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キャッツハーレム

「それで昨日、横になりながら考えたんです」

「うんうん」


 次の日。

 ダイブした光量子世界はいつものようによく晴れて快晴だった。


 昼休みに咲と合流して二人でお弁当を食べながら、一太は自分の考えについてつらつらと話してみた。


「ハーレムって、よく漫画とかでありますけど。あれって最初からそういう状態ってわけじゃないじゃないですか。たいていはまずヒロインっていうか、そういう誰か特定の相手がいて、そこに別の誰かが参加してきて。三角関係みたいな感じにもつれて、っていう。誰が本命か決まってない、そういうあいまいな状態のことだったりもすると思うんです」

「ふむふむ」

「逆に言えば、別にその男――男だった場合ですけど――本人は必ずしもハーレムを目指してるわけじゃなかったり。まあ、なかにはそういう人間もいるかもですし、たんに優柔不断ってだけかもですけど」

「なるほど。それで?」


 つまりですね。と一太は一息つくと、渋面になってうめいた。


「最初からハーレム狙いで女の子と接するんて、めちゃくちゃ最低じゃありません? 俺がそんなこと企んでるヤツをもし見かけたら、間違いなく死ねよって思うんですが」


 咲はちょっと考えるように空をみあげてから、大きくうなずく。


「人でなしだね」

「ですよねー」

「今さら気づいたのか。昨日の段階で気づいておけ」


 がっくりと肩を落とした一太に追い討ちをかけたのは同室にいる美弥で、一太は冷ややかな視線を向ける相手を恨みがましく見上げて口をとがらせる。


「まずそんな課題が必修科目の内容に含まれてる時点で、なにかおかしいんじゃないでしょうかね? 生徒会長」

「私は後期課題で会長役を受けた身だ。振り分けられたロールプレイの課題内容についてはこちらの管轄ではないな」


 そ知らぬ顔で言い放ってから、美弥は不機嫌そうに顔をしかめた。


「だいたいだ、なんでお前はこんなところで普通に昼食にしてる。ここは生徒会室だぞ、完全な部外者じゃないか」

「しょうがないじゃない」


 と副会長の咲が一太をかばった。


「一太くんとは、あんまり授業がかさならないんだから。ゆっくり話せる時間もあんまりないし、それにここなら生徒会の話だって出来るでしょ?」


 美弥はむ、とさらに眉間に寄せて、


「……なんでお前が咲の弁当を食べてるんだ」


 それが一番の問題であるように言った。


 いつも学食でお昼をすましている一太の前には、綺麗に整えられたお弁当箱がある。それは咲と会ったときに彼女から渡されたものだった。


 いわゆる仮想空間である光量子世界では、栄養摂取はあくまで娯楽の一つでしかないが、誰かから弁当をもらえるなんていうのは一太ははじめてだった。まさかそんなものを用意してもらえるとは思ってもいなかった分、喜びもひとしおで、さっきからご飯の一粒一粒をかみしめるようにお弁当の中身を頂いている。


「二人分つくるのも、三人分つくるのも同じだもの。ちゃんと美弥の分もあるでしょ?」

「そういうことを言ってるんじゃない」


 きっと鋭い眼差しで睨みつけられ、一太は弁当箱をかばうように手を広げた。


「あげませんよ。絶対あげませんからね。自分の分だけで我慢してください」

「誰が食い意地だ。バカ」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。そのまま自分の弁当をパクつきはじめた美弥をよそに、一太と咲は会話を続けた。


「んー。でも、どうなんだろ。たしかに、はじめからそれ狙いってのは、あんまり心証よくないかなあ」

「とはいえ、課題でそう言われてる以上、どうしたって――やっぱり前提からして間違ってるような気がしませんか、これ」

「だけど、課題については変更ってできないし。美弥、今まで課題内容の変更が認められたケースってあるんだった?」

「さあな。……わかった、調べてみるからちょっと待て。二人でこっちを見るな、そうされるとなんだかやけに腹が立つ」


 美弥が端末を操作しはじめる。役割演技とはいえ、生徒会長の職にある彼女には一般生徒よりも多くの情報に触れる権利がある。


「……極めて少ないが、一応、前例はあるな。だが――ああ。これは駄目だ」

「駄目?」

「状況が特殊すぎる。詳細は伏せておくが、こういう状況でないと課題の変更が認められないというなら、そのくらいの課題ではまず無理だろうな」


 『ハーレムをつくれ』だなんて課題でも認められないようなものを承認されるなんて、いったいどういう状況だったんだろうか。一太は疑問に思ったが、美弥に聞いても教えてくれそうにはなかった。


「じゃあ、やっぱりこの課題でなんとかするしかないってことですね。きっついなあ……」


 ため息をついた一太をちらりと見て、


「そうでもないだろう」


 と美弥が言った。


「え。在馬先輩がハーレムにはいってくれるんですか?」

「ふざけろ」


 ごう、っと一太の耳元を豪風がすぎさった。がすんと音をたてて背後の壁になにか硬いものがぶつかる。一太は顔を青くして固まった。


 投てきの態勢から姿勢をもどした美弥が、なにごともなかったように続ける。


「ハーレムというのは、一対多数のことだろう。男と女を云々語る気はないが、片方の立場に偏ったそんな関係性がまともとは思えない」

「つまり、課題の時点で成立していないってこと?」

「そうじゃない。あくまで人と人との関係のことでの話だ」

「たった今、目の前であったほとんど殺人未遂じみた行為についてはスルーですか……」


 冷静な語り口調で話をすすめる二人に、一太は恐る恐る口をはさんでみる。二種類の眼差しが、それぞれ冷静に一太を見た。


「致命傷でない限り処置は間に合う。死にはしないなら、問題ないな」

「美弥って、すっごくそういうコントロールいいからだいじょぶだよ」


 一太は沈黙した。二人が再開する。


「一人対多数という関係性なら、人と人には限らないだろう」

「……たとえば?」


 うむ、と大仰にうなずいて、


「――猫だ」


 美弥はかっと切れ長の瞳を見開いた。


「猫を飼えばいい。周藤、お前が前期のロールプレイ科目で小金を貯め込んでいることは調べがついてる。後学期が終わる三ヶ月、数匹程度を養えなくはないはずだ」

「猫を飼うことが、ハーレムなの?」


 眉をひそめる咲に、そうだ、と力強くうなずき返す。


「そうだ。起きても猫。帰ったら猫。ベッドにも猫だ。まさにハーレムじゃないか」


 やけに興奮した様子で力説する美弥に、一太と咲はちらりと顔をみあわせた。意外なものを見る目になって、一太がぼそりとつぶやく。


「在馬先輩って、猫好きなんですねー」


 はっと我に返った美弥が、恥ずかしそうに頬を染める。


「別に。例として挙げただけで、他に意図はない」

「美弥はね、猫マニアなの。猫博士で、猫ってつくだけでなんでも大好き。猫狂いっていうくらい」

「へー」


 毅然として隙のない印象だった上級生の、意外な素顔に思わずほんわかしてしまう一太。美弥は真っ赤になっている。


「咲、変なことをそいつに教えるな!」


 こほん、と息をついて、


「ともかく。それはいいとして」


 びしっと一太は手をあげる。


「俺としてはもうちょっと詳しく聞きたいところですが、猫会長」

「誰が猫会長か」


 言いながら、ちょっぴりまんざらでもなさそうに見える美弥だった。


「……猫を飼うことなら、金銭的な問題さえクリアーできればいい。課題達成には手ごろだろう」


 得意げな美弥に、一太と咲はうーんと首をかしげた。


「なんだ。なにが問題があるか?」

「問題っていうか……。俺、そんなに猫好きってわけでもないんですが。何匹飼ったところで、別に嬉しくないといいますか、そういうのもハーレムっていうんでしょうか」

「後学期が終わったあと、猫たちをどうするかっていうのは問題ね。一太くんのお小遣いが七月までもったとしても、そのままずっと飼いつづけるとしたらすごい負担になるわ。いくら光量子世界のなかっていっても、生き物を飼うことには責任があるもの」


 冷静な指摘を受けた美弥がぐっとたじろいで、頬を高潮させたまま反論する。


「飼い続けろ。たくさんの猫と毎日過ごせるんだ、バイトをして稼ぐくらい苦でもない」

「そりゃ、猫好きの在馬先輩ならそうでしょうけど……」

「一太くんの課題を受けたのが美弥なら。たしかに、いい解決方法だったかもね」


 どちらからも賛同をえられなかった美弥は、怒ったように眉をつりあげた。


「人がアイデアを出してやったというのに、なんだ。馬鹿馬鹿しい。もうしらん」

「いや、それはありがたいんです。ただ在馬先輩も意外と可愛らしいところがあるんだなっていうのが、びっくりして。だってそんな、猫――」


 豪風が頬をかすめ、一太は身体を硬直させる。さっきより強い音をたてて、がちゃん、と投げられたなにかが背後の壁にぶつかって砕けた。


 机のうえのペン立てを投げた姿勢のまま、底冷えのする声で美弥が言う。


「なにか言ったか?」

「てか本気で危ないんですけど! 床にハサミが転がってるんですけど! まじでシャレにならないでしょうが、それ!」

「いま、なにか、言ったか?」


 一太は声を失う。口調には完全に殺気がこもっていた。


「ネ、ネコ……」

「ネコ?」

「ね、寝転びたいなあ、とか!? 外、すっごいいい天気ですし!」

「なるほど。そうだな。好きにすればいい。ハーレムなんて失笑ものの妄想を抱いている変態ハレンチマンにも、そのくらいの権利はあるだろう」

「……ありがとうございます」

「ついでにそこら中の女子に声をかけまくって、ハーレムの勧誘でもしてくればいい。後学期が終わる頃には学校中の女子に知れ渡って、一躍有名人だな」


 言われたままの未来図を脳裏に思い浮かべて、一太はぞっと背筋をふるわせた。女子という女子からゴミを見るような目でみられている自分を想像して、がたがたと全身を抱く。


 はあ、と二人の様子を見守っていた咲が息を吐いた。


「もう――。だいじょぶだよ、一太くん。期末考査まで三ヶ月あるんだから、どうすればいいかちょっとずつ考えていこ?」


 優しくなぐさめる咲の背後には後光がさしているようだった。一太は涙をうかべて咲の手にとりすがった。


「さすが咲さん。どっかの猫狂いさんとは心の器が違う……」

「ほう?」


 ゆらり、と美弥の全身から黒いオーラがたちのぼった。


「いい度胸だ。そこを動くなよ、駄犬」

「嘘ですすいません! 助けて! ニャーニャー! 僕、猫だよっ、猫だにゃん!」

「それで猫のつもりなら、よそで粗相をせんうちに今この場で去勢しておいてやろう……!」


 わーぎゃーと、困り顔の咲をあいだに二人が言い争いをしているうちに、昼休みの時間は過ぎていった。



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