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課題達成にむけての作戦会議

 午後の授業も残りあと一つ。

 一太の通信端末に連絡がはいったのは、眠気をこらえながらノートをとっていたときのことだった。


 教師に見つからないように気をつけながらこっそり確認すると、



 『授業が終わったら、図書館で』



 というしごく簡潔な内容は、咲からのもの。

 本当なら一太の方から連絡をするべきで、はじめてのメールをなんと送るべきか手をこまねいているうちに向こうから先に送られてきてしまった。


 授業が終わり、一太は部活に向かう勇樹と別れて図書館に向かう。


 光量子世界では、各自が持つ携帯端末から直接、様々な情報に触れることができる。学校関係のことならID手帳が端末がわりにもなるから、わざわざ調べ物をするのにどこかへ出向く必要はほとんどなかった。


 待ち合わせ場所が図書観の理由を考えながら廊下を歩いて、学校の敷地外れにある図書館にたどりついた先はひっそりとしていて、人気がない。

 建物のなかを探し回る必要はなかった。はいってすぐの円卓に、見覚えのある上級生の姿が座っている。


「先輩」


 呼びかけると、顔をあげた相手が微笑んだ。


「おつかれさま。授業はおしまい?」

「はい。先輩――咲さんもですか?」

「わたしは今日、午前だけだったの」

「え、じゃあ待たせちゃってたんじゃ。すいません」

「ううん。生徒会の仕事もあったから。だいじょぶ」


 そうですか、とうなずいて一太はちらりと咲の隣に視線を向ける。そこにはもう一人、上級生らしき女子生徒がいて、机に頬杖をついて一太へ切れ長の眼差しを向けていた。


 眉間に眉をよせた表情は、一見してとても不機嫌そうだ。無言の圧力を感じて、一太は問いかける視線を咲に向けた。


「一太くん。彼女は私の友達で、美弥(みや)っていうの。美弥、この子がさっき話した――」

「初対面の相手にハーレムにはいれなんて言ってのけた変態か」


 咲の言葉をさえぎって、不機嫌そうに美人の上級生が言った。一太は口元をひきつらせながらなんとか笑みをうかべる。


「えっと。周藤一太です、はじめまして」

「はじめまして。変態くん」

「一応、そんなミドルネームは親からつけられてないんですが……」

「そうか、ハーレムくんだったか。それともハレンチくん?」 


 とげとげしいどころではない言葉に、それ以上なにもいえなくなってしまう。


「もう、美弥ってば。いじめちゃダメだよ」


 濃いめの眉をひそめた咲に言われ、美弥はいまいましそうに顔をしかめる。


「――在馬美弥(ありまみや)


 自己紹介しながら、目線は一太のほうから露骨にそむけられていた。

 あからさまな態度に一太も返答にこまり、気まずい雰囲気の隙間をぬうように咲が言った。


「今ね、美弥にも手伝ってもらって、調べ物してたところ」

「調べ物ですか?」

「うん。やっぱり、ハーレムってどういうものなのか知っておいたほうがいいと思って」


 何事にも下調べが大切だというのはわかる。けれど、『ハーレム』という意味を調べるというその行為が微妙にずれているようにも思えて、一太はあいまいに頷いた。

 やっぱり、と考える。咲先輩がどこか変わってる性格なのは確かなようだ。


 卓の上には咲が集めたらしい本が重なって山になっていた。仮想世界のなかであえて紙媒体に再現されたそれらは、古びた装丁のものからポケットサイズの文庫本まで、たくさんの種類が集められていた。


「それで、なにか為になりそうな本はありました?」

「うん。役割演技課題っていうのは、与えられた課題の解釈そのものも生徒にゆだねられてるから――一太くんの場合、そんなに自由度があるわけじゃあないけど。オランダ由来の移民住居地をつくれ、だなんて言われても困っちゃうし」


 なんのことかよくわからなかったけれど、とりあえず一太はうなずいておいた。


「ハレム――イスラム社会でいう女性の居室って意味の、後宮。大奥とかもそうかな。そういうことだろうと思うんだけど。でも、日本って一夫多妻制じゃあないし。そういう人達って、王様とかお金もちじゃないとだし。だから、いわゆるハーレム状態って解釈になるんだと思う」


 明日ある授業で発表することについて語っているような真面目さにひきこまれて、一太も真面目に耳を傾ける。あほらしい、といいたげに、半眼の美弥が口をはさんだ。


「男がよく考えるような、複数の女にモテたいという願望のことだろう。くだらない」


 ――ごもっともです。

 恥ずかしさをおぼえて一太は顔をうつむかせる。ハーレムをつくりたい、なんてことを考えたことはさすがになかったけれど、たくさんの女の子にモテたいと考えたことくらいなら、一太にだって覚えがある。


「ようするに、一対多数の関係ってことだね。お金、強制。社会地位。恋愛感情。学生だから、お金とかそういうのは無理だから……『ハーレムをつくる』ってことは、一太くんのことを好きな相手を複数つくる、ってことになると思う。ここまでは問題ない?」


 ない、と思う。

 なんで真剣にこんなことを議論してるんだという思いがふっとよぎったけれど、自分のためにわざわざ調べ物までしてくれている先輩を目の前に失礼な真似はできない。一太はだらけそうな自分に気合をいれた。


「――ないっす」

「うん。『ハーレムをつくる』ことは、『自分を好きな女の子を集める』こと。だから、あとはその方法だね」


 まるでそれがさも簡単なことであるかのような口調に、一太は渋い顔で沈黙する。

 こんなふうにひとつひとつ理路整然と考えたわけではなかったけれど、だいたい今までのことは一太もわかっていたことだった。問題はそこで、つまりそんな簡単に女の子にモテる方法がわかれば苦労はない。


「一太くん、つきあってる人はいる?」

「……いないっす」


 見栄をはる理由もないので、素直に白状した。それを笑うのでもなくうなずいて、咲はあごに手をあてて考え込む。


「そっか。じゃあ、……ハーレムって、何人くらいからそういうのかなあ。美弥はどう思う?」

「なんで私に聞くんだ。しらん」

「うーん。三人くらいかなあ。それじゃあわたしと美弥じゃあ足りないし」

「待て待て。だからなんで私を数にいれる。それにお前だって」


 きょとんと咲はまばたきした。


「だって、わたしは一太くんを手伝うんだから」

「そうじゃない」


 美弥が激しく頭を振る。


「さっきお前が言っただろう。そのハーレムとやらの条件は、そいつを好きなことだと。お前、今日会ったばかりじゃないか」

「うん。できるよ」


 こともなげに言ったその台詞。口調。平然とした態度に、絶句した。


 美弥だけではなかった。なんとなく蚊帳の外におかれた気分で会話を聞いていた一太も、ぞっとしたものを背中におぼえていた。


 会ったばかりの、まだろくに知りもしない後輩に、できる。――好きになれる。好きになって、ハーレムにはいってあげられる。

 一太は勇樹から聞いた噂話を思い出した。



 ――風凪咲は、頼まれたお願いを断らない――



 声を失った美弥が、ばんっと机を叩いた。わなわなと全身が怒りに震えている。


「だめだ! 馬鹿げてる、そんなこと!」


 ほとんど仇を見るような目で一太をにらみつけて、


「こんなくだらない茶番を見過ごせるか。友人としても、会長としてもだ!」


 会長?

 一太は眉をひそめる。会長といえば生徒会長だろうが、一太の知る生徒会長は確か男子生徒だったはずだ。


「美弥の役割演技課題なの。だから今は、彼女がうちの生徒会長」


 説明した咲が、怒れる友人に静かな眼差しを向ける。


「美弥。わたしは一太くんを手伝うことに決めたの。それがわたしの今期の役割課題。生徒に与えられた役割を否定することは、会長にだって許されないはずだよ」

「だが、生徒同士で不適切な事態が起きないようにするのも会長の役目だ」


 負けじと美弥も睨み返す。

 じっと二人が見つめあって、


「そうね。でも、それなら不適切でなければいいことよね」

「ハーレムなんてくだらないものを手伝うために誰かを好きになる。それのどこが適切だ!」

「与えられた課題は学校側から提示された正当なものよ」

「課題の是非ではなく、お前についてだ! 目的と結果がいれかわっている!」 


 一歩もひかない両者のあいだで、一太は困惑してたちすくんでいた。

 静かに見つめる咲と、怒りくるう美弥。二人がどうしてケンカをしているのか、なぜそんなにも対立しているのかはわからなくても、それが自分の招いた事態であることだけは理解していた。


 だから、


「ごめんなさい!」


 二人に頭をさげた。


 咲と美弥が一太を見た。その両者を等分において、


「すいません。俺が変なことをお願いしたせいで」

「一太くん。キミはなにも――」


 言いかける咲の台詞をさえぎる。 


「いえ。俺、変な課題のせいで、パニクって。それで、誰か助けてくれる人はいないかなって、それで咲さんのことを知って、もしかしたらって。……在馬先輩が怒るのは当たり前だと思います。いくら咲さんが優しいからって、それに甘えちゃうのは間違ってる」


 はっきりと宣言した。

 咲が眉をひそめ、美弥は怒りをおさめてじっと一太を見つめている。


「……咲先輩が丁寧に言ってくれたおかげで、ちょっとは方向性っていうか――とにかく、やるべきことがわかりました。できるかどうかはわかんないですけど、ちゃんと自分でやります。自分の課題ですから」


 ハーレムをつくる。それに無条件に入ってくれる相手がいるというのなら、本当はそれを歓迎するべきなんだろう。


 それをやっぱり駄目だと思ったのは、友人の身を案じた美弥の懸命さを目の前で見たことと、それからもう一つ。自身の感情。


 課題を手伝う為なら好きになれると、平然とそう言った上級生の応対。それに、ものすごい違和感をおぼえてしまったからだった。それがなにかはわからない。ただ、なにかおかしい気がする。


 沈黙がおりた。

 ふうっと息を吐いた咲が、ちらりと美弥を見る。


「ごめんなさい。あなたの言ったとおり、おかしなこと言ってたかも」

「……いや」 


 でも、と彼女は続けた。


「私、一太くんを手伝いたいの。そのことは、別にダメじゃないでしょ?」

「……手伝うだけならな」

「なら、そうする。それでいい?」


 渋い顔になった美弥は、値踏みするように一太のことを上から下まで眺めてから、


「もういい。勝手にしろ」


 ふてくされたように言った。

 にっこりと微笑んだ咲が、あらためて一太を振り向く。


「よかった。じゃあ、一太くん。そういうことで改めて、あなたのロールプレイ課題を手伝わせてね。キミのためじゃなくて、わたしの課題のために」


 そんなふうに言われてしまえば、一太に断ることはできない。美弥を見ると、彼女はそっぽをむいたままだった。


「つまり――咲さんは手伝ってくれるけど。ハーレムに、とかって話じゃないってことですね?」

「うん。残念?」

「いえ。……まあ、ちょっとは残念だったり」

「おい」

「すいません嘘です。嘘じゃないですけど、嘘です」


 怖い顔ですごんでくる美弥にあわてて両手をあげて降参の姿勢をとる。あははと咲が笑った。


「よかった。じゃあ、これから一緒に頑張ろっ。――どうすればいいか、わかる?」


 試すような上目。

 一太はこくりとうなずいた。


「ようするに。俺が、複数の女の子から好かれるような人間になればいいんですよね」

「そういうことだねっ」


 こともなげな様子の咲に、なにか返す台詞さえ思いつかず、一太は空をあおぐ。


 ため息すらでない。

 胸にあるのはほとんど空虚さにも似た思いだった。


 ――だから、それができたら苦労はないんですってば。


 そう思うのはきっと一太だけではなく、多くの思春期男子に共通する悩みに他ならない。



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