66、事件……思いの先には
いよいよです。楽しんで頂けると嬉しく思います。
アレンと合わなくなってひと月が過ぎた。
「王宮に勤めているはずのアレンを見かける事さえもないなんて、まさか、あの病気が!? 嘘よね!? 嘘よね!?
治ってなかったのかしら。また……あんな風に吐血しているのだったら!?」
思い出したら、心配で心配で早く誰かにアレンの安否を聞きたかった。
エルティーナの胸が痛みで張り裂けそうだった時。ナシルからあまり嬉しくない報告を受ける。
今、バスメール国のカターナ王女が到着したと報告があったのだ。そして晩餐会を一緒にという事だった。
「冗談でしょう? 嫌よ晩餐会なんて!!」
レイモンド様から「くれぐれもカターナ王女には気をつけるように」と言われていたから恐くてたまらない。
まだレイモンド様が王宮に入っていないのに……と気分が下がる。
今はもうエルティーナを護ってくれるアレンがいない事が輪をかけて不安だった。
エルティーナは一応の挨拶としてカターナ王女を迎える為に広場に足を運ぶ。
王宮の来客用の玄関にはカターナ王女がおり、彼女の周りには沢山の人集りができていた。
美しく柔らかな猫なで声はボルタージュの貴族達にも人気で、文通をしていたのか…? とても親しそうだ。
ボルタージュ貴族の令嬢達とも手を取り合って笑いあっている。その姿、全てが胡散臭く思えてしまい……そのまま自室まで戻った。
エルティーナはレイモンドの言う通りこちらからは挨拶に行かなかった。
あたりが黒一色に塗り潰された頃、晩餐会は始まった。
「…見て…エルティーナ様よ、王女なのに挨拶もしないなんて………」
「お高くとまっていますわね……信じられない」
「カターナ様がお可哀想だわ………」
「見て、誰からも挨拶されておりませんわよ。アレン様もやっと離れられて嬉しく思われておりますわ」
「大したことない方なのにね………」
エルティーナに聞こえるように、嫌味を言う令嬢達は皆、カターナ王女の周りにぴったりとくっついている。
「まぁまぁ、皆様。そんなに怒らないで。エルティーナ様は王女だから……そのね、仕方ないのよ。でも降嫁が決定して…。王女の価値が無くなったら……ね。
日頃の態度がこういう風に出てしまうの。アレン様を筆頭に皆が彼女の元を離れるのよ。可哀想だから悪口はいっては駄目よ」
距離は離れているはずだが、カターナの猫なで声は余裕でエルティーナにまで届く。
「……聞こえてるわよ。しっかり。ふんっ。(それはどうでもいいけど……。やっぱりアレンがいない)こんな晩餐会には必ず警備についているはずなのに…」
エルティーナは周りを見渡す。
その態度にまた嫌味を言われ。エルティーナは小さく溜め息を吐いた。
いつも舞踏会や晩餐会ではだいたいアレンかレオンにべったりだった為、こう言った嫌味は慣れた。
本当は挨拶くらいはすべき……でも、レイモンド様の言いつけを守る為にカターナ王女を視界に入れないようにしていた。
だからもちろん晩餐会でも挨拶をしていない。
皆がエルティーナを悪くいうが、本来は大国ボルタージュの第一王女エルティーナが挨拶をするべきではなく、カターナ王女から挨拶に来るべきなのだ。
それが分からないのが、カターナが王女としての品格がない裏付けになっていた。
「えっと……バルデン様か、キメルダ様は……今日はカターナ王女がいるから、きっと騎士団の上層部が警備してるはず。
だから、いらっしゃると思うんだけど………。アレンの事を聞くにはちょうど良いわ。 騎士団のツートップだし!! うーんと…」
エルティーナがブツブツ言いながら二人を探していると、穏やかな声がエルティーナを呼ぶ。
「エルティーナ姫」
この呼び方は! 振り向いた先にはきっちりと軍服を着用した美丈夫が立っていた。
「キメルダ様!! お久しぶりです。立食晩餐会、以来ですわね。お元気でしたか?」
華が咲くようなエルティーナの笑顔は、思わずつられる。
「えぇ、元気です。エルティーナ姫もお元気そうで何よりです。あの嫌味の応酬を物ともせず驚きです」
「え!? 聞いてらしたのですか?? ……恥ずかしいですわ」
エルティーナは顔を真っ赤にして、うつむく。柔らかそうな胸が見えそうで視線をそらす。
(計算されてないから、可愛いんだな……同じ王女でもまったく違う…)
キメルダは遠くにいるカターナ王女を視界に入れる。
「泣いているか……と思いましたが、なかなかお強い」
「まぁ!! あんな嫌味は毎度ですので、気になりません。ぱっとしない私が、当たり前のようにアレンを引き連れて、お兄様にベタベタしていました。
文句も言いたくなります。逆の立場なら私も言いますわっ!!」
明るく笑いながら話す仕草に目を惹かれる。
「流石です。新たな一面を見せていただきました」
キメルダの賞賛に笑顔を返して、聞きたかった事を投げかける。
「キメルダ様。あの、お聞きしたいことがございまして。聞いていただけますか?」
「はい。お聞き致します」
キメルダの了承をとり、エルティーナは話し出す。
「……アレンの事です。このひと月ほど王宮で見かけないですし、お兄様も知らないみたいで……ご存知ではないでしょうか?
あっ勿論、仕事で王宮を離れているとかなら大丈夫なんです!! ただ……元気かどうか心配で……」
(お優しい方だな……元気かどうか…か。アレンの病の事はご存知だからか……。そういう心配だな)
「アレンは、元気です。つい先日も会いましたので」
キメルダの言葉に、思わず涙が溢れる…。
驚くキメルダにエルティーナは誤魔化すように、笑ってみせた。
「す、すみません。すみません。安心して、大丈夫です。良かった!! 良かったです。元気そうならいいんです。
私には、もう関係ない人なんだと分かっても心配で……教えてくださりありがとうございます!!」
ほっとして肩の力が抜けたのか、雰囲気がより柔らかくなり逆に心配になる。
あんな毒女達の所に戻すのは可哀想で…。「少しお話をしませんか?」とエルティーナを誘い晩餐会終了までキメルダは側にいた。
ボルタージュ騎士団、副団長であるキメルダが側にいることで、エルティーナの嫌味をいう令嬢がいなくなった。
エルティーナはキメルダの服をついついと引っ張り満面の笑みで見上げてくる。
「助けてくださり、ありがとうございます。キメルダ様は救世主ですね!!」
可愛らしい唇が紡ぐその言葉は〝アレン〟に……。そう思ってしまう。
(貴女の側にいる為だけに宦官になった彼に、少しでも気持ちを分けて欲しい。
アレンと同じだけの気持ちを返せとは言わない……せめて半分だけでも。彼を愛して欲しい…。彼には貴女が全てです)
キメルダは昨日、騎士団に復帰する旨を伝えに来たアレンを思い出す。
***
「長い休暇、ありがとうございます。身体も前と同じように動きますので、復帰致します」
アレンの淡々とした物言いに嫌そうな顔のバルデンは素っ気なく返事を返す。
「あぁ」
バシッ!!
アレンと目を合わせない団長に、キメルダは横から頭を叩く。
「団長、あぁ。ではございません」
「頭を叩くな!! キメルダ!! ………アレン……復帰は了承した。
先ずはレオン殿下に挨拶に行け。お前がいない事をしつこく聞いてきて、はぐらかすのに大変だった」
「かしこまりました。今日は遅いので、明日、遅くても明後日には挨拶にまいります」
「いや、今日は無理でも明日行け明日!!」
「エルティーナ様とお会いした後、時間があればレオンにも挨拶に行きます」
堂々とエルティーナ第一主義を出すアレンに、バルデンとキメルダは一緒に大きな溜め息を吐く。
「………もう何も言わん。早く会いに行け、お前のお姫様に……」
「バルデン団長、キメルダ副団長、失礼いたしました」
アレンは見惚れるような完璧な騎士の礼をし、部屋を出て行った。
***
(アレンにはまだ会ってないんだな…帰りに待ち伏せか? サプライズはエルティーナ姫がお好きそうな事だしな……)
「キメルダ様、私はもう自室に戻ります。話し相手になって頂き、ありがとうございます。楽しくない晩餐会も楽しくなりましたわ!!」
「そう言って頂き光栄です。自室に戻られるなら、お送り致します」
キメルダの発言にエルティーナは思わず大きな声を出してしまう。
「えっ!! あっ、失礼いたしました。キメルダ様にそこまでして頂くのは申し訳ありません。一人で戻りますわ」
「大丈夫です。さぁ、行きましょう」
キメルダは少しだけ強引にエルティーナを促す。この申し出はエルティーナにとっては安心できるものであった。
帰りの廊下で、カターナ王女と会うかもしれない。襲われたら……。
そう思い…かなり恐かったので、自室まで一緒に来てくれるのは本当に嬉しかった。
晩餐会の会場を出て、人気のなくなった廊下でエルティーナは一度止まり、キメルダに身体を向ける。そして優雅な王女らしい礼を心を込めてする。
「ありがとうございます。一人で帰るのは、少し…恐かったので助かりました」
「いえ…」
キメルダがエルティーナに返事を返そうと口を開いた時、腰に響く美しく甘い声が二人に割って入ってきた。
「キメルダ副団長、エルティーナ様は私が自室までお送り致しますので、警備に戻って下さい」
背後から聞こえる美しい声に、身体が痺れ固まる。身体中がまるで心臓になったように脈打つのが感じとれる。
今まで何度も何度も聞いた美しい声。
(美しい声が後ろから聞こえるわ……たったひと月なのに何年も聞いてないように感じる。
アレンなの? アレンなの??
どうしよう、どうしたらいいのか分からないわ)
固まった身体は今度は熱を持ち、熱くて堪らない。
後ろを振り向くのが恐くて目の前のキメルダに助けを求めるべく、視線を合わす。
合わさった視線は包み込む優しさがあり「ほらっ行って」と目が言っており……勇気をもらう。
ゆっくりと振り向いた先には、見慣れた真っ白い軍服。少し短くなった銀色に輝く髪。
彫刻のように整った輪郭にアメジストの瞳。
恋い焦がれ続けたアレンが、エルティーナの目の前に…いた。
(あぁ……とても、元気そうだわ……良かった……病気……じゃなくて、良かった。
優しく笑ってる。いつもと一緒よ、まるで昔にもどったみたい。
どうしよう、嬉しい!! 嬉しいわ!!)
こちらを見つめながら固まるエルティーナにアレンは極上の微笑みを浮かべ、手を広げる。
宦官になったら一番にしたかった事、エルティーナを正面から思いきり抱きしめる。
(今まで一度もしなかったんだ。ひと月も我慢したんだ、いいだろう)
アレンの行動に目を見開くエルティーナ。
(……アレンは何をしているの? …もしかして、抱きついていいの? 貴方の胸に飛び込んでいいの??)
そう疑問に思いながらも、身体は自然に動く。
一生懸命に走っているのに前に進まない感覚。早く早くと焦る気持ちさえも、今からくる幸せを予感させ震えてしまう。
エルティーナは両手を目一杯広げているアレンの胸に飛び込む。
アレン独特の甘い香りに包まれて、逞しい腕が身体を緩やかに拘束する。
二人の思いは十一年前のあの時に戻る。
初めての恋に落ちた、あの瞬間に…。
恋人のように抱き合う二人を見て、キメルダは苦笑しかながら気配を消し、音をたてないようにその場を後にする。
しばらく抱き合っていた二人は、ゆっくりと身体を離す。
アレンは軽く顎を引きその瞳にエルティーナを写す。
エルティーナは軽く顎をあげその瞳にアレンを写す。
「…アレン…会いたかったわ」
「私も、エル様に会いたかったです」
二人はゆっくりと離れ、何もなかったように歩き出す。いつもと同じように、二人の時は流れ出す。
「……心配したんだからね……。ひと月、全く見かけないから」
「申し訳ございません。野暮用で、王宮を離れておりました。用事は終わりましたので、今までと同じように 私は王宮におります」
「まぁ!! そうなのね!! またアレンを見かける事もあるのね!! 嬉しいわ!! …見かけたら、声をかけてもいいかしら?」
「勿論です。先ほどみたいに是非、抱きついてください。
前々からレオンには抱きついて、何故、私には抱きついて下さらないのか不満でしたので」
「えぇーー!! いいの!? 抱きついていいの!?」
「勿論。なんだったら、また抱き上げて自室までお送り致しましょうか?」
甘さたっぷりの言葉にくらくらしながら、エルティーナはそこは断った。
「ねえ、アレン。さっきから気になっていたんだけど、その手に持ってる包み紙の袋は何?」
「あっこれは、どうぞ。エル様の好きなミダのチョコレートです」
アレンから渡された茶色い包み紙の袋の中は、一つ一つが綺麗に包装されたチョコレートだった。
「うそぉ………わぁ…………」
感動しながら袋の中身を覗き込むエルティーナの耳に、今一番聞きたくない声が空気を壊しながら聞こえてくる。
「あらぁ!! アレン様ぁ!! お探し致しました!! 皆さん、アレン様よ!!」
「「キャーキャーお久しぶりです!」」
「「いゃーーん! アレン様!!」」
カターナ王女とその取り巻きだった。
エルティーナが持っている袋の中身を覗き込み、可愛らしい声でアレンに礼を言う。
「まぁ!! アレン様、これはミダのチョコレートではないですか?
私が以前食べてみたいと言ったのを覚え、用意してくださったのですか? 私は感激ですわ、皆様も一緒にどうですか??」
エルティーナはカターナの言葉に、あつかましく全部貰おうとしていた自分がとても恥ずかしく真っ赤になる。
カターナが袋を取ろうとした瞬間、エルティーナは急いで一つだけチョコレートを取った。カターナの嫌そうな顔も、全然気にならない。
(ふん。貴女に頼まれて買ってきたのかもしれないけど、早い者勝ちよ!!)
エルティーナは勝ち誇った気持ちでいっぱいだった。
アレンと抱き合い「会いたかった」と言ってもらえた。お兄様みたいに見かけたら抱きついていいと了承を得た。
気分はハイで、今のエルティーナに嫌味は全く効かなかった。
カターナから奪い取ったチョコレートを持ってその場を離れようと、一歩下がると身体の重量がなくなる。
「えっ!?」と思った時にはエルティーナはアレンの腕の中。
思考が動くころには、ハイエナのような令嬢達がチョコレートを奪いあっている姿が遠くに見える。
状況を理解し驚く。なんと、アレンはエルティーナを抱き上げ走っている。
速い!!
あっという間にカターナ王女とハイエナ令嬢達を撒き、入り組んだ王宮の迷路を進み。王族専用の自室がある宮殿までいっきに走りきった。
エルティーナの自室がある塔まできて、はじめて速度をゆるめ歩き出す。
エルティーナを抱き上げながら走ったのに、全く息がきれないアレンに驚く。
「いきなり走り出すから驚いたわ。でも楽しかった!! アレンは凄いわね!! 私を抱っこしているのに走れるなんて!! 感動よ!!」
「煩い声をあれ以上聞きたくなかったので。何も伝えずに行動して、申し訳ございません」
「謝る必要はないわ!! 楽しかったもの!! でも……煩いって。アレンは嫌いなの??」
「勿論、嫌いです。騒がしいのも、我が物顔で話に入ってくるのも」
「そうなの?私は…アレンはカターナ王女みたいな方が好みだと思っていたわ。えっと…スレンダー美人?? みたいな方??」
自室の前で、エルティーナをゆっくりと下ろす。部屋から出てきていたナシルや侍女達が、アレンを見て驚く。
それを視界の端に入れながらエルティーナは、アレンを見上げる。
「私の好きなタイプは、エル様です。今までエル様以上に好みだと思った女性はおりませんよ」
爽やかに爆弾発言を放ち、真っ赤になるエルティーナの頬に口付けを落とす。
「おやすみなさいませ、エル様」
爽やかに微笑んで、来た道を戻っていくアレンをエルティーナは呆然と見ていた。
「大丈夫ですか!? エルティーナ様」
「どういうことですか!! エルティーナ様」
と皆の声を遠くに聞きながら、エルティーナは魂が抜けていた。
アレンにとって、これが最後だった。
次に会う時は、エルティーナの変わり果てた姿だったからだ。
あと2話くらいで終わります!!よろしくお願い致します!!




