第二十三話 「田舎のお袋さんも泣いているぞ?」
翌朝、お兄ちゃんと一緒に家を出る。昨日の事でお兄ちゃんが、
「フラれたことを逆恨みする奴がいるかもしれないからな、しばらくはお兄ちゃんと登下校しよう」
と言ったのでそうすることにしたのだ。ただでさえロリコンという尋常ならざる性癖を持った連中だ。頭のネジが二、三本緩んでいてもおかしくない。さすがに登校中を襲撃されることはなかったが、校門付近で新聞部の連中が号外をばらまいていた。
「号外、号外だよ」
それを見た生徒たちからは、
「えーっうそーっ!?」
「マジかよっ!?」
といった声が聞こえてくることから衝撃的な事件でも起きたのだろう。でなければ号外とはならない。で、どんなことが書かれているのか。風で飛ばされた号外が顔に張り付いたのでそれを手に取って読んでみた。そして、目を疑った。誌面には大きく私とホビットくんが手をつないで歩いている画像が掲載されていた。見出しには『……が帰宅デート!?』とある。いつの間にこんな。ハッとなり、お兄ちゃんの方を見上げたら衝撃で震えていた。
「よ、よよよよよよよよくも、可愛い妹を誑かしてくれたな」
号外を破り捨てると、鞄の中をゴソゴソしだした。何かを出そうとしているのか?お兄ちゃんの手にある物、それは女物のパンツだった。ってか、それ私のだ。ヘンタイマンになるつもりだ。自分のパンツを自分の兄が顔に被って衆目にさらされるなんて有りえない。私は咄嗟にガシッとお兄ちゃんを気絶させて樹蔭に隠した。無論、パンツは没収した。そして、何食わぬ顔で玄関に。とは行かない。困っていたらホビットくんが登校してきた。彼も号外を拾って驚いていた。さらに悪いことに新聞部に見つかってインタビュー攻撃を受けていた。チャンスだ。この隙に私は校内に入った。スクープの衝撃は全校規模で男だけでなく女子からも問い合わせが相次いだ。その度に付き合ってはいないと弁明を繰り返した。
「すっごいことになってるね」
号外を持って茶髪が来た。
「昨日、私らと一緒に帰らなかったのは彼と待ち合わせをしていたからだったんだ。もう私らにまで隠すこと中目黒」
否、断じて否!天地神明に誓って付き合っていない。
「でも、手をつないでいるじゃない。ほら」
証拠写真を見せられては否定のしようがない。でも、違うんだ。僕は無実だ。
「いいかげん吐いちまったらどうなんだ?証拠もあがってんだしよ。いいかげん認めて楽になれよ?」
いつの間にか取調室になっていた。
「田舎のお袋さんも泣いているぞ?」
八重歯も悪乗りして私を尋問し始めた。決定的な物証を見せられては否定のしようがない。だが、それでも僕はやっていない。チャイムが鳴って先生が来たので尋問は終わった。
昼休み、二人の取調官から逃げ回っていた私は男子更衣室に隠れていた。まさか、ここに隠れているとは思うまい。元・男の私だからできる芸当だ。これで昼休みが終わるまで時間を潰せる。と、思ったら委員長がドアを開けて入ってきた。
「大変よ、すぐにグラウンドに来て!」
えっ?なんでここがわかった?ってか、よく男子更衣室にノックもせずバンっとドアを開けることができたな。そうか、委員長も元は男だったんだ。それより、大変な事ってなんだろう。グラウンドに行ってみると、ホビットくんが十字架に磔にされていてその下に薪が積まれていた。その周囲には松明を片手に白装束の集団が。
「これより我が校の女神を籠絡せしめんとした罪深き者の死刑を執り行う!」
一人の白装束が声高にホビットくんの死刑執行を宣言した。死刑って。それより女神って誰?とにかくやめさせないと。罪状はなんだ?彼が何をしたんだ?
「被告人は昨日放課後、帰宅途中の被害者を待ち伏せして一緒に下校。その際、嫌がる被害者と無理矢理手をつないだとあります」
それは事実誤認だ。一緒に帰ろうと誘ったのは私だし、手を握ったのも私からだ。
「しかし、証人の証言ではあなたが自分からそのような行為に出るはずがないと」
証人って誰?
「あちらの方です」
…おにいちゃんだ。
「ご家族の証言である以上無視するわけにはいきません。それに、あなたははっきりと彼との交際を拒否したとの証言もあります。そんな、あなたが自分から手を握るなんて有りえない。恐らく、被告から脅されているんでしょう。我らの女神を脅迫し辱めんとした罪断じて許し難し」
女神って転校間もない女だぞ私は。そこで、ふと私は白装束の連中の左胸のワッペンに気付いた。あれって前の私のファンクラブだったATM団のワッペンだ。前の私がいなくなったから自然消滅したはずだ。
「違う。我々はArisa kiryuu wo Tinosokomade Mederu会だ」
いつの間にか"会"に昇格していた。旧ATM団よりも狂信的な集団のようだ。このままではホビットくんが火あぶりになってしまう。とにかく彼の罪状が成立しないことを証明しなければ。しかし、いくら事実を訴えても連中は聞く耳を持たない。ホビットくんを見上げるともう覚悟を決めているのか穏やかな笑顔で、
「もういいんだ。楽しい思い出をありがとう」
こうして冤罪が作り出されるんだな。私のせいでこんな目に遭っているのに恨み言ひとつ言わないなんて。意を決した私は白装束の一人からメガホンをぶんどって声高に宣言した。
"彼と私は付き合っている!"




