第一話 時間は巻いて戻せない
前線で働く医者を志したものの、本当の前線へは私たち医者は行けない。龍たちは戦略の要であるが、その身体の複雑さから専門医は多くない。医者に何かあると、作戦に大きな影響を及ぼすからである。
本日最初の患者がやってきた。補給隊の小型翼竜だ。右翼膜裂傷、左脚骨折、全身打撲。飛行中敵の攻撃に動揺して落下したらしい。かなり気が立っている。少しでも鎮静を図るべく頭にシーツを被せ、相棒に頭を抱きしめるよう指示を出す。
「命に別状ありません、龍は生命力の強い生き物です。すぐ良くなりますよ」
翼竜は見知らぬ人間に警戒して唸り、翼をばたつかせる。
「お願い暴れないで、いい子だから。あなたを助けてみせるから」
患者と相棒に声をかけ、体重を乗せるように翼を押さえ込み、傷を縫合する。左脚の骨折箇所は添木を当て包帯で巻いて固定する。打ち身には薬草をすり潰した軟膏を塗り一週間は安静にするよう伝える。
今日も患者は次々と運ばれてくる。次の患者は水上部隊の子、その次は空襲部隊の子、そのまた次はまた補給部隊の子……。一通り処置を終え、一人安堵のため息をついた。
私が診られるのは帰ってこれた子たちだけ。最前線から私のところまで持たなかった子たちもたくさん見てきた。砲撃を浴びて前足を失った地龍。鰭を損傷し泳げなくなった水龍。生命が助かっても元のようには生きられない子もいた。
夕方過ぎ、重症患者が荷車に乗ってやってきた。大型の地龍だ。咽せ返るような血の匂い、光を返さない瞳。腹部の傷からは血がとめどなく流れ荷車の中に溜まっていた。一目見てすぐ、ああこれはと震える手を握り締め、目を伏せる。
「先生頼みます。こいつは俺が卵から大事に育てた娘みたいな奴なんです!デカい体してますが、顎の下をくすぐるとグルグル鳴くかわいい奴で!」
「………残念ながらこの子は、もう」
「そんな!!!さっきまで俺の声に反応してました!お願いします、この通りです。助けてやってください!」
「貴方の声は最後まで届きます。最後にお別れを……」
出血が多すぎた。手足は冷え、瞬きをする余力すら残っていないようだった。苦しみを取り除くべく、鎮静剤と睡眠薬を混ぜて投与する。少しでも穏やかな死を迎えられるように。
亡骸を抱きしめて慟哭する騎士に、かける言葉が見つからない。
彼女の命を奪った腹部の傷から砲弾のかけらを取り出し、血泥に塗れた身体を拭って、御霊よ安らかであれと祈りを捧げる。温度を失った頭をそっと撫で、彼女の姿を心に焼き付ける。
あと2時間、いや1時間。この子が受傷したその瞬間に処置を始められれば、助けることができたのだろうか。たらればに意味などない。どんなに悔いても、時間は巻いて戻せない。失った命は還らない。だから私は、あの子たちを忘れてはならない。
あぁ、私はなんのためにここにいるのだろうか。セントラル病院の設備も、豊富な薬も、ここにはない。零れ落ちそうな生命を救っても、元気になったらまた前線へ戻っていくのだろう。そして次は帰ってこない。ならば――わたしは、なんのために。
今日を終えて硬いベッドに寝転がると、愛騎のエルが私の腹に頭を乗せ、キュウキュウと鳴く。
「おいで、君にも無理をさせてしまったね。こんなところに連れてきてしまってすまない」
エルは中型の翼竜である。人一人と薬や荷物を乗せても軽々と空を舞ってくれる私の相棒。銀に輝く美しい鱗も、エメラルドグリーンの瞳も、戦場には似つかわしくない。本当なら信頼できる人間に任せて、国外へ逃してやるべきだったのかもしれない。しかしできなかった。
エルの頭を撫で、首に手を回す。そっと力を込め抱きしめると、エメラルドの瞳が気遣わしげに私を見る。頬を寄せ、ひんやりとした鱗を堪能する。
「エルはいい子だね、艶やかな鱗が素敵だね」
これは私の心を保つためのルーティン。エルを抱きしめ、愛を囁き、重みを感じながら寝落ちする。
「エル……大好きよ……」
あと少し早ければ救えた生命たち。失った命は戻らない。この世に魔法はない。無力な私は、彼らの魂が安らかであれと願うことしかできないのだった。
転機が訪れたのは、開戦からしばらく経ったある日のことである。『西部戦線は敵の攻撃が激しく、前線の維持が厳しくなってきた。医師にも護衛を付け、最前線へ送る。若干名の志願を募る。』との知らせがありエルと顔を見合わせた。この子を伴って最前線へ行くのか?危険なところへ相棒を連れて行きたくはない。しかし、今現在、誰かの相棒が血を流し苦しんでいる。最前線へ向かえば救えるかもしれない。私の葛藤を見透かすかのようにエルは目を細め、私に鼻先を擦り付ける。
「危険な目に遭わせるかもしれない、いやきっと何度も遭わせるだろう。君はここに残る選択肢もある。それでも私についてきてくれる?」
私の相棒は、もちろんだと言いたげに力強く羽ばたく。少しでも救える命を増やしたいと願った。翌朝、私は志願書を手に医療部長室の扉を叩いた。
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