第二話 花子と太郎と人体模型
「ねえねえっ、しりとりしようよー」
「いやだっ、なんでそんなことしなければいけないのだっ。それに昨日もやったろう」
「えーっ。はいっ、しりとりっ」
「勝手に始めるなっ。……はぁ、リンゴ」
「ゴーリーラ」
「ランドセル」
「ルビー」
「ビスケット」
「とうがらし」
「しんかんせんっ!はいっ、んがついたから終わ……」
「ンジャメナ」
「まだ続けるのかっ!?」
少年と少女の高い声が不気味な夜の校舎に響き渡る。外は風が吹き始めたのか、窓ガラスが時折ガタガタと震えだした。
そんな時、目の前に理科室という看板が見えてきた。その看板は少し曲がっていて汚れている。
すると太郎がある提案をした。
「ねえねえ花子ちゃんっ!理科室なんてどう?広いし、水道、ガス、電気完備っ!おまけにペットのメダカまで付いてくるよーっ」
私はその提案に少し考え込んでから意見を述べる。
「ガスと電気は必要ないのだが……。まあ、広くてペット付きなのはいいかもな。メダカは煩くないから好きだっ」
「おぉーっ、じゃあさっそく大家さんに相談だぁーっ、お邪魔しまーすっ」
太郎が私の意見を聞くと目を輝かせていきなり理科室へと入っていった。私はそれを見て驚きながら後を追いかける。
「おっ、おいちょっと待てっ!いきなりすぎるだろっ。もっといろんなことを考慮して……えっ、大家?」
私はその時1つの疑問を口にした。しかしその時にはもう遅かった。
私が理科室に足を踏み入れた瞬間、何かが目の前を勢いよく通り過ぎた。私はその影に驚いて慌てて身を退く。
「わあっ!」
その時不覚にもバランスを崩して私は床に倒れそうになった。刹那、誰かがそんな私の身体を支えて寸でのところで助けてくれる。
「たっ、太郎か?すまない、ありがとう。助かったぞ……」
私はそう言って後ろを振り向いた。珍しく頬を染めて笑顔を浮かべながら。
しかし私は後ろを振り向いた瞬間、そこにあったものに驚いて思わず悲鳴をあげた。
「うぎゃああああああああっ!!でっ、出たああああああっ!!」
私は驚きのあまり思わず自分を支えてくれたものから転げ落ちて尻餅を付いた。尻がひりひりと痛む。
それを見た私を助けた人物は驚き、慌てて私に手を差し伸べた。
「だっ、大丈夫かい?君のような可憐な少女に怪我をさせてしまうなんて、なんて俺は罪深き男なんだっ!本当にごめんっ。お詫びにお茶でもどうだい?可憐なお嬢さん」
「うぎゃああっ!きもいきもいきもいっ!!いっ、いいからもう近寄るなっ!」
「ああっ!なんて君は酷い子なんだい?初対面の俺にそんな態度取るなんて。でもそんな君もとってもかわいいよっ」
「だだだだっ、だから近寄るなぁーっ!!」
「……どうしたの花子ちゃん?」
「たっ、太郎か?たっ、助けてくれーっ!!」
「やっぱり君が花子ちゃんだね。噂通り可愛らしいお嬢さんだ。よし、僕が助けてあげようっ。そしてもしよかったら僕とお茶でもどうだい?花子ちゃん」
「うぎゃああああああっ!!またなんか出てきたぁーっ!!やめろー、近づくなぁーっ!!」
私は悲鳴を上げながらとにかく後ろへと後退していく。恐ろしさのあまり私の瞳には涙が浮かび始めていた。その時、私はとうとう壁に突き当たってしまい逃げ場を無くした。そんな私に奴らは群がって手を伸ばしてくる。
「いっ……いやっ……やめろ……」
「「「大丈夫かい?俺(僕)が助けてあげるよ。可憐なお嬢さん」」」
「うぎゃああああああっっ!!」
そこにあったのは、身体の半分の皮膚が消滅し筋肉や臓器がむき出しになっている、無数の人体模型の姿だった。
「花子ちゃん大丈夫?」
そう言ってやっと太郎が私の元にやってきた。人体模型を潜り抜けて私の横にしゃがみ込む。
「こっ、こいつらは、ななななんなんだっ!!」
私がそう尋ねると太郎が思い出したように説明を始める。
「あぁ、このお兄ちゃん達はね、女の子大好き、ナンパ大好き、ホストを営むアイドル的グループ、JTMK10だよ?花子ちゃん知らなかった?この小学校じゃ結構有名だよ?」
「「「そうっ!俺たちっ、JTMK10ですっ!よろしくねーっ」」」
「こんな気持ち悪い連中知るかぁーっ!!」
私はそう思いっ切り叫んだ。
「大丈夫?そんなに怖いかなー?ここ。それに僕たちもお化けだよ?お化けがお化けに驚くの?花子ちゃんってそんなに怖がりだったっけ?」
「そりゃ、人体模型が突然後ろにいたら誰だって驚くさ。それに……人体模型がナンパしてきたら、恐ろしくて叫ぶだろ」
「えー?そうかなー?僕はそんな経験ないから分からないけど……。でも僕、初めてここに来たときは驚かなかったよ?」
「それは太郎が男だからと、鈍感だからだ」
「えー?そうなの?」
「そうだろ」
「こんにちはっ。ご指名頂きました、JINです。よろしくお願いします」
「指名してない。近寄るな」
「そんなっ。君は冷たいな。さっき僕にこっそりとその可愛らしい瞳で僕のことを呼んだじゃないか。でも、そんなツンツンした君の態度も愛らしいな」
「そんな憶えはないっ!さわるなっ!」
「やめろよっ。花子ちゃんが嫌がってるだろ?ごめんね、失礼なやつで。大丈夫だった?ふぅ……、君のその可憐な姿が傷つかなくってよかった。俺はとっても嬉しいよ。これからはずっと、君のそばで君を守ってあげる。だから君は安心してて。美しい花を守るのが俺の役目だから。俺の可憐なお姫様」
「お前もやめろっ。どっかいけ」
「そうやってツンツンしてる君もとても素敵だけど、でも、笑った君の方がもっと俺は好きかな」
「みっ、みみみ見たのかっ!?おい、直ちにその記憶を消せっ!あ、あれはだな、その、転んだ自分が可笑しくって笑ったのであって決して……」
「ふふ……。分かってる。やっぱり君は可愛いな。内緒にしとくよ。君が俺にくれた秘密のプレゼントはね」
「お前に向けたものでは断じてない」
部屋に幾つか置かれたアルコールランプが柔らかく輝き、この暗く薄気味悪い場所を少しばかり明るく照らしていた。
そんな部屋で、私と太郎は席に座り、そして無数の人体模型に囲まれている。そんな状況に、私はむすっくれていた。
私たちは理科室に来て人体模型の自己紹介を受けた後、太郎が用件を告げ、私たちは話し合いの場を持つことになった。私としては、この場所には絶っ対に住みたくないので一刻も早くここを出たいわけだが、どうもこの部屋を牛耳っている責任者がまだ来ないらしく、私たちは暫くの間待たされる事になった。……まさか責任者まで女好きのテンション高い人体模型じゃないだろうな……?
「花子ちゃんはどんな動物が好きなの?わんわん?それともにゃんにゃん?」
「お前気持ち悪いぞ……。私は犬も猫も嫌いだっ。煩いからなっ」
「へぇー、そうなんだ。結構花子ちゃんって怖がりさんなんだね」
「こっ、怖くなんかないぞっ!煩いのが苦手なだけだっ」
「あっ、そういえばさ、花子ちゃん、前に夜中迷い込んできた野良犬が花子ちゃんの女子トイレに入ってきて、ぎゃーぎゃー騒いだことあったよね?僕助けに行ったから憶えてるよ?……もしかしてそれでかな?」
「うっ!くっ、くだらないこと思い出すなっ!太郎っ!べっ、別にその時は怖がってなんかないぞっ!ただ、煩くて困ってただけだっ」
「あれー?でも確か花子ちゃん涙目だったような……」
「うっ!なっ、そ、そんなわけないだろっ!断じて私は泣いてなんかないぞっ!」
「そうだったかなー……っ?」
「照れた君の笑顔も可愛いなっ」
「俺が君を守ってあげるから安心して」
「煩いっ!」
そんな会話を繰り返していると、その時近くにいた人体模型らが他の人体模型達の合図を受けて何処かへ去っていった。段々と静まり始め、人体模型達は各々の場所に着いた。
「……何が起こるんだ?」
「何だろうねーっ?僕もわかんない」
二人して首を傾げていると、その時アルコールランプが消えた。辺りが暗闇に沈み、静寂が訪れる。私たちは静寂の中で只首を傾げながら佇んでいた。
その時、突然何処からか騒がしい音楽が鳴り始めた。静寂な空間に唐突に広がったその音は、心を躍らせるような陽気のいいリズムでその場を包み込み、そのBGMの様な音が鳴り始めると、少ししてライトが点灯し、理科室のある一点、準備室のドアを照らし始めた。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。解語の花も初花も花は何時でも皆美し、己にとってはいずれ菖蒲か杜若。たとえ花に棘あろうとも、己が果てて消えるまで、可憐で美麗な花を守るが男の務め」
何処ともなく響いたその声は、何処か妖しげな雰囲気を持つ美しい男の声で、その声が周囲を包み込んだ刹那、準備室の扉がゆっくりと開いた。そこから一つの人影が現れる。
「東に泣く女あれば、行って己が涙を拭こう。西に疲れた女あれば、行って己が癒してやろう。南に困る女あれば、行って己が助けよう。そして北に笑顔の君あれば、行って己が笑顔を守ってやろう。そういうホストに、俺はなりたい」
そう話すその人物は、そのとき手に持っていた情熱的な真っ赤なバラを投げ捨てて、スポットライトの中心でナイスポーズを決めながら最後に一言言った。
「フゥーッ!ようこそ、ホスト妖宴郷へ!私がこのホストの経営者ないし責任者ないしナンバーワンホストのGAIです。以後お見知りおきを、可憐なお嬢さん」
私はその人物の容姿と言動を聞いて身の毛がよだった。酷い寒気に襲われる。
段々とこちらに近づいてくるその人物に、私は恐怖の色を浮かべながら自然と太郎のシャツを掴んでいた。しかし太郎は、全くそんな私には気づかずに、感動に似た眼差しでその人物のことを見つめていた。
その人物は、私の元まで格好を付けながら歩いてくると、私の前で恭しく綺麗に一礼した。
「こんばんは。お目にかかれて光栄です。今日はゆっくりと俺とお話ししましょう。大丈夫。まだ夜は長いのだから。ね?花子ちゃん?」
「うぎゃああああっ!もっと変なの来たぁーっ!」
そう叫ぶ私の目の前に立っていたのは、闇の中に佇む気味悪い真っ白い骸骨だった。




