第十三話 「スターの名前を知らないなんてうちの学校ではモグリです」
俺が女になって一ヶ月が経過した。友達に言われて一度は全面的に女言葉に切り替えようかと思ったが、なんか自分から急に変えるのもな。家で急に女言葉を使って家族に「どしたの?」みたいな反応をされるのも嫌だし、みんなの前で「今日から女言葉にします」って宣言するのも嫌だ。だから、いままでどおりでいくことにした。
女であることにも少しは慣れてきたある日の学校帰り、俺はコンビニのヘヴンズレイヴンに寄った。雑誌を立ち読みしていると、うちの学校の制服を着た女子が二人組の若い男に腕を捕まれどこかに連れていかれようとしているのが見えた。見て見ぬ振りもできたが気づいたら後を追っていた。
「や、やめてください」
「いいじゃん、ちょっと付き合ってくれるだけでいいからさ」
「本当ちょっとだけでいいんだからさ」
多分、ちょっとでは終わらないだろう。彼女が連れて行かれたのは人気の無い場所。悪いことをするにはもってこいだ。俺は彼女を助ける義理も義務も無い。ほっといてここから去ることもできる。さて、どうするか。向こうはこっちに気づいていない。よし、行くか。俺は3人の所に走って行って手前の男にドロップキックをぶちかました。うりゃっ!
「ぐへっ」
一丁上がり。
「なんだ、てめぇは!?」
もう一人の男が殴りかかってくる。俺はそれをかわすと奴の背後に回り背中に飛び乗って後頭部に自分の片膝をあてて全体重を前の方にかけた。その重みで男は前の方に倒れて頭を地面にぶつけた。さっいまのうちに。俺は呆然としていた彼女の腕を掴むとこの場から去った。
「どうも、ありがとうございました」
安全なところまで逃げたところで彼女は俺にペコリと頭を下げた。いや、気にしなくていいよ。
「いえ、何かお礼をさせてください!」
いや、気持ちだけ受け取っておく。
「そんなこと言わずに何か奢らせてください……」
へっ?彼女が最後に俺の名を口にしたのを聞いて俺は軽く驚いた。なんで、俺の名前を知ってるんだ?彼女とは一面識も無いし、知らない人にまで名が響き渡るようなこともしていない。聞いてみよう。どうして私の名前を知ってるの?
「スターの名前を知らないなんてうちの学校ではモグリです」
ス、スター?この俺いや私が?はっはっは、面白い冗談だ。さらば!頭が混乱しかけた俺は一目散に逃げ出した。
帰宅。
「あら、遅かったわね」
ちょっとね。
「あんまりうるさい事は言わないけど、寄り道は程々にしなさいよ。特にあんたはこの町一番の美少女なんだから、いつ誰に狙われるかわからないのよ」
この町一番の美少女って。とんだ親ばかだ。それこそ程々にするべきだろう。それよりかさ、今日も親父と兄貴はいないの?
「そうよ」
親父は残業だろうが、兄貴はどこ行ってんだ?前は毎日一緒に帰ろうとしたぐらいなのに。
「いいじゃないのよ。そのおかげで母さんがあんたを独占できるんだから」
何言ってんだ。俺を独占できるのはいままでもそしてこれからもこの俺だけだ。
「あんたこそ何言ってるの。あんたを作ったの母さんよ。自分の作品だもの独り占めにして当然でしょ。あ、ちなみにお父さんは道具を提供しただけだからその権利は無いからね」
親父が聞いたら泣くだろうな。さて、兄貴がいないなら先に風呂を済ませておこう。最近は兄貴の帰りが遅いのでその間に入浴を済ませておく。おかげで平和なお風呂タイムを満喫できる。
兄貴が帰ってきたのは俺が風呂から上がって1時間後だった。遅かったな。どこ行ってたんだ?
「ん? ちょっとな」
ちょっと、ね。女でもできたか?それなら結構。もう俺が風呂入ってんの覗いたり下着を漁ったりしないだろう。って、んなわけねーか。じゃ、なんだろう。別に興味ないからいいが。
それから数日して学校である異変が起きていた。下駄箱にハートマークのシールで封がされた封筒が入れられていたのだ。即、封を開けずにゴミ箱に投函した。もうラブレターなんて出すバカはいないと思っていたのに。しかし、これで二度と俺にラブレターを出そうという狂気は起こさないだろう。ところが、翌朝もその次の朝も下駄箱にラブレターが入れられているのだ。しつこいな。同じ奴か?こうもしつこいと封を開けて差出人の名前を知りたくなる。しかし、それでは向こうの思うツボだ。この日もゴミ箱にすてた。
その日の昼食、いつものメンバー、委員長、茶髪、八重歯と教室で弁当を食べていると、このクラスの者ではない女生徒がやってきた。ん、君は……。
「この前は危ないところを助けていただいてありがとうございます」
数日前、チンピラに絡まれているのを助けた娘だ。で、何?お礼ならあの時聞いたよ。
「いえ、これを…」
彼女が差し出したのは、ここ数日俺の下駄箱に入れられていたラブレターと同じ封筒だった。俺は何も言わずにそれを受け取った。
「あの、ここで中を見てもらえますか?」
…そう来たか。この手紙の差出人は俺が封を開けずに捨てるのに業を煮やして、彼女に頼んで俺のところまで持ってこさせたのだ。そいつと彼女の関係は知らない。ラブレターの配達を任せるぐらいだから友達なのだろう。こうなっては俺も中を見ないわけにはいかない。ラブレターにはこう書いてあった。"あなたに伝えたいことがあります。放課後、体育館裏に来てください"。差出人は…知らない名だ。
「では、私はこれで」
ちょっと!行っちゃった。返事を伝えてもらいたかったのに。自分で渡せないような腰抜けに俺が靡くでも思っているのだろうか。
「ねえ、どうすんの?」
八重歯が興味津々に聞いてくる。別にと答える。用件は承った。しかし、応じることはできない。
「でもさ、向こうはきっと待っていると思うよ」
これは茶髪。いいんだよ勝手に待たせておけば。
「ダメよ。手紙の中身を読んだんだから知らない振りなんて相手に失礼よ」
委員長まで。そうだよな。ここではっきり言ってやるとするか。
「会ってみると結構イケメンだったりするかもよ」
茶髪が茶化す。相手が誰だろうと俺が男と付き合うことは絶対に無い。んで、放課後。待ち合わせの場所に行くと昼間の彼女がいた。他には誰もいない。あ、あの……。
「来てくれたんですね」
来たけど、君ひとり?
「はい」
どゆこと?なんで彼女しかいないんだ?
「あ、あの聞いてほしいことがあるんです」
なんでしょう?彼女は頬を赤らめモジモジしている。
「えと、その前に聞きたいことがあるんです」
どっちだ。
「…さんって男の人に興味ないって本当ですか?」
いきなり何を聞くの?
「どうなんです?」
まあ、興味ないな。
「そうですか」
?なんで安堵しているんだろう。と思ったらすぐに真剣な顔になった。
「あ、あの…」
何かを決断したような顔。果たして彼女は俺に何を言おうとしているのか。
「私とお付き合いしてください!ずっと好きだったんです。お願いします!!」
……はひっ?