第十八話 「前も可愛かったけど、そっちの方もかわいいな」
……。異変に気付いたのは来ていたパジャマの袖がだいぶ余っているのを見つけた時だ。袖だけじゃない。ズボンの裾もだ。こりはいったい……。例によって鏡で確認。……誰だこの女?数秒後、俺は家族のところに駆け込んだ。
「あら?今回は違う女の子なのね」
「前も可愛かったけど、そっちの方もかわいいな」
「さすが、俺の妹!」
やはりか、やはりお前らの仕業か!さては昨日の牛乳だな?またしても同じ手に引っかかるとは!いくらテンションがハイになりすぎていたとはいえなんたることだ!そうだ、またTS薬を注文すりゃいいんだ。少々値が張るが仕方ない。さっそく注文…だめだ。昨日、爆破したんだった……。くそーっ俺のバカバカ!畜生!気づいたら家を飛び出していた。が、すぐにもどってきた。財布を忘れたのと。パジャマのままだったからだ。ってか、いまある俺の服はみんな大きすぎてサイズに合わない。
「それだったら中学校の時の服があるからそれを着たら?」
なんでとってあるんだよ。でも、助かった。今日はそれを着よう。
「また、服を買い直さないといけないわね」
立て続けの出費にため息を吐く母。全とっかえだからそりゃ高くつくだろうな。でも、それだったら服を売ってしまったらいいんだよ。
「そうね、前のあなたの恥ずかしい写真を闇で売りさばいたら…」
待て、恥ずかしい写真ってなんだ?
「何をそんな怖い顔をしてるの?いまのあなたには関係ないことでしょ?」
ある!だいたい娘の恥ずかしい写真を売りさばく母親がどこにいる!
「ここにいるじゃない」
えと、電動ドリルはどこだったかいな。一回、この母親の頭を分解して中を見てみたい。
「とにかく、あなたも気持ちの整理がつかないだろうから気晴らしに外に行ってらっしゃい。はい、お小遣い」
俺は母から渡された2000円を握りしめて家を出た。まず、腹ごしらえ。今日はエルッテリアで食べよう。食べ終わったら街をブラブラする。さっきから周囲の視線を感じるのは気のせいではない。そういうのは前に慣れてしまっている。
「おっ?お嬢ちゃん可愛いね」
俺に声をかけてきたのは昨日のチンピラと不良だった。こいつら仲間だったのか。
「お嬢ちゃん、お兄さんたちと遊ばないかい?気持ちいい事しようよ」
こんのロリコンが。こういう輩は無視するにかぎる。が、いきなり男にがしっと体を捕まえられた。声を出そうとしたら別の男が口をふさいだ。そして、俺は人気のない場所に連れて行かれた。こいつらマジか?くそっ昨日ちゃんとトドメを刺しとくんだった。ジタバタ抵抗するも押さえつけられる。やはり、男だった時はおろか前の女だった時よりも力が弱い。畜生、なんなんだよ。男に戻れたと思ったのに、彼女ができたと思ったのに!と、その時だった。
「待てぃ!」
助けか?声がした方に目を向けた俺は唖然となった。そこに立っていたのは、顔に女性のパンツ、マント、レスラーが穿いているようなパンツとクツ以外は何も着ていない一言で言えば変態だ。
「誰だてめぇは!」
「私を知らないとは不届きな奴らだ。私は悪の手から人々を守る正義の味方!そう人は私を"ザ・ヘンタイマン"と呼ぶ」
つまり変態だということだ。ってか、その声まさか兄貴!?
「可憐な乙女を汚そうとするケダモノどもめ。このヘンタイマンのお仕置きを受けるがいい!」
やめてくれ恥ずかしい。
「しゃらくせえ、やっちまえ!」
ダメだ、5人もいたら兄貴いやヘンタイマンに勝ち目はない。と、思ったら強いぞヘンタイマン。あっという間に4人を倒した。あと一人。ヘンタイマンは相手の肩に乗っかると股間を相手の顔におしつけた。
「ムッ?ムググググッ……!?」
男は必死にもがいて逃れようとする。確かにアレは辛いという言葉じゃ生ぬるいな。口と鼻がしっかりパンツに押さえつけられてるから息ができないはずだ。それ以外に精神的なダメージもあるだろうが。やがて、力尽きたのか男はガクッと倒れた。確認したが、息をしていない。脈も無い。心臓も止まっている。おそるべしザ・ヘンタイマン。
「お怪我はありませんか?御嬢さん」
ありがとう。ヘンタイマンが差し出した手を掴んで立ち上がる。ありがとう兄貴、助かったよ。
「私はヘンタイマン。それ以外の何者でもない」
そう?その頭のパンツ、前に失くしたと思っていた俺のパンツじゃね?
「……」
……。
「さらば!」
やはり犯人はてめぇか!待てやコラァ!!ヘンタイマンは逃げ足も速かった。
家に帰ると俺は家族に自分の決意を語ることにした。帰り道、ずっと考えていたことだ。研究所が無くなってしまった以上もう俺に男にもどる手段は無い。
「どうしたの?聞いてほしいことってなに?」
うん、もう"俺"は使わない。家でも"私"を使うことにした。
「そういい事ね」
それから親父はパパと呼ぶ。
「本当か!?」
これからもよろしくね、パパ。
「俺は?」
歓喜に浸る親父いやパパを見て兄貴が期待のこもった眼差しをむけてくる。お前はクソ兄貴だ。
「なんで!?」
俺はクスッと笑うと兄貴の耳元でささやいた。さっきはありがとう、おにいちゃん。これはさっき助けてくれたことへのお礼だ。兄貴がそのあと飛び上がらんばかりに喜んだのは言うまでもない。
次の日、私はまたしても転校生として学校に来ていた。前の私は自分探しの旅に出たことになったらしい。本当に母さんはいい加減な事ばかり。動揺が広がる生徒たちを静かにさせて担任教師は私にチョークを渡した。
「じゃ、みんなに自己紹介してくれ」
はい、と私は黒板に自分の名前を書いた。
"霧生アリサです。よろしくね"