第19話 殺人鬼、再来
新たに現れた支給品ボックスは、都市地帯の外れ、半壊した商業ビルの前に置かれていた。
周囲には遮蔽物も多く、音も反響しやすい。
――嫌な場所だ、と主人公は直感的に思った。
だが、同じことを考えていた者は他にもいたらしい。
「……先客がいるな」
湯浅が低く言う。
支給品ボックスの周囲には、すでに五人ほどの男女が集まっていた。
警戒はしているが、武器を構える様子はない。
むしろ、場慣れした雰囲気すらあった。
「ここは早い者勝ちだ」
その中の一人、短髪の男がはっきりと言った。
「譲る気はない。文句があるなら、他を当たれ」
強気だが、声に余裕がある。
少なくとも、この場で争うつもりはない――そう判断した主人公たちは、少し距離を取って待機することにした。
「余ればラッキー、くらいでいいでしょう」
川上が静かに言う。
誰も反論しなかった。
支給品ボックスを漁る五人は、特に言い争うこともなく、淡々と作業を進めていた。
時折、笑い声すら聞こえる。
緊張感の欠片もない。
――その様子が、逆に不気味だった。
やがて、五人はそれぞれアイテムを抱え、満足そうな表情で解散し始める。
その瞬間だった。
「おいおい」
どこからともなく、軽薄な声が響いた。
「それで終わりか? つまらないなあ」
全員が、はっとして周囲を見回す。
次の瞬間、建物の影から一人の男が姿を現した。
気配が、なかった。
そこに“突然いた”としか表現できない。
その男は、最も近くにいた一人の男の背後に、音もなく回り込む。
――ぐしゃり。
鈍い音。
首が、不自然な角度に折れ曲がる。
倒れるまで、悲鳴すらなかった。
「……え?」
誰かの、間の抜けた声。
血が、遅れて噴き出す。
アスファルトを赤く染め、靴を濡らす。
「な……何だ、今の……」
混乱が、爆発した。
逃げようとした男が、二歩目を踏み出した瞬間、背中から刃が突き立てられる。
短い悲鳴。
崩れ落ちる体。
「ひっ……!」
三人目は武器を抜こうとした。
だが、抜き切る前に、喉元を切り裂かれる。
血飛沫。
空気が、鉄の匂いに満ちる。
四人目は、仲間の死体につまずき、転んだ。
這うように後ずさる。
「や、やめてくれ……!」
命乞いの言葉は、途中で途切れた。
最後の一人は、完全に腰が抜けていた。
声も出せず、ただ口を開けたまま見上げる。
殺人犯は、その様子を楽しむように、首を傾げる。
「……ああ、いい顔だ」
そして、何の躊躇もなく、刃を振るった。
数分も、かかっていない。
五人は、全員、動かなくなっていた。
静寂。
次の瞬間、主人公は自分の心臓の音が、異様に大きく聞こえていることに気づいた。
――やばい。
頭では理解している。
逃げなければならない。
今すぐ、この場を離れるべきだ。
だが、体が、動かない。
視線が、勝手に矢尻さんを探す。
彼女は、その場にうずくまり、両手で耳を塞いでいた。
肩が、小刻みに震えている。
(……間違いない)
主人公は確信した。
――あれが、例の殺人犯だ。
殺人犯は、ゆっくりとこちらを向いた。
視線が、合う。
ぞくり、と背筋を何かが這い上がった。
「まだいるのか」
楽しそうに、殺人犯は笑った。
「いいね。さっきのより、怯え方が綺麗だ」
一歩。
また一歩。
距離が、縮まっていく。
逃げなきゃいけない。
分かっているのに、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。
湯浅も、川上も、丸本も、誰一人として声を出せずにいる。
――数メートル。
主人公は唇を強く噛みしめた。
(……やるしかない)
震える手で、武器に触れようとした、その瞬間。
湯浅の背後から――
――――――ドンッ!!
耳を裂くような、轟音。
地面が揺れ、瓦礫が跳ねる。
視界の端に、異様な影が映った。
見たこともない色。
見たこともない大きさ。
見たこともない形。
それは、脚だった。
巨大な“何か”の、脚。
殺人犯の動きが、初めて止まる。
「……は?」
その声は、今までで一番、素の音だった。
異物は、ただそこに佇んでいた。
沈黙が、都市地帯を支配する。
空の色は、変わらない。
だが、確実に――
この場の“流れ”は、変わった。
主人公は、息をするのを忘れたまま、それを見上げていた。




