誠実ってなんだろう
はじめからハーレムを目指しているような不逞の輩が、果たしてハーレム、あるいはそれに近しい状態をつくりだすことができるものなのか。
それは深刻な自己矛盾を抱えた命題であるように一太には思える。もちろん、ハーレムだなんてものを目指している時点で、瑣末なことなのかもしれない。
「でも、公言しているかどうかってだけだったりするかも。俗説だけれど、男の子は誰でもたくさんの相手に好かれたいものだとかって、そういう話もあるよね」
午後の授業に向かい、途中まで同じ方向に歩きながら咲が言った。
一太はふと気になり、首をかしげて聞いてみる。
「女の人の場合はやっぱり、違うんですか?」
「わたしにはよくわからないかな。やっぱりってことは、一太くんもそうなの?」
「むむむ」
やぶ蛇だった。
「なにがむむむだ」
答えに窮する一太へ、冷ややかな視線で美弥が口をはさむ。
「どうせチヤホヤして欲しいとか甘やかして欲しいとか、馬鹿げたことを企んでるんだろう。そんなことを考えるような男は、ろくなヤツじゃない」
「別に本気で考えたわけじゃないですよ! 先輩だって、美形の男達に囲まれてるところとか、想像したことくらいあるでしょうっ?」
「ない」
即答だった。かまわず一太は続ける。
「なら、猫に囲まれてるところなら?」
「むむむ」
「なにがむむむなんですか」
「たくさんの猫を飼って過ごすのが、美弥の将来の夢だもんね」
咲がくすくすと笑う。
美弥は真剣な表情で考え込んで、頭を振った。
「それは……いや、だが違う。私は相手の意思をきかずにそんなことをしようとは思わない。猫同士にはそれぞれテリトリーというものが発生する。互いの生活距離というものも。家猫なら、引越しをしてしまえば新しい住居を自分の家だと思えず、強いストレスを感じてしまう事例だってあるくらいだ。わたしがそれほどたくさんの猫が飼うとするなら、それらの問題を全て解決できると確信できた場合だけだ」
「さっき、俺には猫を飼うようにすすめてきたくせに」
「うるさい」
一太が茶々をいれると、顔を赤くして答える。興奮して先走ってしまったという自覚は、どうやらあるらしかった。
「ともかく。猫は愛玩動物だ。ペットのそれと人間のそれでは意味が違う。人間相手のハーレムなどたわごとだ。馬鹿げている。はじめから、相手に一方的な立場を押しつけているのだからな」
「一人対多数、だもんね」
美弥が断言して、咲が相槌をいれる。こくりとうなずいた美弥が続けた。
「仮に、愛の多い男とやらが存在するとする。その男の是非はともかく、男が自然と複数の相手を愛してしまうというのなら、もう一方の立場である女性達にも、その男だけでなく複数を愛する権利があるはずだろう。自分は浮気をするけど相手は駄目だなど、子どもの戯言だ」
美弥の言い分は、たしかに筋がとおっている。
ハーレムというのは結局、それが社会的な制度や立場などなんらかの理由があるものでない限り、一人という立場にある方にとって都合のよい言い訳だ。
「それだけかしら」
と言ったのは咲だった。
「たしかに、お互いに対等であるべきだけど。性別でどうとも思わないけれど、対等じゃなくてもいいって納得して、自分からそういう関係でいる人もいるんじゃない?」
「頭がオメデタイか、悲劇に酔っているかだろう」
「嘘をつくなら、その嘘を完全に隠しとおしてみせて。そう考える人だっているんじゃないかな」
美弥は渋面をつくって、咲から目を逸らす。
「そういう考えは好きじゃない」
咲が穏やかに微笑んだ。
「そうだね」
「……ふん」
不満そうに鼻を鳴らし、美弥は二人の会話にはいれず聞き役になっていた一太をじろりと見やった。
「いずれにせよ。この男が、女にそうまでさせる器量の主とは思えんな」
失礼な言葉ではあったけれど、そのとおりだと一太も思ったので特に反感はわかなかった。ハーレムどころか彼女すらいない。
「一太くん、誰か好きな人はいるの?」
不意打ちにそんなことを聞かれてぎょっとした。
「え? いや、べつに。……いないです」
「そっか。もし誰か好きな人がいたら、やっぱりその子が候補かなあって思ったんだけど」
候補。――ハーレム候補。
一太は目がくらむ思いがした。
好きな女の子にそんな、やっぱりなにか間違っている。好きっていうのは、もっとこう、誠実であるべきで――誠実なハーレムってなんだ。
「なら、やっぱり、一太くんを好きになってくれる子を探すって感じかなあ」
「そんな物好きが見つかればいいがな」
呆れたように美弥が言った。
どこまでも遠慮のない台詞に、やはり一太も同感だった。