第一話 俺が女子高生になったワケ1
R-15の範囲に収まるように修正して再投稿しています。
修正でお待たせことがあると思いますが、気長にお待ちいただけたら幸いです。
あらすじ
美少女『のえる』と俺の心が入れ替わってしまった。美しい彼女の身体で集団痴漢に遭ったり恥ずかしい水着を着せられたり身体検査があったりと不慣れな女子高生活を送っているけど、ある日突然彼女が死んでしまった。俺の身体が彼女の心を繋ぎ止めたまま、俺を恨む奴らに殺されたのだ。
残された彼女の身体で、どんな手段を使っても必ず奴らに復讐してやる。
そして復讐がすべて完了した後、俺は立花のえるの真実を知る……。
心の入れ替わりを体験することになった高校性の物語です。
2013年12月に完結しましたが気に入らなかったラストを書き換えて2話ほど追加します。
ある程度の性的・暴力的なシーンを含んでいますのでご注意ください。
サスペンス 探偵小説 サイコホラー 推理
第一話 俺が女子高生になったワケ
辺りは濃密な湯気で隙間なく満たされている。温かい飛沫がシャワーヘッドの小さな穴から吹き出し、体に当たって弾かれながら緩いカーブを描く胸や腹、太腿に沿って流れ落ち、排水口に右回りの渦を巻いて吸い込まれていく。
狭いバスルームの中でシャワーに身体を打たせたまま、曇った鏡にボンヤリと映る裸体を見つめていた。
これは禊だ。
背中まで垂れた黒髪を手早く洗い、トリートメントを済ませる。身体は柔らかいボディーブラシで慎重に洗い清める。これから会う男のためではない。これは自分のためなのだ。
「のえる。いつまで入ってるの? もう寝るからガス止めておきなさいね」
「わかった。大丈夫だから……」
母親にぞんざいに返事を返す。
足音を殺して階段を上り、自分の部屋に戻るとドライヤーで髪を乾かした。
『髪は濡れたままにしておくと痛むのよ』
以前、彼女が口にした言葉を思い出す。ドライヤーのファンの音に包まれていると、どうしてだかふいに悲しみが込み上げてきて、食いしばった歯の間から勝手に嗚咽が漏れ出てしまう。
涙はとうに枯れてしまったと思っていたのに、あれから一ケ月以上経った今でも、不意討ちのように突然やってくる。感情のコントロールがとても難しい。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
部屋の鏡に全身を映してみる。この身体が高校生女子の平均に比べてどうなのかはよくわからない。雑誌で見かけるセクシーアイドルのグラビアと比べると細くてボリュームに欠けるが、どこまでも白くてキメの細かい肌は繊細な陶器のように美しかった。
この体の持ち主は、立花 のえる。俺……佐々木 雄一の彼女だ。いや、彼女だった。過去形である。どうしてかと言えば、のえるはもうこの世にはいないからだ。
俺は、ベッドの上に出してあったグレイストライプの下着を履く。鏡の中でのえるも同じ柄の下着を履いた。
俺は仁王立ちになって、今はもう自分のものとなって久しい細っそりとしたのえるの裸体を再び眺める。
すべてはあの夜の事件が引き金だったのだ。
その瞬間、なんだかとてもとても強い衝撃を受けて自分が自分ではなくなってしまうような、そんな不思議な体験をした。きっと立花 のえるもそうだったのだろう。
どういう理屈だかまるでわからないが、俺たちの身体から意識だけが、まるでメモリーカードに入ったデータのように入れ替わってしまったのだ。その過程を認識することはなかったから、おそらくは一瞬で入れ替わったのだろう。
その時のことを正確に思い出すことはできない。気がつくと、俺は緑が丘公園のベンチに腰掛けていた。辺りは暗くなっていて、街灯がベンチの周囲を浮かび上がらせている。公園の反対側、五十メートルほど離れた向かい側のベンチにも学生服姿の男が座っていて、そいつは俺に気づくと急に立ち上がってこっちに向かって走ってきた。
そして俺は信じられないものを見る。驚くことに駆け寄ってきた奴は俺にそっくりだったんだ。顔だけじゃない、髪型も制服も靴も。そしてそいつは俺の目の前に立ち、奇妙に歪めた顔で俺を見下ろした。
ドッペルゲンガー?
気味が悪くなった俺は、そいつから一秒でも早く離れたくて慌ててベンチをまたごうとした。そこで俺の目は再びおかしなものを見る。白い脚が視界に入る。小さな革靴と白のソックスを履いた剥き出しの脚だ。
そして俺の視線は太腿を辿って根元に移る。まるで女の子のように細くて白い脚は、ひだの付いた紺色のスカートから伸びていて、それを履いているのは間違いなく俺自身だった。
思考が停止する。
人間は同時に二つのトラブルに対処できないものらしい。緊急停止している俺の目の前で、通常運転らしい俺がゆっくりと口を開いた。
「大丈夫? 佐々木君」
「俺……」 言いかけてあわてて口をつぐむ。
俺の声が、喉から出た瞬間に耳慣れない高い声音に変化する。
「なんだこれ? どうなってるんだ!」
パニックに陥って叫んだものの、その声もやっぱり俺の声ではない。まるで自分の耳がおかしくなってしまったようだ。
「佐々木君、あたしは立花 のえるって言います。いい? 落ち着いてよく聞いて! あたしの体と佐々木君の体が入れ替わっちゃったの」
俺にそっくりの顔で、俺の声で、そしてびっくりするくらい自然なオネエ言葉でそいつは言った。
こいつ、どこかおかしいんじゃないのか? そう思ったら、目の前の俺が不気味に見えてきた。自分の分身……ドッペルゲンガーを見て死を予感し、本当に死んでしまった作家がいたはずだ。
「信じられないかもしれないけど、実際にこうして入れ替わってるんだよ。佐々木君の心は今、あたしの体に入ってるの」
目の前の俺はそう言うと、俺のすぐ近くに置かれていた紺色の学生バッグを開けて、取り出した二つ折りの手鏡を開いて俺に見せた。
鏡の中に聖華女子高等学校の制服を着た少女がいた。彼女は驚いた顔でこちらを覗き込んでいる。
俺は手鏡をひったくると手品のタネを暴こうとするように何度も裏返してみる。
「それが今のあなたの姿なの」
目の前の俺が言う。
「一体どうして……」 こんなことになったんだ?
自分の喉から発せられる高い声の違和感に言葉が続かない。
俺の体に入ったと言う立花 のえるは、首を横に振る。コイツにもわからないということか。
それにしても……。再び手鏡で自分の顔を見る。本当に女の子だ。急に肌寒さを感じて両腕で身体を抱き締める。それはとても柔らかで儚い感触だった。
俺はしばらくの間、ベンチに中途半端な姿勢のまま座っていた。まだ頭は回転を始めていない。
それでも気力を振り絞って顔を上げた。そして男の顔を……俺の顔を見た。彼は……のえるは黙って俺の顔を……のえるの顔を見つめていた。
端からは見つめ合う高校生のカップルに見えたかもしれない。でも俺たちの中身は入れ替わっているのだ。理由もわからず、どうすればいいのかもわからない。
しばらくすると、のえるが口を開いた。
「佐々木君。大丈夫?」
心配そうな目で俺の顔を覗き込む。
「こんなことになって驚いたでしょう。でも、安心して。元に戻る方法はすぐに見つかるから」
のえるの言葉に俺が初めて反応する。
「もどれる……のか?」
「当たり前よ。入れ替わったんだから、元に戻れるに決まってるでしょ」
俺の顔をしたのえるが、何でもないような表情で言い切った。
「それでね、元に戻れる方法が見つかるまで、しばらくあたしの代わりをしていて欲しいの」
立花 のえるが言う。
ちょっと待て。それは変だろう。コイツはこんな状況にまったく動揺していないのか。こんな時はまずアレだろう? ええと……医者とか何かの研究機関とかに相談すべきなんじゃないか? 何もなかったフリをして家に帰るだなんておかしいだろう? それともこの状況って、家族にも隠さなければならない事なのだろうか。
「こんなこと、親にも友達にも話せないわ。信じてくれるわけがないでしょ? 頭がおかしくなったと思われて余計に面倒なことになるわよ」
う~ん。そう言われると確かにそんな気もしてきた。でも、俺が彼女の家に帰って、親の前で娘のフリをするなんて無謀なことに思える。
「学校はどうするんだ?」
俺は問いかける。
「大丈夫。お嬢様学校だけどレベルは低いから。適当にしてればへーきだよぉ」
その理屈は俺にはまるでわかんないから。
しかし、のえるは自信たっぷりに微笑む。俺の顔で……。