第一章 小さな木の実と冷たい玉座
魔王城の大広間は、黒曜石と魔晶石で彩られた豪奢な空間だった。
しかしその中心に座る少女は、まるでその場にそぐわないほど小さく見えた。
「人間など、根絶やしにすべきです」
保守派の老魔族が、粘つく声で言い放つ。
周囲の重臣たちが深く頷く中、玉座の少女——魔王アリアは静かに口を開いた。
「……私は、違うと思う」
一瞬、広間が静まり返った。
「幼い頃、人間の村で出会った子がいた。
怖がるどころか、私の小さな角を『きれいだ』と言ってくれた。
そして木の実を一つ、私にくれた。『また会おう』って」
アリアは胸元に下げた小さな木の実のペンダントを、そっと指で撫でた。
乾いた笑い声があちこちから漏れた。
「魔王陛下……そのような童話を、今さら」
「戯言だ」
アリアはゆっくりと立ち上がった。黒いマントが肩から滑り落ちそうになるのを、片手で留める。
「私は自分の目で確かめる。
人間が本当に、ただの敵なのかどうかを」
ざわめきが広がる中、彼女は静かに、しかしはっきりと言った。
「今夜、私は城を出る。
同行を望む者は、ついてきてもいい。ただし……私の邪魔はするな」
その言葉を最後に、アリアは玉座を降りた。
後ろからラグナ、フィーネ、ガルドの三人が無言で続く。
夜の風が冷たかった。
アリアは角を魔力で小さく隠し、黒いマントのフードを深く被っていた。
人間の少女に見えるよう、髪の色も少し明るく変えてある。
「陛下、本当にこのような……」
ラグナが低い声で言った。影のように寄り添う彼の目は、いつもの無表情の中にわずかな動揺を宿していた。
「命令だよ、ラグナ。
私はただ……約束を、確かめたいだけ」
アリアは空を見上げた。
魔界の空は赤黒く、王都の空はどんな色をしているのだろう。
胸のペンダントが、ほんのわずかに温かくなった気がした。




