第7話 残り六日、そして出会い
携帯端末が、微かに震えた。
《残り時間:06:00:00:00》
《生存人数:98》
表示が切り替わった、その直後だった。
着信。
差出人は――《主催者》。
(……来たか)
嫌な予感しかしない。
だが、出ないという選択肢はない。
通話を受けると、あの無機質で丁寧な声が耳に流れ込んできた。
「皆さま、二日目の生存、誠におめでとうございます」
祝いの言葉なのに、まるで心がこもっていない。
「これより、ショーは次の段階へと移行いたします」
胸の奥が、ひやりと冷えた。
「まず、エリア縮小についてご説明いたします」
――エリア縮小だと?
「現在開放されているエリアが、段階的に閉鎖されていきます。初回は現在の大きさから、約七分の一が縮小されます。詳細は後ほどマップをご確認ください」
やはり、簡単には生存させてくれない。
「閉鎖されたエリアに累計五秒以上侵入した場合、強制的に脱落となります」
「なお、残り時間が二十四時間経過するごとに、同様の縮小が行われますので、早めの行動を推奨いたします」
淡々とした説明の裏に、悪意が透けて見える。
「また、エリア縮小に伴い――」
一瞬、間が空いた。
「支給品の設置数も、段階的に減少いたします」
……やっぱり、そう来たか。
「限られた資源を、どのように活用するか」
「それも、皆さまの“選択”でございます」
人が集まる場所は、さらに限られる。
そして、そこには必ず――争いが生まれる。
「次に、新たなイベントについてご案内いたします」
少しだけ、間。
「詳細は伏せさせていただきますが、三日目より順次開始予定です」
「参加は任意」
「ただし、不参加が必ずしも安全を意味するわけではございません」
……結局、逃げ道はない。
「最後に」
声が、わずかに低くなった気がした。
「くれぐれもどうか、私“達”の期待を裏切らないでくださいね?」
「では、今後のショーを――お楽しみください」
通信は、唐突に切れた。
「……楽しめるかよ」
吐き捨てるように呟く。
エリアは狭くなる。
支給品は減る。
イベントは始まる。
生き残るためじゃない。
壊し合うための仕掛けだ。
考えても仕方ない。
今は、動くしかない。
携帯端末のマップを開くと、草原地帯の端に青い点が表示されていた。
次の支給品だ。
(森よりは……見通しがいいか)
警戒しながら、草原へ向かう。
風に揺れる背の低い草。
遮るものがない分、隠れる場所もない。
――だからこそ。
遠くに、人影が見えた。
「……?」
反射的に身を低くする。
だが、その人影は動かない。
いや、正確には――倒れている。
(……罠、じゃないよな)
慎重に距離を詰める。
近づくにつれて、胸がざわついた。
茶色がかった髪。
汚れた私服。
浅く、苦しそうな呼吸。
「……女性?」
見覚えのある顔ではない。
だが、明らかに日本人だった。
(生きてる……)
意識はないが、胸は上下している。
脱水か、極度の疲労だろう。
俺は、リュックに手を伸ばした。
水は一本しかない。
医療キットも、使えば戻らない。
(……どうする)
一人なら、もう少し持つ。
二人になれば、確実に厳しくなる。
しかも、これから支給品は減っていく。
それでも――
「……放っておけるわけ、ないよな」
断れない性格。
こんな場所に来ても、それは変わらなかった。
水を少しだけ口に含ませ、日陰になるよう体を移動させる。
さっき手に入れた医療キットで、最低限の処置を施した。
しばらくして、女性のまぶたが微かに動いた。
「……っ」
小さく、息を吸う音。
「大丈夫ですか」
声をかけると、ゆっくりと目が開いた。
怯えた瞳が、こちらを映す。
「……ここ……」
「草原です。無理に起きなくていい」
一瞬、警戒の色が走る。
だが、すぐに力が抜けたように視線が揺れた。
「……助けて、くれたんですか」
「……まあ」
それしか言えなかった。
沈黙。
草が風に擦れる音だけが流れる。
「……私、矢尻真央です」
かすれた声。
「谷口、誠也です」
名乗った瞬間、なぜか少しだけ胸が軽くなった。
孤独じゃない。
ただそれだけで。
携帯端末が、再び震えた。
《残り時間:05:23:48:12》
《生存人数:97》
……また、減っている。
この世界は、止まらない。
待ってもくれない。
俺は空を見上げた。
エリアは狭まり、物資は減り、人は集まる。
そして、選択の重さだけが増していく。
――こうして、
二人で生きるという選択が、始まった。




