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第一話 花子と太郎とテケテケと

 「このやろぉー、何処の何奴だ、私をこんな所に閉じこめたのはっ!」

 そんな怒りの声が暗闇に響いた。しかしその声はまだ幼くとても可愛らしい声だった。

 「今日こそ引っ越してやるっ!小学校のトイレからヒルズの高級トイレにでも引っ越してやるっ!」

 そこは断固トイレなのか、とつっこまれそうである。

 しかしそこはあえてあまり触れないことにしようと思う。

 さて、何で怒っているのかというと、私をここに閉じこめた奴らと、この小学校の生徒に怒っているわけである。

 ここに私を閉じこめたものは正直あまり憶えていないが、なんだか学校幽霊派遣協会だかなんとかという謎の団体が、幼くして死んだらしい記憶のない私を学校の怪談ブームに乗っ取ってこのトイレに押し込めたのだった。

 其奴らに言われた私の使命は2つ。1つ、児童が使用中の場合は脅かさないこと。2つ、「はーなこさんっ、あーそびーましょっ!」と言われたら「はぁーいー」と返事をすること、と言うものだった。

 何故そんなことをしなくてはいけないのかは謎なのだが、しかしそれしかやることがないのだからしょうがない。私は律儀にその使命を守ってきた。

 しかしそこで小学生どもに怒りが募るわけである。

 あいつら返事をした瞬間悲鳴を上げて去っていくからな。なんだっ、遊ばないのか!最初の頃はそれが泣きそうなくらい悲しかったんだからなっ!

 それに加えトイレの使い方は雑だし、ちゃんと掃除はしないし、いじめを始めるし、恋バナ始めるし……。煩いし不衛生で困る。あぁー、一回業者にお願いしたい。

 そんなわけで今日こそ私はここを出て他の場所に引っ越そうと思う。そこでまた○○の花子さんを開業すればいいだろう。

 心にそう決心すると私はトイレのドアを開けて外へと出て行った。


 「花子ちゃーんっ。どこ行くのぉー」

 するとそんな矢先、私に声をかける者が現れた。声のした方を振り返るとそこには男子トイレから顔を覗かせる少年がいた。見た目は私と同じくらいである。

 「女子トイレに嫌気が差したからどっかに引っ越すんだ」

 私がその少年にそう告げると少年は不思議そうな表情をした。どうやら彼は男子トイレに不満はあまり無いらしい。そして私に首を傾げて尋ねた。

 「じゃあ男子トイレに来るー?」

 「いや、男子か女子かが嫌なんじゃないんだけどな」

 「えー?」

 そう言って首を傾げているのは隣の男子トイレに住む太郎である。偶に女子トイレに遊びに来る。

 太郎も私と同じ境遇だ。ただし、太郎の方は少しばかり生前の記憶を持っていた。「仮面ライダーになりたかった」という。

 私は理解の遅い太郎に半ば呆れながらも仕方なく簡単に説明をした。

 「だって不衛生だし煩いじゃないかっ。それに考えてみろ。なんで私たちはトイレじゃなくちゃいけないんだ?」

 「えー?なんでかって?」

 「そう、別にこんな小汚い場所に閉じこもってる意味もないだろ?そうは思わないか?」

 「それは幽霊が水まわりに好んで出没すると言われているからと、人間という者は個室や密閉空間など狭い場所で恐怖を感じやすいと言うところから……」

 「いや、そんな真面目なもっともらしい回答はいらないのだが……。お前ってほんとそんな無駄なことばっか知ってるよなっ」

 「えっへん!」

 「褒めてない!」

 


 「……で、何故こうなったのだ?」

 私は夜の校舎内を彷徨きながら溜息を吐いた。すると太郎が嬉しそうな顔で私に答える。

 「えーっ、だって2人ならお化けが出てきても安心でしょっ?」

 「私たちがお化けなんだが?」

 「それに何だか楽しそうだしっ。だって暇なんだもんっ」

 「暇つぶしか」

 「じゃあついでに僕も引っ越そうかなーっ、家庭科室とかどうかな?食べ物に困らないし」

 「私たちなにも食べられないんだが」

 「じゃあ職員室とかどう?暖房つきだよー」

 「いやだ、煩そうだもん」

 「えーっ」

 太郎が不服そうに声を上げる。そして次の移住先を真剣に考え始めだした。

 私はそんな太郎を見て溜息を吐く。何故か一人で出掛けた筈が太郎がついてきてしまった。まぁ、太郎もトイレよりいい物件を探したいだろうし、飽きないからいっか。

 そんなわけで私たちは夜の校舎で物件を探し始めた。

 

 月と緑と赤の光りにボンヤリと照らされた廊下を2人で歩いていく。そこは不気味に静まりかえり、2人の足音を異様にしっかりと映し出していた。

 「お化けなんかなーいさ、お化けなんてうーそさ♪」

 「自分の存在を全否定してどうする……」

 「えー、じゃあー……柳の下からお引越しーどんどんゴーゴーチャンチャララララーやってきたのは役場だよーそうさ!転入届の提出さっ♪」

 「なんだその歌、聞いたことないぞ……。それに、もしかしてトイレから引っ越すのにも届けがいるのか!?どうなんだっ!?」

 「さぁー?」

 私たちはそんなくだらないことを繰り返しながら廊下をゆっくりと歩いていく。薄暗い廊下には、2人の少年少女の声が良く響いていた。

 「そもそも届けは何処に出せばいいんだ?」

 「うーん、市役所?」

 「時和小学校2階南トイレから引っ越しますってか?」

 「そうすれば多分『はいっ、引っ越し先は何処でしょうか』って……」

 「ならないだろっ!絶対追い出されるだろっ」

 「えー、ならないかなー」

 太郎は不思議そうに首を傾げる。私はそれを見て溜息を吐くのだった。

 その時、何処からか妙な音が聞こえてきた。私たちはその音を聞くと立ち止まる。

 「テケテケテケ……。テケテケテケ……」

 それは何かの足音のようだった。それと同時に布が擦れるような音も聞こえてくる。

 「テケテケテケ……。テケテケテケテケ……」

 その音は段々と大きくなっていく。次第に速度も増してきた。

 「テケテケテケテケテケ………ッ」

 刹那その音が唐突に速度を上げる。そしてその正体が不気味な三色の光りに照らされて姿を露わにしたのだった。

 「……あし……あし……」

 そう呟いたそれは、美しい長い黒髪を持つ、廊下を這いずるように動く下半身の無い女だった。私たちを見つけるとその少し充血した瞳で見上げて何かを懇願するようにか細い声で言葉を呟く。

 「……あし……あしを……」

 「なっ、なんなんだお前はっ!気持ち悪いぞっ!」 

 「なんて言ってるの?聞こえないよー」

 私たちがそう各々に返答をすると、その瞳に涙を浮かべて大きな声で泣き始めた。

 「あっ、あしを……足を見つけてはくれないかいーっ!うわ゛ぁーん!」

 「……はぁ?足?」

 私はそんな女に驚いてそして尋ねた。太郎は女を慰めようと頭を撫で始める。

 すると女はすすり泣きながら私の問いに答えた。

 「……グスッ、あぁ、足だっ。私は、足を探しているんだっ。グスッ。君たち見なかったかい?」

 しかし私はその問いに首を振る。太郎も首を振った。すると女はまたその瞳に涙を溜めて大声で泣き出したのだった。……なんだか面倒臭い奴だな。

 「なっ、なんで足を探しているんだ?いや……確かに下半身は見当たらないが……」

 私が少し退き気味にそう尋ねると、女は涙をその白い着物の袖で拭いながら答えた。

 「……じっ、実はな、私は昔踏切で事故にあって死んだんだがな、その時私の身体が七つに弾けて何処かに行ってしまったんだっ。だから私はそれを求めて旅をしているのだ。そして私の足がこの校舎の中にいることをこのレーダーで感知して……」

 「なんだそのド〇ゴンボールみたいな設定はっ!!」

 「なんかかっこいいーっ!」

 「……ありがとう」

 「褒めるなっ!」

 私は馬鹿さ加減に呆れて突っ込んだ。全く、何奴も此奴も……。

 しかしその女は話を聞いて貰って少し落ち着いたのか、涙を拭い終わると私たちに手を挙げてその場を去り始めた。

 「……なんかありがとうなっ。足を見つけたら教えてくれ。私の名はテケテケだ。ではさらば。また会おう」

 「ばいばーいっ!見つけたら教えるねーっ!」

 「早くどっか行け」

 私たちはそう告げると、再び歩き始めた。

 するとその時前からテトテトという音が響いてきて、私たちの前へ足首が歩いてきた。

 「あっ、足だ」

 「足いたーっ」

 そして足首はそのまま私たちの横を過ぎていく。私たちはそれを確認すると、足首を暫く見つめてまた歩き出した。

 「……早く見つけられるといいねー」

 「……あいつ、足に踊らされてるんじゃないだろうか」

 私は溜息を吐いた。




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