第五話 「今日は転校生を紹介する」
ちょっと横になる程度のつもりが本当に寝てしまっていた。目が覚めると目の前に兄貴の顔が。俺はガバッと起きた。いっぺんに目が覚めた。なにやってんだよ兄貴。
「いや、可愛い妹の寝顔を観察しようかなって」
やかましい。で、何の用だ。
「もう夕飯できてっぞ」
そうか。俺はベッドから起き上がって食堂に行った。今日のメニューは普段と変わらない実に庶民的な献立だった。昨日がすごかっただけに余計に侘しく見える。
「どうだ?女になった実感が湧いてきたか?」
父が尋ねる。うんにゃ特には。変えられたのは体つきだけで思考は何ら変化を強制されていない。俺は男としての矜持を未だ失ってはいない。
「そう言う割には可愛らしいパンツを穿いてるじゃないか」
み、見たのか?
「ああ、お前が寝ている時に」
こんの変態兄貴が!
「兄として妹がどんなパンツ穿いてるかチェックしとかないとな」
言っておくが、どんなに真面目な顔で正論ぶっているように見せかけてもお前が変態であることには何ら疑う余地はないぞ。
「なんか朝から機嫌が悪いな。かわいくしてもらえたんだからもっと素直になれよ」
素直に怒ってるよ。
「どうしてさ?」
この美少女が俺自身じゃなくて別の人間だったら俺も喜ぶよ。でも、自分自身になってしまってるんだよ。こんなことして何になるんだ?
「俺に妹ができた。母さんと親父に娘ができた」
で、俺には?
「女の子になることができた」
いつよ?いつ俺が女の子になりたいと言った?
「あんな冴えない男のままでいるよりかはマシだろ?」
お前に言われたかねぇ!今年のバレンタインだって俺は義理チョコでも何個かもらえたのに、てめぇは義理すらもらえなかったじゃねーか。
「大丈夫、来年はかわいい妹がくれるから」
誰がやるか!
「じゃパパにくれるのかな?」
やらねーよ!それから何自分の事パパって言ってんだ?似合わないんだよ気持ち悪い。
「だったら誰にやるんだ? まさかクラスの奴にやるんじゃねーだろうな?」
「なんだって?相手は誰なんだ?パパは許さないぞ」
誰にもやらねーよ。
「でも、わからないわよ。あなただって年ごろなんだから。好きな男の子ぐらいできるわよ」
できると本気で思っているのか?まだ先の話だがそんなことには断じてならないと自分を信じたい。夕飯が終わって風呂に入ろうと脱衣所で服を脱ぐと俺は大変なことに気付いた。
「母さん、俺、パンツとブラ1個ずつしか買ってないよ!」
えらいこっちゃ。俺は風呂上りには絶対に下着を替える主義だ。たとえさっき穿いたばっかといえども例外は認められない。
「安心しろ。こんなこともあろうかと兄ちゃんが買ってきてやったぞ」
おおサンキュ。気が利くじゃねーか。割と普通なのを選んでいるようだし。って、兄貴が買ってきたのか?
「ああ、なぜかヒソヒソ話とか聞こえてたけどな」
多分、変態扱いされてるんだと思う。後ろ指もさされていたと思う。まあおかげで助かった。あんがと。
「いやいいんだ。その代わりお前のいま穿いてるパンツ俺にくれ」
俺は奴の顔面めがけて飛び蹴りを放った。こんの変態兄貴が。よくもまあ昨日まで弟だった奴のパンツをくれと言えたもんだ。恥も外聞も無いとはこの事だろう。何が兄貴をあそこまで変えたのか。俺は風呂に入ってる間考えた。そもそもの起点は兄貴が妹萌えになったことだろう。俺の記憶する限り兄貴が異性にモテた事実は存在しない。俺も他人の事は言えないがそないに深刻には考えていなかった。多分、兄貴は好きな女子に告白してこっぴどくフラれたのだろう。心に傷を負った兄貴は身内に癒しを求めた。そこにたまたま偶然兄妹がテーマのアニメが放映されていた。かわいい妹に慰められる兄。その兄に自分を重ね合せたかったのかもしれない。しかし、現実には自分には弟しかいない。幸いなことにそっち系の趣味がない兄貴は弟にその役を求めようとしなかった。代わりに何らかの形で知ったTS薬なる物を使って弟を妹にしてしまった。俺は湯船に浸かりながら最悪のケースを頭に浮かべた。いまはまだ理性が働いているが、もし兄貴が妹への欲望を爆発させたら。いやいやそんなことは考えたくもない。そんなことよりも明日の学校だ。うまく皆に俺であることを隠し通すことができるだろうか。
翌朝、俺は自分のクラスの教室の前にいた。驚いたことに同じクラスに転校したのだ。
「今日は転校生を紹介する」
教室から先生の声が聞こえる。俺は意を決して教室へと足を踏み入れる。ざわついていた教室が一瞬にして静寂をとりもどす。俺はチョークを手に取り黒板に自分の名前を書いた。そして、後ろをふりかえりクラスメートに自分の名前を告げた。
"霧生アズサです。よろしく!"