第十二話 「兄妹だからいいだろ?」
本当にまあ何ていうか呆れたという言葉を通り越しているな。俺は無言でシャワーを手に取ると上にいる変態に冷水を浴びせた。
「わっ?ばか、やめろ、冷たいっ!」
兄貴は浴槽に墜落した。お湯が盛大にダッパーンとなる。さっき閉めたばかりの浴室のカギをあけてドアを開放する。さっさと出て行け。それとも昨日みたいに蹴飛ばされたいか?
「待て、なんでそんなにお兄ちゃんと風呂に入るの拒むんだ?」
なんで?
「昔は一緒に入ってたじゃないか」
……そう言われてみればそうだな。十日前に行った銭湯でも一緒に入ってたもんな。いまは女だけど男に裸を見られて恥ずかしいとは思わないし、逆に男の裸を見ても「きゃっ」とはならない。となれば年ごろの男女が一緒に入浴するのはいかがなものかという社会道徳的な理由となる。
「兄妹だからいいだろ?」
なんか兄貴をつまみ出す理由が見当たらなくなってきた。でも、心情的に嫌だ。兄貴の視線がどこに向けられているかその表情を見れば一目瞭然だ。無意識に両手で大事なところを隠す。そこでハッとなる。俺って無意識に女の子の心情になってる?意識的には男を意識していても心の奥底の無意識な部分では女になったことを受け入れている?もう俺は本能的には女なのか?愕然となる俺の肩に兄貴が手をおいて慰める。
「そう気を落とすな」
ありがとよ。弟…あ、いまは妹か、を気遣うのは兄として良いことだ。うんうん、だからね兄貴…さっさとここから出ていけ!俺は結局兄貴を浴室から蹴飛ばした。まったく懲りない野郎だ。
翌朝、学校に行くと俺の下駄箱はきれいに扉が閉まっていた。中を開けても俺の上履きがあるだけだ。昨日のが功を奏したみたいだ。まあ、兄貴だったらそれでもめげないだろうが、男が皆あんな変態なわけじゃないしな。俺がその典型的な例だ。
「おはよっす」
おはよう、と挨拶を返す。転校初日に一緒に弁当を食べた女子A茶髪だからこれからは茶髪としよう。茶髪は俺の下駄箱を覗き見て、
「今日はラブレター入ってないの?」
入ってない。精魂込めて書いた手紙を封も開けずに捨てられたんだ。もう二度と俺にラブレターを出そうかという乱心者は現れないだろう。
「俺に?」
へっ?あ、いや、その…。しまった、つい女言葉を使うの失念してしまっていた。何とか誤魔化さないと。
「あんたって私らと話している時、いつも言葉を選んでいるような感じがしたけど、ひょっとしてキャラを作ってる?」
図星だ。俺は女の子らしさを演じている。ちゃんと演じれているかは自信が無いが。ここはとぼけて逃げる作戦でいこう。キャラを作る?言ってる意味がわからないわ。
「その不自然でぎこちない女言葉のことを言ってるんだけど」
なっ?拙者の演技を見破るとはお主やるな?
「なに武士みたいになってるのよ。動揺しすぎ」
ど、動揺なんかしてない。あ、してないわ。
「無理して女言葉使うことないよ」
そう?そうだよな。男のくせに女言葉使う奴がいるんだから、男言葉を使う女がいてもいいはずだ。そうだよ。どんな言葉を使うか俺が決めるべきだ。うん、決めた。俺は茶髪に言った。家では構わないけど外では女言葉を使わないと母親に小遣いを減らされる、と。
「そっか、だったら家でも女言葉を使うようにしないと。でないと、いつまでも友達と気兼ねなく話すことなんてできないよ」
確かにそうかもしれない。でもなあ家でも女言葉を使うと何だか自分が負けたような気分になる。
「あんたって普段はどんな口調で喋ってるの」
男口調そのまんまだよ。
「えーっ絶対にイメージ合わないよ。そりゃお母さんも小遣い減らすって言うよ」
それは純粋な女の子だったら納得できる話だとは言えない。と、ここでチャイムが鳴ったので俺たちは教室に急いだ。