卒業と恋愛「旅人」@koru.
一番最初に東子がその扉を開いたのは3年前だった。
まだ高校の制服も初々しい初夏の頃、祖父母の家にある石蔵でその扉を見つけた東子は、その扉の意匠の見事さに見惚れその扉に手を掛けた。
扉の先には、地球とは異なる世界が有った。
好奇心からその世界に足を踏み入れてしまった東子は、勝手に閉まる扉に締め出される形でその世界の住人となった。
地球と違うその世界は、地球ほどの文明の発達は無く、そればかりか、魔物や魔法といった空想世界的な生き物や現象が溢れている世界だった。
ただ、地球出身である東子に、生き延びる為の特殊な才能などが突然大輪を咲かせる……ということは無かった。
しかしながら幸いだったのは、東子が降り立った場所が牧歌的な農村部であり。
愛と平和を体現したかのような大らかな人々の暮らす村で、東子は可哀想な迷子という位置づけを得ることに成功した事だろう。
同じ年頃の少女の居る家庭にご厄介になりながら必死で言葉を覚え、覚えながら家の手伝いをする。
やがて言葉も満足に話せるようになると、今度は自分で稼がなくてはならなくなった。
平和な村とはいえ、いい年をした扶養家族を養い続けるような気質ではない為、ごく自然に東子に就職先を斡旋する。
最終的に、異国情緒あふれる歌と、祖母に習った日舞で日銭を稼ぐようになった。
そうすると村の小さな酒場だけでは大した稼ぎにはならないため、周囲の勧めもあって近くの町へ行く事となった。
村人御用達の下宿にとりあえずの宿を決め、その日の内に近くの評判の悪くない酒場と短期の契約を結ぶ。
結果は大好評。
月並みながら"舞姫"の呼び名を得る。
酔狂な貴族らがお忍びで評判の酒場へ足を運び、東子に夜会の際の余興にと出張を依頼してゆく。
そしてそれが広がり、東子は押しも押されぬ夜会余興のトップ芸人となっていた。
「……わたし…このままでいいのかしら orz」
時々我が身を省みて脱力する東子だったが、如何せん日本への帰り方が分からない為、銭を稼ぐのが目下の楽しみであった。
そうして"舞姫"の名が王都まで届いたころ、東子は自身の肉体が成長していないことに気づく。
その後紆余曲折有り、王城の一室にて例の扉を発見した東子は、一も二もなくその扉に身をくぐらせた。
「トッコちゃ(東子ちゃん)! いっちゃやぁぁ(行ったら嫌だ)!!」
幼い声が追いすがるのを締め出した扉は自動的に閉じ、東子は初夏の日本へと戻ってきた。
無事同じ容姿のまま、同じ時間、同じ場所に戻ってきた東子だったが、異世界にて人生経験値をUPさせてしまった為、高校での生活を妙にこなれてこなし"大人っぽい西町さん"あるいは冗談交じりに"東子お姉さま"等というアダ名をもらった。
高校も無事卒業という時になって、またあの扉が東子の目の前に出現していた。
あの日扉の隙間から聞こえた悲しみに満ちた幼い王太子の声が忘れられなかった東子は、その扉にそっと手を触れた。
瞬間、羽を押すよりも軽い力でその扉が開き、つんのめった東子はまたその扉をくぐることとなる。
「また……」
日本とは違う直射日光に目を細め周囲を見回す。
趣味の山歩きの途中だったので、背中のリュックにはそれなりに生きるための装備が入っていて、何より服装が良かった、肌の露出の無い山歩きルックだったのだから。
とりあえずお城へ行けばあの扉があることがわかっているので気が軽い。
幸い今回繋がった場所は、前回来たあの村の外れだったので、若干恐る恐るではあるがそのまま村の中を目指す。
「あんれまぁ、トッコじゃねぇの! 久しぶりさぁね、元気だったか!」
「チッコちゃん!」
第一村人が、最初にお世話になった家の娘で、東子は両手を広げてハグをした。
どうやらそう時間も経っていないようで、東子は数日チッコの家にお世話になり、お返しにリュックに入っていたお菓子等(オーバーテクノロジーにならない程度のもの)を置いて村を出た。
一番近くの町に行くと、ギルドに預けてあった金を入用な分だけ下ろす。
ビバ! 魔法の生体認証システムと東子はこっそりと小躍りした。
服装を改めようかとも思案した東子だったが、どうせすぐ帰るのだからと堂々と地球の服で歩く。
途中、変な事を言う者に出会う。
「変わった服装だな。 もしかしてナインイレブンの新作か?」
ナインイレブン……何処かで聞いた単語に、それが元の世界でチェーン展開しているコンビニエンスストアだと思い至った。
「な、ナイイレ、いえ、ナインイレブンってこの近くに有るんですか?」
妙な期待に手のひらに汗が湧くのを感じながら、声を掛けてきた冒険者に尋ねると、冒険者は親切に場所を教えてくれた。
「俺のファールカップもナインイレブン仕様さ」
そう言って股間のもっこり(※ファールカップで盛り上がっているだけである)を自慢げに見せる冒険者に愛想笑いを返しながら、東子は目的地をナインイレブンへと変更した。
だが、その判断は間違っていた。
ナインイレブンを目指す途中、魔物に遭遇したり、そこを助けてくれた冒険者と共に旅をする内に自分にも魔法が使える事を知りヒャッハーとなった挙句いつの間にか"漆黒の魔術師"という、捻りの無いアダ名を付けられ。
ナインイレブンに着く頃には、名のある冒険者の末席に名を連ねていた。
「つ……着いたわ! ここがっ!!」
気の抜けるネオン、至って普通(※日本では)のコンビニエンスストアがデンっと立っていて、東子はあまりの普通さにへなへなとその場にへたり込んでしまった。
「大丈夫か、トーコ」
旅の相棒である男が座り込んで涙ぐむ東子に手を貸して、ナインイレブンの自動ドアをおっかなびっくりくぐる。
「「らっしゃいませー!」」
元気のいい店員の声に、男はビクッと立ちすくみ、東子は懐かしいその声に顔を輝かせた。
「カラアゲたん1個増量キャンペーン中でーす、いかがですかー」
レジカウンターにあるガラスケースには、日本にあるのと同じように唐揚げやら饅頭が温められている。
東子は真っ直ぐにレジカウンターに向かった。
「お、お客さま?」
東子はカウンターに身を乗り出して店員の派手な制服の胸に付いている日本語表記のネームプレートを食い入るように見る。
「に、に、日本人!」
店員も東子が日本人であることに気づいたようで、目を丸くした。
「ややや山崎さん!! 日本人キター!!」
店員が慌てたように、品出しをしていたもう一人に慌てた声を掛けると、のっそりと大柄な男が陳列棚の陰から出てきた。
「どうした、銀。 ああ、日本人だな」
見たまんまの感想を言った大男は、そのまま品出しに戻ろうとする。
「ちょ、待ってください山崎さんっ! えぇと、貴女っ、もしかして、異世界に迷い込んだとか、そういうカンジですかっ!?」
若干パニックになりながらも、必要な事を聞いてくる銀と呼ばれた若い女性に東子はコクコクと激しく首を上下させる。
「やっぱり! 山崎さんっちょっとオーナー呼んできてくださいっ!」
そう言われて、視線で"なぜ?"と返してきた強面の山崎に銀が再度お願いする。
「ここの通路って、認証した人しか通れないから、オーナーを呼んでどうにかしてもらわないとならないんですっ! 山崎さん急いでっ!」
結果として。
「日本に帰りたいのか? いいだろう、条件を飲むなら、設定変更かけて日本への通路を使えるようにしよう」
オーナーの下心満載の笑顔に不安を覚えつつも、条件を飲みナインイレブン内にある日本への通路を使わせてもらうことになった。
術式の変更に一晩掛かるということで、東子はナインイレブン近くの宿屋に旅の相棒と共に宿を取った。
異世界最後の夜、初めて相棒が東子の部屋のドアをノックした。
少しの躊躇いの後、東子は簡素な鍵を外し相棒を招き入れた。
安宿の狭い部屋の中、東子はベッドに腰掛け椅子を相棒に使わせるが、膝が付きそうに近い距離に椅子を移動させて座った相棒は、東子の膝に乗っていた手をそっと両手で包み込み、東子の目を真摯に見つめた。
「トーコ……お前が故郷に帰りたがっていたのは知ってる。 だが、それが異なる世界だとは思わなかった……」
そして、何か言いたそうに何度か口を開くが、言葉にはならずすぐに閉じられる。
東子はじっと相棒の言葉を待つ。
決して短くない期間を二人で旅し、苦楽を分け合った中で、思いの芽が息吹いたとしても不思議はなかった。
大きな手のひらに包まれた手から自分のものではない熱が伝わる。
この大きな手に幾度も助けられてきたのだと、東子は胸が熱くなった。
「こんなことを言って、お前の帰郷に水を差すのもどうかと思ったんだが」
そう言い置いて、覚悟を決めたようにギュッと手に力を込め、口を開く。
「お前の寝相と歯ぎしりは酷いぞ。 何度か夜這いを仕掛けようとしたのだが、その度に心を折られた。 寝ている間の事だから、治すのは難しいかも知れないが、せめて心に留めておくといいと思っ――「圧縮空気弾っ!!」――ぐはぁっ」
最後まで言い終える前に東子の非殺魔法でぶっ飛ばされた相棒は、丸一日目をまわし、東子の帰還を見送ることは出来なかった。
もっとも……。
高校を卒業した東子は、破棄できぬ契約によりナインイレブン異世界支店の常勤としてほぼ毎日出勤しているのであるが。
「ぃらっしゃいませ! カラアゲたんチーズ味、揚げたてですよー!」
今日も東子のヤケクソ混じりの声が店内に響くのであった。
妄想部過去作品『ナインイレブン異世界支店』をお読みいただくと、更に美味しく召し上がれ……るかも、です。
http://ncode.syosetu.com/s3050a/
恋愛成分が低くて申し訳ない。