第一話 「じゃあな」
高校卒業の日、私はあらかじめ指定されていた場所に行った。そこには一人の男。ずっと私を思い続けた一途な変態。でも、私のことを誰よりも愛してそして理解してくれる人。彼はずっと待っていた。私の返事を。事の始まりは3年前、私が高校一年生でまだ“男”だった頃にさかのぼる。
まず最初に変だなと思ったのは兄貴の部屋のエロ本がすべて妹物になっていたことだった。つい最近までそんな偏った性癖は無かったはずである。うちの兄貴は書物の種類から推察して非常に幅広いジャンルを愛でる傾向があった。熟女からロリ、陵辱物から純愛物、SMからノーマルまでと特定のジャンルにハマることはいままで見受けられなかった。さすがにスカやゲイはなかった。最低限の矜持だけは保っているようだ。だが、それも昨日までのことだ。いや、俺が兄貴のエロ本を失敬するのは一週間ぶりだからもっと早いかもしれない。とりあえず読んでみよう。エロ本はエロ本だし。
全部読み終えたあと、俺もすっかり妹萌えになって……はいなかった。が、兄貴の気持ちも理解できた。確かに可愛い妹に「お兄ちゃん♪」と甘えられてこられるのは悪い気はしない。俺だってこんな妹なら欲しい。あとツンデレな妹も。しかし、我が家には女は母親しかいない。その現実から目を背けるためにこんなに妹物のエロ本を買ったのか。引くぐらいの熱の入れようだ。同時にゾッとする。エロ本の中には兄貴が寝ている妹に夜這いをかけて嫌がる妹を無理やり手籠めにするものもあった。もし、俺が妹だったらひょっとしたら…。
まっ冗談はこのくらいにしといてこれは見なかったことにしよう。秘密の趣味にとどめる分には何の害もあるまい。俺はそう思って放置することにした。これが後に起こる出来事の予兆になろうとは知る由もなかった。
それから数日して兄貴宛に宅配が届いた。品名は『TS薬』とある。TS?何のことだ?その当時の俺はTSが何なのか知らなかった。知っていたら人知れず処分していただろう。とりあえず本人がいないので兄貴の部屋にでも置いておこう。夕方になって兄貴が帰ってきたので荷物が届いたことを告げた。
「そ、そうか?」
なにか様子がおかしい。この歯切れの悪さはなんだ?いつもと様子の違う兄貴だが、それだけで不審を抱くほど俺は疑り深くない。俺が妙だと感じ始めたのは晩飯がえらい豪勢だったことからだ。いったいどうしたのさ?母親に尋ねても何も答えない。「いいから早く食べなさい」と言うだけだ。食べるよ。こんな御馳走めったに出ないもんな。昔で言うフルーツの缶詰だ。うむ、おいしい。すると、親父が俺の方を見てボソッと呟いた。
「最後の晩餐か……」
……はっ?何わけわからんこと言ってんだよ親父。皆、どうしたんだよ。なんか変だよ。
「そんなことはない。皆いつもどおりだ」
そうか?ならいいけどさ。食事を終えると俺は風呂に入った。風呂から上がると母親がジュースを出してくれた。えっ?どしたの?
「たまにはいいかなって」
たまには…ね。風呂上りはビールかコーヒー牛乳だと思うが。じゃ、いただきます。俺は何の疑いもせずコップを手に取った。すると3人が俺の方をじーっと見るではないか。な、なんだよ。
「ううん、なんでもない」
気持ち悪いな。ひょっとしてこのジュースこの一杯だけ?だったらそんな欲しそうな顔しなくてもやるよ。
「い、いやお前が飲んでくれ。俺たちはもう飲んだ」
じゃ遠慮なく。ふむ、変わった味だな。まずくは無いけどまた飲みたいとは思わないな。さて、自分の部屋に引っ込むかな。
「ちょっと待って」
母親がそういうので待っていたらデジカメを持ってきて俺を撮ろうとした。なんだよ?いきなり。
「あんたの顔を残しておこうと思って」
なんでだよ?まるで今日かぎりで俺がいなくなるみたいに。母親がどうしてもと言うので一枚撮らせることにした。そんなことしなくても明日からも嫌でもこの顔をみることになるのに。そう思っていたのは俺だけだったんだよな。最後に自分の部屋に行こうとする俺に兄貴が一言。
「じゃあな」
ん?あ、ああ。なんのこっちゃ。なんか変な一日だったな。今日はもう寝よう。