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ある、王国の物語『白銀の騎士と王女 』  作者: うさぎくま
今世の物語
52/71

52、クインとアレン 想いの先には

 

 アレンはグラハの間を出て、エルティーナの自室へと向かう。



 エルティーナを抱き上げる時は、必ず腕に乗せ自らの身体には接触しないようにしていた。

 でも今はエルティーナは寝ている(失神している)ので、腕に乗せ身体どうしを密着させ、アレンにエルティーナの体重がかかるように抱いている。


 出きるだけ長く抱いていたいと思い。人があまり通らなく、エルティーナの自室へ行くにはかなり遠回りになる回廊をアレンは選ぶ。




 ボルタージュ国は今が一年のうちで一番穏やかな季節。


 王宮の庭園には色とりどりの花が咲きほこり、針葉樹も広葉樹もふかい生命を感じる新緑の葉を太陽に向け名一杯広げ、光を取り込んでいる。


 今の時分、太陽は真上にあるため、回廊に影はできない。


 その為、美しく磨かれた大理石の長い回廊は、その石 本来の色や年輪のように流れる芸術的な模様を浮かび上がらせていた。




「いい風だな……」



 アレンは自らが不意に言った言葉に驚き、自然に唇が弧を描く。



 自然や季節、気候を美しいと感じるようになったのは、あの庭園でエルティーナと再会してからだった。


 あの時あの瞬間に、全てのものに色がついた。


 天使のように妖精のように美しく成長したエルティーナ。本当にこれ以上、好きになるとは思わなかったから驚く。



 かすかに香るエルティーナの匂いがアレンのまわりを優しく包みこむ。



 その香りに包まれながら、アレンはエルティーナの柔らかい身体を、起きない程度の力でゆっくりと力を入れて抱きしめる……。


 柔らかい柔らかい拘束……。



(………幸せだな。エル様……どうか起きないでください……もう少し……このままで……あと少し…貴女に触れていたい…)



 長く続く回廊は、二人の味方だった。珍しく誰も通らず、鳥の鳴き声さえしない空間…。


 まさにそこだけが、この世界から切り取られた二人だけの空間となっていた。




 エルティーナを身体中で感じ大満足のアレンは、彼女の自室近くになる頃に密着し抱き上げていたのをやめ、抱き方を変える。


 帝王学などの勉強は本来エルティーナの自室でやる為、何故いきなり場所が変わったのか。理由を聞かされないナシルは心配だったのだろう、エルティーナの部屋の前で待っていた。


 アレンはそれを見て「悪い事をしたな」と思いながら歩いていく。



「アレン様!? エルティーナ様に何かあったのですか?? 」


 緊張したナシルの声が聞こえてくる。



「エルティーナ様は寝ていらっしゃるだけだ。帝王学はラズラ様も一緒に受ける事になった為、朝食をとったグラハの間でそのままされた。

 授業は最後まで受けられた。

 午後からの予定は無い。少しお疲れのようだから、自ら目覚めるまで起こさないでほしい」



 エルティーナを気遣うアレンに、感謝の気持ちをこめてナシルは腰を折る。



「アレン様、中に」


 ナシルに促されてエルティーナを抱いたまま部屋に入る。部屋の真ん中に位置するソファにエルティーナを横たえようとすると、ナシルに止められる。



「アレン様。エルティーナ様はよく寝入っているようですので、ソファーでは身体に負担がかかりよくありません。

 私どもではエルティーナ様を運べませんので、申し訳ございませんが寝室のベッドに下ろして頂けませんか?」


 ナシルの願いにアレンは拒否反応が出る。



「流石に、私が寝室に入るのは問題があると思うが」


「私も一緒に中に入りますし、ドアは全開にしておきますので大丈夫です。どうぞ、よろしくお願い致します」


「…分かった運ぼう。ドアを開けてくれ」




 穏やかなアレンの声にナシルはゆっくり頷く。


 ただ、運ぶ為だけでもアレンにとっては禁断の場所である。


 今朝の夢の話の一件もあり、どうしても生々しい情事を想像してしまいエルティーナに対し申しわけなくなり萎縮する。




「アレン様、こちらに」



 ナシルの言葉にしたがいエルティーナをベッドに優しく、大切に横たわす。


 手の甲に柔らかなベッドの感触が伝わり、小さくきしむ音が静寂の部屋に響く。



 隣りにナシルがいて、寝室の扉は両扉が最大に開いている。



 太陽の光を取り込み暗い部屋に光の道を作るも、アレンの気持ちは高ぶり熱くなる。

 変な気分にならないように、出きるだけ周りを見ないように心がけた。




 アレンがそんな葛藤をしていた同時、エルティーナをベッドに下ろすのを見ていたナシルは、不思議そうにアレンを観察した。


(本当にアレン様の腕力に惚れ惚れするわ。なかなか体重のおありになるエルティーナ様を腕の力だけで体勢を変えベッドに下ろすなんて。

 何処にそんな力がおありなのかしら? 聞いてみたいわ…。

 それにいつも遠くから見ても美しいお姿だと感心していましたが。間近でみたら凄い迫力の美貌ね〜。眼福、眼福。

 天使のように美しいエルティーナ様と並ぶと、物語の一場面を切り取ったかのようだわ……綺麗……)



 エルティーナを横たえた後、アレンは身を起こす。名残惜しそうにエルティーナを見る自分に対し笑いが込み上げる。



 ナシルに目を向けると幸せそうに微笑んでいた。



「ふふっ。アレン様とエルティーナ様が並ぶと本当に見ているだけで幸せな気分になります。

 なんと申しましょうか…、色彩の対比が美しいのですね」


 エルティーナ付きの侍女達がアレンを大絶賛するのは何度も聞いたが、行儀作法に厳しいナシルからのそういった発言は皆無だった為、アレンは驚いた。



 あまりに驚いているアレンにナシルは戸惑う。



「こう言う発言は、お嫌ですか?」


「エルティーナ様の側に居て、似合うと言われ嫌な訳はない。もちろん嬉しい。驚いたのは、貴女からそう言う類の話を今まで一度も聞いたことがなかったからだ」


「もちろん口には出しません。でもずっと思ってはおりました。

 ……エルティーナ様だけでも、アレン様だけでも、お美しいですが、お二人が並ぶ時が一番美しいと私は感じます」




 ナシルの言葉はアレンの心に深く響く。見目も美しくありたいと思うのは、エルティーナ様の側にいたいからだ。


 ナシルの言葉を何度も反芻する。


 アレンは溢れる思いを胸に「ありがとう」と言葉に乗せた。





 アレンが退出した寝室でナシルはゆっくりとエルティーナの髪を解く。


 柔らかく金色に輝く髪を見て、ナシルはそっとキスを落とし、小さな小さな声で願いを口にする。


「幸せになってくださいませ。エルティーナ様」……と。


 半年後の別れはアレンとだけではない。ナシル達との別れも待っている。


 他国に嫁ぐ場合のみ乳母や侍女を連れていける。しかし伯爵家に降嫁するエルティーナにはついて行けない。


 結婚が決まり嬉しい以上に、エルティーナと離れる寂しさが思う以上に辛く仕方がなかった。



 アレンはエルティーナが目覚めるまで側に居ることが出来ない。エルティーナが起きてもいなくても、夕方くらいに訪れる旨を侍女に伝え部屋を退出した。





 アレンが自室までの回廊を歩いていると、回廊に面している庭園のベンチに父であるクイン・メルタージュが座っていた。



「アレン。久しぶりだね。同じ王宮にいたとしても会わないもんだ」


「お久ぶりです、父上。何故ここに?」


「アレンを待っていた。エルティーナ様は午後から何も予定がないから、お前の身体があくかと思ってね。

 例の件を調べた最終報告を今から陛下と話すのだけど、アレンも一緒にどうかと」


「一緒に行きます」


「うん」



 クインとアレンは王の政務室まで連れ立って行くことになった。


 何も話さずしばらく歩いた時、クインから先に口をひらいた。




「アレン、病気は大丈夫か?」


 突然の父からの気遣いに驚く。今日はよく病気のことにふれる日だな…と感じる。


「とくに変わりなくです。悪くはなっていませんが、良くもないです」


「……そうか。…アレン。

 その…エルティーナ様の護衛を続けるのに、宦官になる必要はないのではないか?別に今のままでも……。

 フリゲルン伯爵もエルティーナ様と床を共にすれば彼女が純潔だと分かるだろうし、お前に対しても信用が出来るのではないか?」



「父にも、死んだ母にも悪いとは思います。だがフリゲルン伯爵だけに分かった所で何の意味もない。

 王女であるエルティーナ様に私が護衛に付くのはおかしくはないですが、フリゲルン家に降嫁し、王族でなくなるエルティーナ様に伯爵家よりも位の上の私が付くのはおかしい。何もなくとも周りは噂をし、彼女を貶めていく」



「……そう…だね…」


「そういう噂や中傷から守るのは、私がエルティーナ様の側から離ればいいと、重々承知してます。

 …でもそれだけは出来ない。…何も望まない……ただ側に…居たい」



「お前の病の事は、エルティーナ様もご存知だし…一緒になろうとは思わないのか?

  病の所為で長く一緒にいられなくとも。彼女なら、それまでの時を大切に過ごして頂けると思うよ。

 なんせ吐血しているお前を押し倒していたくらいの方だし……」




 クインの言い方に、軽く吹き出す。それから笑うのを隠すため口を軽く押さえた。




「……父上、そのような言い方は、エルティーナ様が猛獣みたいですよ。

 ……エルティーナ様と一緒になろうとは思いません。

 後、数年程度しか生きれない私と…この先何十年もの時があるエルティーナ様と夫婦にはなれない。

 今の関係だから我慢が出来ます。夫婦になれば今のようには堪えれない。

 どうしても先に進みたくなる。何も残せない私が欲望を満足させる為だけに、彼女のあるべき未来をつぶしたくはありません。

 この頃…我慢しきれなく、抱き上げたりはしますが……」



「分かったよ。もう言わない。お前が王宮に入れば、もしかしたらエルティーナ様以外の女性を好きになるかもと思ったが…やはり無理だったか……エルティーナ様が素晴らし過ぎるからな。

 はぁぁ〜 あそこまで美しく育たなければ…むしろ不美人だったら、行くあてがないから、お前にとでもなったろうに……残念だよ」


「エルティーナ様に恋をしたら、他の女性と恋は出来ない」


「そうだな……」



 それ以降、クインとアレンは何も話さず王の政務室に到着した。





クイン・メルタージュ侯爵。

アレンとキャットの実の父親でボルタージュの宰相。

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