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ある、王国の物語『白銀の騎士と王女 』  作者: うさぎくま
今世の物語
16/71

16、思い出の料理

 

 王宮の中央に位置する『ツヴァイの間』。


 そこは床と壁以外は全てが銀一色。王宮のすべての料理がここで作られる場所である。


 毒物をみつける為、食器や調理器具、そしてテーブルにいたるまで全てが銀で統一されている姿は圧感である。



 ツヴァイの間は、毒物の混入を避けるため…互いが互いを監視する為に端から端まで見渡せる大空間になっており…よく声も通るのだ。


 まだあたりが薄暗い明朝。料理人もざっと数えれるほどしか来ていない早い時間…。

 ツヴァイの間には、不釣り合いな黄色い声が響いていた。



「えー!?」

「うそ!?」

「キャーキャー…」

「いや〜うそみたいよ!?」

「ウワァー!!!」

「キャーキャー…いやぁー!!」

「やめてぇ〜キャー!!」

「わぁーー!!」



「…ブチ。っうるせーぞ!!!!! 黙りやがれ!!!」


 野太い声が、ツヴァイの間に響く。


 大声で怒鳴ったのは、料理長であるグスタス・カスタンその人だった。


 グスタスは、弱冠三十五歳にして王宮料理長を任されており、むさ苦しい見た目とは真逆の美しい感覚の持ち主であった。


 顔の造作は悪くないのだが、熊のような体に、野太い声、口の悪さ、そして邪魔だからという理由で一本の毛もない頭が、世の女性に不人気な理由であった。


 グスタスの声で静かになった、ツヴァイの間。


 しかし、かわりに女性陣の殺気のこもった眼差しがグスタスに刺さる。


 グスタスは「くそっ!!」と舌打ちをした。喚いていた時よりも、さらに苛立ちが募るのだった。

 イライラしていたグスタスに、突如聞いたことのない美声が自分を呼んだ。



「料理長。忙しい時分にすまない。少し食材と場所をかしてもらえないだろうか」



 人間の発する声か?? と疑問に思うくらいの、柔らかく、甘い、腰にくるバリトンボイス…。


 グスタスのしゃがれた野太い声の後だから、余計に良く聞こえるのだ。


 実際まじかで聞いた数名の侍女は、本当に腰が砕けていた……。



「あ、あんた…、あの、白銀の騎士様か。まじか」


 流石のグスタスもアレンの神がかった美しさに見惚れて、だらしなく口が開く。



「これ。グスタス。おもっきり口が開いておるぞ、そのうち顎が外れるわい。

 さて…久方ぶりだの、アレン。元気だったかの?」


「お久ぶりです。イダナ様」


 アレンは、胸に手をあて、腰をおり、美しい所作で挨拶をした。



 そしてまたもや…失神する侍女が増える…。



 元料理長である、イダナ・ルーメルンは室内の状態に呆れかえっていた…。



「…はぁ…お前さんに慣れていない人間にはキツい美しさだわな…。ふむ。しかし、あれだけ側にいて、普通に接している姫さんが異常なんじゃな」


「違います。エルティーナ様自身が天使ですので、人間の私が天使に敵うはずもございません」


「………………………昔から阿保だとは思っていたが、ここまできたら何もゆえんわ」



 イダナは、王宮料理長になる前は、メルタージュ家の料理長だった。


 もちろん、アレンの事情もすべて把握済みである。

 アレンがエルティーナに出会い、騎士として入団する為の身体作りをサポートしたのが、イダナだった。


 そしてあの一年間は、イダナにとっても辛い日々であった。



 小さな身体に鞭を打つ、身体を痛めつける食生活…。何度もやめてくれと懇願したのだ…。でも、アレンは決して止めなかった…。


 病とだけ戦う…穏やかな日常を捨てでも、エルティーナともう一度会う未来を選んだ。



「何を作りたいんじゃ」


「スープを。エルティーナ様は、昨日から丸一日食事をとっていないので。胃に負担がかかる固形物は出せません」


「あい、わかった。ササッと作れよ」


「ではそこにある鳥。これと、これも頂きますね」


「さぁあさ、お前達は外に出な。ほれほれ、座りこんどるやつは、ほら、お前らがおぶって部屋から出せ。ササッと動け」


「「「「はい?????」」」」



 ツヴァイの間にいてた料理人達が、一斉に目を剥く。



「これ以上、再起不能の人間を出したら、仕事が止まるわい。休憩じゃ、休憩してこい。少しくらいじゃ」


 あまりのいいように一同唖然。


 だが元といえども仮にも料理長だったイダナ。


 王にも宰相にも意見できるこの老人に、言い返す事も出来きず、皆がしぶしぶ外にでていくのだった。




 ツヴァイの間に残ったのは、現料理長のグスタス。元料理長のイダナ。料理長補佐メルダーン・オクスの三人だけであった。


 アレンは、イダナに頭を下げ、作業に取り掛かった。グスタスとメルダーンは、アレンに興味津々。


 あの、料理において右に出るものはいない厳しいイダナが、厨房を簡単に貸したのだ。

 どうやっても腕前をみたいと思うのは、料理人としての矜持であった。


 アレンは、おもむろに軍服のボタンを外し始める。


 ぎょっとするグスタスとメルダーンを気にするでもなく、上着を脱いだのだ。もちろん料理を作るのに邪魔だからである。



 この時はじめて、元料理長イダナが皆を部屋から出した意味がわかった…。


 軍服の上着を脱いだアレンは、肌が透けるほど薄い白シャツ一枚になり、シャツの袖を腕の半分までめくり上げ、手際よく料理に取り掛かっている。


 これは、もはや公害レベルだと…。グスタスとメルダーンはほぼ同時に唸った…。



 厚手の軍服の上からでも分かるアレンの絞り込まれた肉体は、薄いシャツ越しで見るにはいささか強烈すぎた。


 腕の太さ、肩の筋肉、胸板、すべてが芸術品。



 これは、皆を出して正確。アレンの肉体美を間近で見て改めて二人は思う…。

 しばらくアレンのお手並みを拝見していたグスタス達だが、アレンの料理手順に思わず口がでる。



「おいっ。せっかくの最高級食材をそんなに細かく切ったら味が落ちるぜ。スープを作るにしても、それはないな」


「かまいません。多少味が落ちるくらい」



 アレンのいいようにグスタスは絶句。


 グスタスの補佐であるメルダーンも同じように思っていたから、思わず眉間に皺がよる。二人からの不穏な空気を感じ、アレンは理由を説明する。



「もちろん、一般的に間違っている事は分かっています。

 ただ、これはエルティーナ様用ですので。エルティーナ様は本当に口が小さいのですよ。

 菓子や、温度がない料理であれば、口についても何ら問題ありませんが、スープ類のような温度が高い料理は、唇について火傷する恐れがあるので、細かくしているのですよ」



 本日二回目の唸り…。


 甘やかせ過ぎだろ…。


 絶世の美男子のアレンが、もの凄く残念な人にみえた二人であった。



 料理は数十分。軽く味見をしスープは出来上がった。これ以上ここにいるのは不要とばかりに、アレンは脱いでいた軍服をさっさと着る。


 アレンが身支度している横で、グスタスは残ったスープを勝手に味見し感嘆している。


 そんな姿もエルティーナの事しか頭にないアレンには、どうでもいいこと。


 軍服を元のようにきっちりと着用し終え、スープを運ぼうとトレイを手にしたアレンに、イダナが鍋に余ったスープを銀スプーンにのせて「ほれ味見」と持ってきた。



「……? さっき味見は致しましたので、大丈夫ですが…?」


「ほれ。ほれ。腕が痛いわ、さっさと味見しろ」



 アレンはよくわからず、言われた通りにスプーンに入っていたスープを飲んだ。とくに味に変わりない。



 イダナはトレイにのっていたスプーンをわざとらしく床に落とし、アレンがたった今 試食したスプーンを秒速で奪い、何事もなかったかのようにエルティーナに出す為のトレイに置いた。



「…えっ…」固まったアレンに。


「ほれ、さっさと、持っていかんかい。行った。行った。…何、これくらいしてもバチは当たらん。スプーンは他にない。わかったなら、早よいけ。スープが冷めるわい」



 イダナはアレンが口に付けたスプーンをそのまま、無理やり持って行かせた。



「…イダナ様。あれは…良いのですか…?」


 思わず、見てしまっていたメルダーンは、イダナに問う。


「…いいんじゃ。本当には…出来ないんじゃから…。

 想像するくらい……させてやらなきゃ…あやつが可哀想すぎるわ…」



 素っ気ない態度を見せているイダナだが、アレンの切ない想いが辛すぎて、気を強く持っていないと、涙を流すという失態を皆に見せてしまいそうだった。




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