第二十五話 「民法第734条第1項」
それは妹萌えの領域を超越したシスコンの域に達していた。何の冗談かと思ったが、奴の目は真剣だった。さすがに母親も唖然としていた。私も同様で口をぽかんと開いたままお兄ちゃんを見上げていた。だから、両肩を掴まれた時とっさに対処できなかった。えっ?と思った時には私の口はお兄ちゃんの口にふさがれた。そんなに深いものではなかった。チュッて感じの軽いものだった。な、ななななななな、私は自分が頭の上でやかんを沸かせるぐらい顔面が真っ赤になっているのを自覚した。
「これが俺が本気だって証拠だ」
なにを言うか、この変態が。母さんも何か言ってやれよ。
「どうやら本気のようね。わかったわ。あなたたちの気の済むようにしなさい」
はひっ!?何言ってんの?親だったら窘めるところだよ?いいの?私の気の済むようにして。殺しちゃうよ、この変態を。それに、私たちは義理の兄妹ということになっている。結婚は無理だ。
「大丈夫よ」
何が大丈夫なんだ。
「民法第734条第1項"直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない"」
ほら見ろ。
「"ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない"良かったわね。あなたたちの結婚は法律的にも認められるわよ」
待って、大事な事忘れてない? 私たちいまでこそ義兄妹だけど、元をたどれば血を分けた実の兄弟なんだよ?
「そうか、お前にはまだ言ってなかったな。あの薬で性転換した奴は血液型とかDNAとかも全面的に改変されるんだ。つまり、いまのお前と俺たちの間には何の血のつながりはない」
そ、そうだったのか。どうりで私だけ常識人なわけだ。でもさ、いくら法律的・道理的に問題無いとしても、こういうのって双方の同意が必要じゃない?
「あら、母さんとお兄ちゃんの双方は同意できてるわよ?」
その双方で同意してもしょうがないだろ!ダメだ、このままでは二人に押し切られてしまう。そうだ、私には彼氏がいたんだ。
「あいつか……」
憎々しげに呟くお兄ちゃんに私は変なスイッチを押してしまったかと心配になった。でも、ここは彼氏の存在を全面的にアピールしないと。そうすれば少なくとも母さんは脱落させることができる。
「わかった。この話はここまでにしておこう」
やけにあっさり引き下がったな。お兄ちゃんは晩飯は部屋で食べると言ってご飯を持って庭に出て梯子で2階の自分の部屋に上がった。……どうにかして窓も封鎖できないものか。ちょっと気になる。私は階段で2階に上がってドア越しにお兄ちゃんの部屋を探ることにした。お兄ちゃんはどこかに電話してるようだ。
「…ああ頼む、金はいくらでも払う。ああ、わかってる。じゃ、頼んだぞ」
どこと話してるんだろ。もうちょっと聞きたかったけど、パパが帰ってきた。パパ、おかえりなさーい。ちょっ!?おろしてよ。高校生を高い高いしないでよ。お仕事お疲れ様。鞄と背広頂戴。いいから♪
遠慮しないで♪いいから貸せつってんだろ!鞄と背広を広げたら私のパンツが出てきた。これなに?えっお守り?定期入れとかに家族の写真を入れてるのと一緒?パパ♪死・ん・で♪
次の日、やはりというか校内で一番の話題は私たちの事だった。ホビットくんもいまや時の人。以前は目立たぬ存在で卒業後の同窓会とかで「あれ?あんな奴いたっけ?」と言われそうな程度の存在感だったのが、いまでは学年はおろか校内に知らぬ者はいない有名人になった。まあ、グランドで十字架に磔にされた挙句に火あぶりにされそうになったんだから。有名になるのも当然だ。でも、なんで皆そんなに話題にするんだ?高校生カップルの誕生ぐらい珍しくもなかろうに。と言ったら茶髪に怒られた。
「あんたねぇ、いい加減自分がどんだけ男の心を捉えて離さないか自覚しなよ?でないと嫌味になっちゃうよ」
嫌味も何も、私は見た目下手すれば小学生だ。背は小さい、童顔、貧乳…どこをどう見ても魅力的じゃない。
「はぁっ、本当にわかってないね」
なんで、そんなにため息を吐くのかわからない。放課後になって、茶髪たちが一緒に帰ろと誘ってくれたが、私は先に帰ってと断った。すると、3人とも「はっはーん」みたいなわかってますよみたいな顔して帰って行った。私はホビットの教室に行って彼がいるのを確認すると、しばらく一緒に帰ることを伝えた。
「うん、わかった」
少し、驚いた顔をしていたが、カップルが一緒に帰るのは当然だ。しかし、彼と一緒に帰るのには理由があった。いつ、お兄ちゃんがホビットくんに危害を加えないか心配だからだ。私が傍にいればお兄ちゃんも手出しできないはず。身内に危険人物がいるなんて思われたくないから彼には言わない。しかし、我が兄ほどではないにしても危ない人はそれなりにいるようで、私たちは見るからに悪そうな3人組に絡まれた。
「ようよう見せつけてくれるじゃねーか」
「な、なんなんですか?」
ホビットくんが私をかばうように前に出た。頼もしくもあるけど、彼の体格では一人を相手にするのも無理だろう。前の私だったら、こんな奴ら経絡秘孔を突いて破裂させてやるのに。それにしてもこいつら妙だな。偶然遭遇したというよりも待ち伏せされていたような。
「へっ、てめえには用はねえんだ。ひっこんでな」
「彼女に手を出してみろ。僕が許さないぞ」
「おい、聞いたか?許さないだってよ。笑わしてくれるぜ」
「どう許さないかやってみせてもらおうじゃねえか」
案の定、ホビットくんは何の役にも立たなかった。私たちはなす術なく人気の無いところに連れていかれちった。
「おい、お前ら二人でこのガキを可愛がってやれ」
「おう、ちょっと来いや」
二人の男はホビットくんを連れて行くとドラム缶の中に逆さまに放りこんだ。ドラム缶から彼の足だけが見える。次に男の一人がユニックを運転してきて、車載クレーンでもう一人の男を吊り上げた。吊り上げられた男はドラム缶の上まで持っていかれて、逆さまにされているホビットくんの両足を自分の両足に絡めて二人一緒にドラム缶の上まで上げられた。すると、車を運転していた男がどっかからホースを持ってきてドラム缶に水を流し込んだ。ドラム缶が満杯になると男は車に戻ってクレーンを操作して二人を下げた。ホビットくんの体が水に沈む。
「忍法、人間浮き袋!」
クレーンが無かったら男がホビットくんを浮き袋にしているように見える。てか、ずいぶんと手の込んだことをしているな。呆れてる場合じゃない。助けないと。でも、男に拘束されて動けない。ホビットくんはジタバタ暴れていたが、やがて動かなくなった。するとクレーンが二人をドラム缶から出して地面に下した。
「こんなので死なれたらつまらんからな。お前を葬るとっておきの技を用意してきたんだ」
二人の男はグロッキーのホビットくんを俯せにして、一人が彼の右腕と右足をもう一人が左腕と左足を捉えて、背を地面につける形で寝転んでホビットくんをブリッジの状態にして持ち上げた。二人ロメロ・スペシャルだ。ホビットくんは必死に腕を抜こうとしているが、左右の腕をそれぞれ自分よりも体格が大きい相手に両腕で掴まれてるから無理だ。
「……これが日本男児の死にざまだ」
ついにホビットくんは覚悟を決めたようだ。彼の胸が裂け血が噴き出る。このままでは死んでしまう。そうはさせるか!なんか、力がみなぎってくる。
「な、なんだ?お前」
私の顔を見て男が驚いて手を離した。すかさず男から逃れる。私と対峙した男はありえない物を見たような目をしている。
「こ、この女、目が黄色く光ってるぞ!」




