第十七話 「またあなたに会えたのがうれしくて」
男にもどったのを確認した俺はさっそく家族に見せびらかした。どうよ、驚いたか。
「「「……誰?」」」
そう来たか…。いやいや俺だよ。
「お、お前、どうしたんだよ、それ」
ふふん、兄貴、残念だったな。てめぇと同じ手を使ったんだよ。
「まさかTS薬?」
そうだ。あの薬さ。
「なぜだ?なぜ、どうして…妹ができたと思ったのに……」
悲しめ悲しめ。
「父さんだって娘のためにと思って毎日のように残業してたのに……」
そうなの?
「母さんの唯一の生きがいを奪うなんて、なんて親不孝なんだいお前は!」
そこまで落ち込まなくても。まあほっとけば落ち着くだろう。それより朝ごはんちょうだい。
「お前みたいな親不孝者に食べさせるご飯はありません!」
なんだよ、いいよ、外で食べるから。今日は土曜日だ。外に出よう。さて、どこ行こう。まずはコンビニでおにぎりと爽健美茶を買う。公園で食べよう。あ、忘れてた。実はあの薬を注文してからこっそり男物の服を買っておいた。そうでないと女物しかないからな。女の体の時はいいけど、男の体でブラとパンティは正直きついぞ。あ、ブラは別につけなくてもいいか。朝食を終えて公園をブラブラ歩いてると向こうから見知った女の子が。委員長だ。よっ、おはようさん。
「えっ?う、うそ?」
?なにをそんなに驚く?あ、そうか、こうして気軽に話しかけるのは男の時はなかったもんな。
「えっ?いつ日本に帰ってきたの? 確か、いまはアメリカの地下ボクシングでファイトマネー稼いでるんじゃなかったの?」
……母さんはまたいい加減な事を。まあいい。とにかく帰ってきたんだ。ついさっきね。
「そう、良かった…でもまた旅に出るんでしょ?」
いや、もうどこにも行かない。
「本当に?」
ああ本当。
「よかったぁ」
なにが?
「ううん、なんでもない」
そう?じゃ、また月曜日に学校で。
「うん、バイバイ…」
どした?暗い顔して。まさか、俺が帰ってきたのが嫌だとか?
「そ、そんなことない!」
いや、なにもそんな大声出さなくても。
「ご、ごめんなさい。ただ、またあなたに会えたのがうれしくて」
ああ?それはどうも。
「ちょっと一緒に散歩しない?」
別にいいけど。俺は委員長と公園内を散歩した。彼女は俺に学校での事を詳しく丁寧に教えてくれた。俺の義妹(つまり女だった時の俺ね)と仲良しになったこととか。どれも知っていることだが、適当に相槌を打ってやりすごす。
「ねえ、好きな人いる?」
なんだよ、突然。いないけど。なんでそんなこと訊くんだ?
「……」
委員長はうつむいて何も答えない。変なの。と、思ったらいきなり走り出して、くるっと俺の方に一回転して向かい合った。
「あのね、聞いてほしいことあるの!」
なんじゃらほい。
「中学校の頃からずっと言おうと思ってたんだけど…」
中学?委員長と俺は同じ中学だったのか?全然気づかなかった。てっきり、うちの中学からは俺しか来ていないかと思ってた。これは言わない方がいいな。それより彼女が何を言おうとしているか気になる。
「私、ずっとあなたのことが好きだった!」
……。あ、あの…。
「ごめんなさい。いきなりこんなこと言っちゃって」
いや、それは良いけど。ちょっといきなりだったんでびっくりしちゃったな。
「ご、ごめんなさい!」
謝らなくていいよ。それよりかさ、返事はまた今度でいいかな?
「うん、いいよ」
言いたいことを言ったからか、委員長は清々しい笑顔で去って行った。すぐに去ったのは恐らく照れ隠しもあるだろう。そして、一人残された俺は自分の頬をつねった。痛い、夢じゃない。マジか?生まれて初めての女子からの告白。しかも、そこそこ美人で成績もよくてしっかり者。言うことなし。イヤッホー!男にもどってさっそくその日にこんなうれしいことが起きるなんて。よしよしよーし!テンションがマックスを越えた俺は暴走機関車になった。街に行って不良やチンピラを見つけては突撃した。後ろからドロップキック!んで相手の体を仰向けに自分の両肩に乗せて相手の顎と腿をつかんで背中を弓なりに反らせて背骨をへし折った。
「ぐへっ」
よし一丁上がり。
「てめぇ!いきなり何しやがる!」
仲間の不良が殴りかかってきたので俯せに転倒させて背中の上に乗る。そして、相手の首をつかんで海老反り状にして最後にそいつの体を引き裂いた。よし次だ。今度はチンピラだ。今度は3人か。まずは衝撃波を発するぐらいの凄まじいスピードの手刀で一人目の胸を切裂いた。辺り一面に飛び散る血の雨。人通りの少ない裏手だから他には誰もいない。そして、針状の爪が4本ついた籠手を右手にはめると、かかってきた二人目の顔面に爪を突き刺して、そのまま奴の体を縦に切り裂いた。さて、残りは……。
「ひっ……!」
最後に残ったチンピラは恐れをなしたのか逃走をはかった。そうはいくか。俺は高いところに上がるとそいつめがけて錐もみ回転で迫った。そして、右手のクローが奴の頭を捉えようとした時、振り返った奴がいつの間にか持っていた木の板にクローが突き刺さった。
「へへっ、どうだ?これならてめぇのその爪も怖かねーや」
甘いな。俺は構わず回転を再開させた。徐々に削られていく木の板。そして、ついに分厚い木の板は粉砕されてクローがチンピラのこめかみに突き刺さった。ふうっ、これで少し気が落ち着いた。よし、帰ろう。そうだ、今日は違う道で帰ろう。なぜ、そんなことを考えたのだろう。ただの思いつきだが、俺は後にそのことを激しく後悔することになる。帰り道にある研究所の前を通ったのだが、その研究所の名前を見て俺は足を止めた。
"○○研究所"
そう、それはあのTS薬を作った研究所だった。こんな近くにあったのか。また、兄貴がここから薬を入手して俺を女にしようとするかもしれないからな。いまのうちに爆破してしまおう。俺は近くの建築現場からダイナマイトを失敬して研究所を爆破した。これで俺を女にすることは永久にできなくなった。俺は上機嫌で家に帰った。家の中はまるでお通夜だった。どうしたどうした?そんな暗い顔してよ。
「ああ……?」
ダメだ。みんな生気を無くしている。そんなに俺が男に戻ったのがショックだったのか。これじゃあ、晩飯は期待できないな。出前を頼もう。皆の分は…あれじゃあ食べれないな。俺の分だけでいいや。晩飯ごっつぁんです。家族はずっと俯いたままだ。いいかげん諦めたらいいのに。次は風呂だ。鼻歌を歌いながら体を洗う。家族と違って俺は終始上機嫌だ。もう俺の意識は月曜日に向けられていた。委員長に告白の返事をする。どう返事するかって?決まってるだろ。俺で良かったら喜んでってな。いやあ、まいったね、こりゃ。モテる男はつらいよ。にゃははは。
風呂から上がると母親がそっと牛乳を差し出した。おっ、母さんわかってるね。風呂上りはビールか牛乳でしょ。俺は何の疑いもなく牛乳を飲み干した。ちょっと変わった味だね。新製品かな?今日はいっぱい体を動かして疲れたからもう寝る。おやすみなさーい。