第八話 「お前はまだ自分の可愛らしさを自覚していない」
元凶つまりクソ兄貴は自分の教室にいた。俺は教室に入るや奴の胸ぐらをつかんで窓際に追いつめた。
「ちょっ…どうしたんだよ?」
うるさい、何も言わずにここから落ちろ。
「落ち着けって、本当に落ちる」
落ちろ、てめえなんか地獄に堕ちろ。てめえのせいでな俺の人生は滅茶苦茶だ。女として生きていくのはしょうがないにしてもお前だけは許さん!
「待て、話せばわかる。とにかく離れろ。さっきから柔らかい感触が……」
はっ?柔らかい?俺は下に目を落とした。俺の豊満な胸が兄貴に押し付けられていた。俺はさらに激昂した。このどスケベ!
「ちょっと待て、おちつけ!」
俺が本気で兄貴を突き落としかねないと見た周りの連中が制止に入った。ちっ命拾いしやがって。
「誰だよ?この娘」
「さっき言ってただろ。俺の妹だ。ほれ挨拶」
兄貴に促されて俺は、兄がいつもお世話になっていますとお辞儀した。
「この娘が?めっちゃ可愛いじゃん」
「こんな可愛い娘と一つ屋根の下に?畜生、羨ましいじゃねえか」
「俺と付き合ってください!」
自分の事だからあまり意識しなかったがいきなり告白されるぐらいの美少女らしい。つい一昨日まで男だったって知ったらどんな顔するかな?もう気分が萎えた俺は自分の教室にもどった。
放課後、委員長が声をかけてきた。
「一緒に帰らない?」
俺は返事に窮した。実は母親から一人だと襲われるかもしれないから兄貴と一緒に帰るように言われているのだ。あの兄貴が一番危険だと思うが。あんましクラスメートに兄貴を見せたくは無いな。でも、せっかく誘ってくれたんだし、俺はいいよと答えた。待ち合わせの下駄箱に行くと兄貴の姿はまだ無かった。チャンスだ。この隙に帰ってしまおう。
「……ねえ、ちょっと聞いていい?」
並んで一緒に帰る途中で委員長がそう切り出した。なに?
「ううん何でもない」
?どしたんだろ。彼女にしては珍しい。いつも自分の意見とかははっきりと言うのに。そんな彼女が言いにくい事ってなんだろ。どうした…の?私でよかったら相談にのるけど?
「あのね、家出した彼なんだけどいつ帰ってくるか本当にわからない?」
まあ永久に帰ってこないだろうねとは言えない雰囲気。なんでそんなこと訊くの?
「ちょっと気になっただけ」
気になる?さすが委員長、クラスメートのことをちゃんと気にかけている。あんただけだよ。俺の事を気にかけてくれてるのは。
「私の家あっちだからここでお別れだね。じゃまた明日学校でね。さようなら」
はい、さようなら。俺たちは手を振って別れた。と、そこへ兄貴がものすごい勢いで走ってきた。
「お前、なんで先に帰るんだよ。母さんに一緒に帰るように言われてるだろ」
友達と帰ってたんだよ。
「友達?まさか男じゃないだろうな」
女の子だよ。うちのクラスの級長だ。
「そうか、でも途中で一人になるんだからお兄ちゃんと一緒に帰らないと危ないだろ。いつ襲われるか」
そんな大層に。
「うんにゃ、お前はまだ自分の可愛らしさを自覚していない。現に俺はお前を襲いたい衝動を抑えるのに必死だ」
バカ野郎。だったらてめえと一緒に帰る方が一番危険じゃないか。
「それはそうだな。でも、毎日一緒に風呂に入ってくれたらガス抜きに……」
俺は奴の顔面にパンチをお見舞いした。