第10話 危険すぎた選択
六時間後。
短い休息だったが、何もしないよりはましだった。
携帯端末の表示が、静かに切り替わる。
《残り時間:05:16:58:03》
《生存人数:96》
……また、減っている。
俺たちが眠っている間にも、どこかで誰かが死んだ。
この世界では、命は驚くほど軽い。
「……行きましょうか」
俺の声に、矢尻さんが静かにうなずいた。
夜明けのない空の下、俺たちは草原地帯を歩き始める。
背の低い草が一面に広がり、視界を遮るものはほとんどない。
隠れにくい。
だがその分、奇襲の心配も少なかった。
「次のエリア、本当に天気が荒れてるんですよね……」
「ええ。積乱雲が、ずっと広がっています」
指差した先には、黒く沈んだ空。
雲の奥が、不規則に白く光っていた。
(……雷)
危険なのは分かっている。
それでも、人が近づきにくい場所を選ぶしかなかった。
草原を進んでいると――
「……あれ」
矢尻さんが足を止める。
視線の先、草の中で金属がわずかに光っていた。
「支給品ボックス……?」
慎重に周囲を確認する。
人影はない。草の揺れも、風以外は感じられなかった。
「念のため、距離を取ってください」
俺が先に前へ出て、角度を変えながら確認する。
罠はない。気配もない。
ゆっくりとケースを開けた。
「……ほとんど、空ですね」
中に残っていたのは、わずかな包装材と――
黒い金属の塊。
「……銃?」
実弾銃だった。
弾倉は空で、予備弾も見当たらない。
(使い切られた……)
嫌な想像が、頭をよぎる。
「誰かが……使った後なんでしょうか」
矢尻さんの声が、少し震えていた。
「たぶん」
銃は道具だ。
だが、この世界では――人を殺すための最短ルートになる。
(ああいう人間の手に渡るくらいなら……)
俺は無言で銃を拾い上げ、バッグにしまった。
「谷口さん……使うんですか?」
「いいえ」
即答だった。
「使いません。でも、放置もしない」
矢尻さんは、少しだけ安心したように息を吐いた。
俺は支給品ボックスの蓋を開けたままにしておく。
これなら、すでに漁られたと思って誰も近づかないだろう。
それで、誰かの死が一つでも減るなら――
意味はある。
草原を抜け、積乱雲地帯へ足を踏み入れた瞬間。
叩きつけるような雨が、視界を白く染めた。
「……っ!」
風が体を横から押し流す。
足元が取られ、思わず踏ん張る。
雷鳴。
空が割れるような音。
「谷口さん……! これは……!」
矢尻さんの声は、雨音にかき消されかけていた。
体感でも、風速は二十メートル近い。
呼吸するだけで、体力が削られていく。
(生活どころじゃない……)
ここは、人が来ない代わりに――
人が、生きられない場所だった。
「矢尻さん! ここは無理です!」
俺は叫ぶ。
「予定変更! 快晴だったエリアへ向かいましょう!」
一瞬の迷い。
だが、矢尻さんはすぐにうなずいた。
「……はい!」
嵐を背に、俺たちは進路を変える。
危険を避けたつもりが、別の危険にぶつかる。
それでも――
生き延びるために、選び直す。
それが、今の俺たちにできる唯一の戦い方だった。
空の向こうで、雷がもう一度、光った。




