬間、凄まじい速さで光の矢が射出され、そのまま射線上の木を貫いていきながらみえなくなっていってしまった。
「うっひょお!これは凄い!アディでは散々見慣れたエフェクトだが、こうしてリアルになってからじゃ迫力が段違いだな」
これは相当高い戦闘能力を有していそうだ。少なくとも熊や狼といった、普通の獣くらいならばこれで対処できそうだ。大学生生活の余暇のほとんどを費やした俺の努力は無駄ではなかったということか!
さて、次は当面の食料だが、インベントリにはバフアイテムとしての料理、食材がかなり入っているので食料は今のところは問題ないだろう。
しかし、当然ながらその食料もいつか尽きる。だからいつまでもここにいるわけにも行かないので、ひとまず村のような人の集まりがある場所を探したいのだが、こんな森の奥にあるとは到底思えないので、かなり歩くことになりそうだ……いや、待てよ?イーリスの体なら飛べるんじゃないか?
このイーリスの最大の特徴である翼は、勿論飾りではなく本物だ。アディには基本の4種族である、人族、獣人族、妖精族、小人族+αとして課金ガチャで手に入る種族がいくつかいるが、その一つにこの天人族と呼ばれる飛行可能種族がいて、当然ゲーム内でもちゃんと飛行することができる。他にも竜人族や銀狼族といった様々な種族いるらしいが、かなりレアな上に数が豊富なので、詳細な情報は不明な事がほとんどだ。
ちなみに人族がオールラウンドに伸び、獣人族は身体能力に長けているが、魔法能力に劣り、妖精族は魔法能力に長けているが、身体能力に劣り、小人族は器用さに長けるが速さに劣る。
この4種族は他にも様々な長所短所があるが大体このような分かれ方をしていて、課金種族も基本は全てこの4種族がベースになっている。
天人族は人族ベースでありながら人族よりも魔法能力が高い『当たり種族』と呼ばれる種族で、これもまた非常にレアだ。俺はこれを当てる為に破産覚悟でガチャを回したら10回目で引いてしまったのでかなりの幸運だった。
そんな天人族自慢の翼でさっそく飛ぶために、何故かまるで最初からあったように違和感なく感じる翼を羽ばたいたり、触ったりして感覚をしっかりと掴んでからジャンプをして風に乗るように翼を羽ばたかせてみる。するといとも簡単に上空に上がることができた。
「うひょおおお!!こりゃあすごい…まさに鳥になった気分だ。これは癖になるなぁ。もう少し感覚に慣れるように辺りを飛んでから辺りを捜索してみよう。」
そうして30分も飛べば、あっというまにスピードも出せるようになり、軽快な飛行もできるようになったので、高度を上げて人工物を探すことにした。
そして更にそのまま10分程飛行していると徐々に森が開けていく。それと同時に人々の足で踏み固められたような跡がみえてくる。これは明らかに人工物だ。
なんとか野宿は避けられそうだと、歓喜してその道に沿って飛行しようとした瞬間、森の中から鎧や剣、弓で武装した4人の男女が飛び出してきた。
どうやら木々に隠れて見えていなかったようだ。しかし、なんだか様子がおかしい…なんというか凄く慌てているというか何かから逃げているような…?
そう思っていると、その四人の男女の後を追うように緑色の全長5mはありそうな巨大な熊が飛び出してきた。
そんな熊に向かって、時折牽制のように矢や魔法が放たれているが、逃げるのに精一杯らしく、ほとんど牽制の意味を成していない。必死の形相で逃げているあたり、彼らの手には追えない強い魔獣なのだろうか?
ここは助けることができれば、その恩の対価に新作の事について色々と教えてもらうことができそうだ。
しかし、ここで大きな問題が一つある。それは、今この男女が追われている熊型の魔獣の強さだ。
見た目は毛皮が緑色になっただけのデカイ熊だ。見えなくなるまで木を貫通していった【ホーリーアロウ】の貫通力を防げるような、毛皮があるようには見えない。
しかし、ここは日本ではなく異世界、それもアディならば見た目だけで判断するのは危険だ…おまけに逃げているということは少なくとも弱い魔獣ではないのは間違いない。クソッどうすれば!
そんな風に考えているとついに1人の女性が躓いて転んでしまった。
しかし三人はその女性を置いていくような事はせず、その転んだ女性を守るように立ちはだかっている。
「あのままだと恐らくあの四人は…ええい、クソ!とりあえずやるだけやってやる!【ジャッジメント】を選択!標的はあの熊だ!」
自身が持ちうる魔法の中でもっとも威力の高い魔法を選択し、上位の魔法発動に必要な時間がゲージとして表示されるというアディと全く同じUIが出現したのを見ながらその熊に向かって標的を定めるのだった。
えっ?変化が全くない?い、一応もう少し先に進めば変わりますから…