第二十話 「こんなに可愛いのが街歩いてたら絶対に攫うって」
教室に戻る途中、百合っ子が突進してきた。ひらりと回避すると百合っ子は壁に頭から衝突した。大丈夫か。
「お姉さまは~っ?」
振り返った百合っ子は額から血を流していて正直怖い。逃げようとしたら両腕をガシッと掴まれた。
「お姉さまはどこに行かれたのっ!?」
激しく揺さぶられる。知るかっ。前の私がどこに行ったかなんてうちの母親に訊いてくれ。
「お姉さまぁ、私を置いてどこに行かれたの?ああ、お姉さまぁ、お姉さまはいずこっ!?」
どうやら頭を強く打ちすぎたようだ。保健室に連れて行った方がいいかな?いや、病院か。かなり錯乱しているようだから精神科も受診した方がいいだろう。とりあえず、おとなしくさせよう。鳩尾に一発入れてダウンさせた。
前の私がどうなったかはクラスの皆も気になるようで私は質問の嵐にさらされた。母親が担任に伝えたのは自分探しに旅立ったというアホらしいにも程がある理由のみ。いちいち話をでっちあげるのも面倒だから私は"もう日本には帰ってこない"とだけ言った。なんで?と聞いてくる奴もいたけど、本人に聞いてと返した。それでも、なかなか質問攻めは終わらない。いい加減辟易していると委員長が助け舟を出してくれた。
「はいはい今日はここまで。転校生が困ってるでしょ」
ありがとう、助かったよ。礼を言うと委員長はウィンクで返した。秘密を共有する者同士、彼女とは仲良くやっていけそうだ。せっかく違う人間として転校し直したのだから違う人たちと仲良くなりたいけど、やっぱり慣れた人たちの方がいい。というわけで弁当は委員長、茶髪、八重歯と一緒に食べる。話題はやはり前の私について。前の私がどうだったか教えてくれるのはいいんだけど、何せ本人ですから教えてもらうほどのことじゃない。でも、話を聞いている限りでは少なくとも皆から嫌われてはいなかったようだ。それどころか急にいなくなって悲しんでくれたりしている。反面、男だった私については皆もうどうでもいいようで、あまりにも扱いの差にこの世に生まれてきた良かったのかと自分の存在意義に疑問を呈したくなったりする。
「それにしても、あんたとこってよく旅に出たりするよね。あんたもそのうちどっか行っちゃうわけ?」
それはない、と私は茶髪に答えた。
「そうよね。あんたが一人で旅とかしてたら誘拐されそうだもん」
誘拐?
「だって、こんなに可愛いのが街歩いてたら絶対に攫うって」
そんな大げさな。
「いえ、決して大げさじゃないと思うよ。なるべくあなたは一人で外を出歩かない方がいいわね」
うっ、冗談で終わらせようと思うたのに委員長が真剣な顔で言うもんだから怖くなってきたじゃないか。でも、本当に人攫いに出くわしたら前とは体格が劣るから撃退どころか抵抗も危うい。ここは言うとおり一人での外出は控えた方がいいかも。
と思ったら委員長も茶髪も八重歯も部活や用事で一緒に帰れないらしい。どうしよう。一人で帰ろうか。でも、もし人攫いに遭遇したら…。二度目の女性化で身長が低くなってしまった私はクラス全員の顔を見上げるようになった。そのためか、自分がひどく弱いように思う。皆の用事が終わるまで待とうか。
「どうしたんだ?そんなところで」
振り返ると兄貴がいた。そうか、こいつがいたんだ。兄貴…言いかけて私は少し考えた。お兄ちゃんを待ってたんだ。
「へっ?お前、俺をお兄ちゃんって呼んでくれるのか?」
これは私のリップサービスだ。前は普通に"お兄ちゃん"って呼んでたんだからな。こうして二人で帰るのは久しぶりだな。ん?気のせいか兄貴いやお兄ちゃんの体なんかムキムキしているような。もしかして、最近帰りが遅いのはひょっとして体を鍛えてた?
「ん?ああ、お前を守ってやれるようにな」
その頼もしい顔に不覚にも私はドキッとしてしまった。あわてて顔をそらして頭をフルフルする。なに考えてんだ私。こいつは変態だ。妹のパンツを頭にかぶったりする変態だ。間違っても好きになったりするもんか。




