第九話 「でも、いずれは結婚しないとダメでしょ」
この日の夕飯時の家族の話題といえば無論、俺の転校初日の学校生活だ。
「で、告白とかされた?」
興味津々に母が訊いてくる。うんにゃちっとも。
「どうして?こんな可愛いのに?」
さあね。まあ美人すぎて声がかけにくいんじゃないの?高嶺の花って奴だろ。その方が俺としてもありがたい。
「そうだな。パパもまだお前にはまだ男は早すぎると思うぞ」
…親父頼むからパパとか言うのやめてくれ。似合わないんだよ。
「そうか、パパになりきれってことだな」
はっ?
「わかった。お前がそう言うだろうと思ってな。買ってきた」
親父が紙袋からごそごそと取り出したのは鉢巻と腹巻だった。
「これでいいのだ」
待て、何が良いんだ?
「もう、パパったら違うでしょ」
そうだ母さん、もっと注意してやってくれ。ん、母さんいままで親父をパパとは呼ばなかったな。
「パパといったらこれでしょ」
母親がテーブルに出したのはシルクハットとパイプタバコだった。あの、二人とも俺の言いたいこと理解できてないようだけど、俺は絶対に親父をパパとは呼ばないからな。
「じゃ、あなたもお父さんって呼びなさい」
親父ってのは女の子らしくないからか。お父さんならいいか。わかったよ、お父さん。これでいいか?母さん。
「じゃ、俺もお兄ちゃんって呼んでくれ」
黙れクソ兄貴。
「こら、女の子がクソなんて言ったらダメじゃない」
だってクソ野郎はクソ野郎だろ。
「もう、この娘ったら」
呆れ気味の母だが、俺なんか呆れ返ってるよ、あんたら家族に。
「見た目は綺麗なのにこれじゃあ嫁の貰い手が無いわね」
ちょっ、もうそんな先の話?まだ女になったことに戸惑っているのに?
「でも、いずれは結婚しないとダメでしょ」
うむむっ、それって男に裸にされてあんな事やこんな事されるって事だろ。できればごめんこうむりたい。ん?なんだ、兄貴、難しそうな顔をして。
「いや、なんでもない」
なんだ?ちょっと不機嫌みたいだ。クソ兄貴って言われたのがイラッとしたのかな。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの?」
「ああ、ちょっと部屋に行ってるから」
やっぱりちょっと怒ってるみたい。言い過ぎたかもしれないな。でも謝罪はしない。だってクソッタレなのは本当だし。俺はそれ以上は気にしない事にした。夕飯を終えテレビを見て風呂に入る事にした。
湯船に浸かりながら俺は今後の事を考えた。このまま女として生きていくとしたら当然結婚も考えないといけない。その前に男と付き合うことも覚悟しなければならない。でも、そんなのは嫌だ。男とデート?男とキス?男とチョメチョメ?ふっ冗談はよせ。じゃ、女とだったら?でも、女の子を抱いて快感を得られるのはもう期待できない。もうそのための棒が無いんだから。それに女と付き合うってのもなあ。こっちも女だし。ならやっぱし男と付き合う覚悟もしないといけないか……。いままで男と付き合うなんて考えもしなかったからなあ。どうしてもその気にはなれない。困ったものだ。
「そんなに深く考える事はないと思うぞ。お前の思うどおりにすればいい」
そうだな。今からこんな事考えても……って、なんで兄貴がここにいるんだよ?裸だし体洗ってるし。いつの間に入った!
「さっきだ。風呂を覗こうとしたらお前の独り言が聞こえてな。何かアドバイスできたらって」
全く気付かなかった。
「それだけ真剣に考えてたって事だ。でも、一人で抱え込むことなんて無いぞ。お兄ちゃんがいつでも力になってやる」
ありがとよ兄貴。でも、その前に……。ここから出てけぇー!!俺はドアを開けて兄貴を脱衣所まで蹴飛ばした。