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兄が妹萌えになりまして。  作者: 池田中務少輔輝里
最終章 兄妹→恋人
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第二十四話 「結婚してくれ」

 マグニチュード8の衝撃がグラウンドを襲った。どよどよざわざわ。言っちゃった。言っちゃった後でものすごい後悔の念が私を襲った。他に何か言い様が無かったのか。自分から交際を宣言するなんて。でも、言っちゃった以上それを貫くしかない。私は白装束に怒鳴った。早く彼を下ろせ!呆然としていた白装束は私の怒鳴り声にビクッとなって大慌てで彼を解放した。


「あ、ありがとう……」

 ホビットくんも事態の急変に頭が混乱しているようだった。それは周りにいる誰もが同じだろう。とりわけあの男には一番ショックが大きいようだ。


「お、おい、嘘だろ…お前がそんな奴と……」

 お兄ちゃんだ。ありえないぐらい動揺してしまっている。よほどショックが大きかったのだろう。ここで息の根を止めてやる。私はホビットくんの顔にそっと手をあてた。私たちが付き合ってる証拠を見せてやる!私はあろうことか公衆の面前でホビットくんにキスをしたのだ。どうやら一番冷静さを失っていたのは私だったようだ。口を離すとホビットくんが顔面真っ赤になっていた。もう、後には引けない。しかし、心配なのはお兄ちゃんだ。このままショック死してくれたら一番なんだけど。


「お、おおおおおのれぇい!」

 怒りで我を忘れた様子のお兄ちゃんはポケットから何かを取り出した。私のパンツだ。まだ持ってたのか。ってか、どんだけ持ってるんだ。後で警察に告発するか検討しよう。それよりいまヘンタイマンになられるのはまずい。けど、この距離じゃ間に合わない。私は制服の内ポケットから閃光手榴弾を取り出すとそれをお兄ちゃんに投げつけた。眩い光で周囲の人間の目を封じる。その隙にお兄ちゃんのところへ走って行って顎めがけて回し蹴りを放った。


「ぐはっ」

 倒れたお兄ちゃんの手からパンツを取り出して私はまだ皆の目が眩んでいる隙にホビットくんの手を引っ張ってその場から逃げた。授業が始まるまでどこかに隠れないと。あそこがいい。体育倉庫だ。ふうっこれで一安心だ。


「ありがとう。僕を助けるためにあんな演技を…」

 彼は知っている。あれが演技だということを。前日に私から直接付き合うつもりはないと言われたからだ。でも、演技であそこまでするだろうか。私は自分に問いかける。彼を助けたいと思った。私のせいで丸焼けになるところだったから。好きとか愛してるとかの感情は無い、はずだった。もし、体育館裏で待っていたのが他の男だったら一緒に帰ろうと誘っただろうか。自分から手を握っただろうか。体を張って火あぶりの刑から助けただろうか。答えはノーだ。彼だから、彼だったからだ。私は彼に尋ねた。どうして私を好きになったのかと。私と背丈がそう変わらないホビットくんが私に対してロリコン的な劣情を抱くとは思えない。


「ええと、そ、それはあまりにも可愛かった…から」

 それだけ?面と向かって可愛いと言われると照れるではないか。


「ううん、一番の理由は僕よりも背が小さかったから。君が転校するまでこの学校で一番背が小さかったのは僕なんだ」

 確かに彼より小さい人間は私以外いないだろう。


「僕は女の子と仲良くなりたかったし、女の子を守れる男になりたいとも思った。でも、自分よりも背が高い娘を守るなんて烏滸がましいし、気後れもしてしまう。でも、君になら積極的になれると思った。守ってあげられると思った。だから、勇気を振り絞って…。あの時、ずっと待っていたけど、来てくれるとは正直思わなかった。来てくれた時は本当にうれしかった。君は僕と付き合うつもりは無いと言ったけど、それでも僕は君が好きだ。だから、ここではっきり言ってくれ。君の気持ちを。どんなことでも僕は受け止める」

 その真摯な眼差しに胸がキュンとなる。そして、やっとわかった。どうして、彼に対してだけ特別な感情が生じたのか。それは彼と私の目線がほぼ等しいからだ。この体になってから誰もが私にとって見上げる対象となった。正直、怖かったのだ。でも、彼なら安心できる。昨日、委員長が言った。いい加減に女の子としての自覚を持て、と。彼は自分の気持ちを正直に打ち明けた。ならば、私も胸の内を開陳するのが礼儀だろう。胸がドキドキ高鳴るのがわかる。まだ残っている男としての抵抗感が邪魔しているのか、それとも単なる照れか。なかなか口が開かない。そうこうしているうちにチャイムが鳴った。やった、タイムオーバーだ。助かった…違う!ここで想いを伝えなければもう彼とはこれっきりだ。私は最高の勇気を発揮した。好き、大好き!


「えっ?」

 ホビットくんが驚いた顔になっている。こうなったら行けるところまで行こう。君、いやあなたのことが好き!だから、私と付き合って!


「本当に僕でいいの?」

 あなたでないとダメなんだ。私はあなたが思っているような女じゃないけど、もしからしたら幻滅させてしまうかもしれない。


「完全な人間なんていないよ。だから皆で助け合い支えあっていくんだ。お互いの欠点はお互いが補っていけばいいじゃないか」

 そうだね。私は女になって初めて満面の笑みを浮かべた。


 その夜、ホビットくんと買い物して少し帰りが遅くなった私は母親に叱られた。夏場のこの時期でももう暗くなっていた。


「親に心配させるようなことだけはしないで」

 ごめん。ちょっと調子乗ってしまって。


「聞いたわよ。彼氏ができたんですって?」

 えっなんで知ってんの?


「ほほほっ母さんを甘くみるんじゃありません。あんたの学校内での事はリアルタイムでわかるようになってんだから。だから今晩は赤飯よ」

 恐るべし母!って、あれなんだ?あそこにかけられてる写真。朝には無かった。近くに言って見てみるとそれはグラウンドで私がホビットくんにキスしている写真だった。いつの間に誰がこんなの撮ったんだ?どうやって母さんはこれを入手したんだ。


「ああ、それ?手に入るの大変だったのよ。1万円も出しちゃった。来月のお父さんのお小遣い減らさなくちゃね」

 父、気の毒に。


「あら、その写真を見せたら喜んで減額に応じるわよ」

 そうかな。ショックを受けると思うが。お兄ちゃんの反応を見るにパパも似たようなリアクションをすると思う。……。まさかと思うが念のため訊いてみる。ねえ母さん、変な訊くけどさ。


「なあに?」

 パパが私の下着を隠し持ってるってことない?ううん、なんでもない。ごめん変な事言い出して。


「なんで知ってるの?」

 えっ?マジで?パパなのに?


「それだけ娘の事が大好きなのよ」

 ……やはり親子か。もっと違う健全な愛情表現があるだろ。


「うちではそれが健全なのよ」

 もういい。これ以上聞きたくない。とにかくこの写真は没収するから。


「えーっ!?」

 それよりお兄ちゃんは?


「それがね、帰ってくるなり自分の部屋に閉じこもったきりなのよ。様子を見に行ったら泣いてるようだったわ。しばらく様子を窺ってたら変な笑い声がしたわね。怖くて中は見なかったけど」

 相当、やばいな。かなり精神に異常を来してる。よし、私は倉庫から板と釘と金槌を持ち出して、おにいちゃんの部屋のドアを封鎖した。最後に魔よけの札を貼ってこれで大丈夫。学校には引きこもりと言っておこう。下に降りると晩御飯ができていた。今晩もパパは遅いので先に食べる。お兄ちゃんは封印した。あとはパパに制裁を加えるだけだ。と、思ったらお兄ちゃんが来た。えっ?どうやって部屋を出たの?


「窓から脱出した」

 南無三!耳に経文を書き忘れたのと同じくらいの痛恨のミスだ。


「あれから考えた。俺がしっかりしてなかったから、お前はあんな奴と……」

 何言ってんの?


「すまなかった。俺はいままで自分の気持ちを押し隠していた」

 隠していた?あれで?欲望丸出しだったじゃないか。


「俺は、俺はお前に言いたいことがある」

 なんだ?ホビットくんと別れろとでも言うつもりだろうか。


「俺と結婚してくれ」

 ケッコン?ああ血痕か。血痕してくれってどういう意味だ?やはり精神に異常を来してるようだ。うん、きっとそうだ。

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