第9話 次の場所へ
拠点に戻ると、辺りはすっかり静かになっていた。
完全な安全ではないが、今の俺たちには十分すぎるほどの隠れ家だった。
支給品を整理し終え、二人並んで腰を下ろす。
「……改めて、ありがとうございます」
矢尻さんが、ぽつりと言った。
「さっきも、支給品のことも。一人だったら、行けなかったと思います」
「結果的に、何も起きませんでしたけどね」
そう返すと、彼女は小さく笑った。
「それが、一番怖いんです」
「“何も起きなかった”ってことが」
否定できなかった。
俺は携帯端末を取り出し、マップを開く。
すでに表示は更新されている。
「……やっぱり、来ますね」
「え?」
画面を見せると、矢尻さんの表情が強張った。
現在位置を含むエリア。
その大部分が、赤く縁取られている。
「次の日になると、ここもほぼ立入禁止区域になります」
「今いる拠点も、安全地帯の外です」
「そんな……」
「だから、移動しないといけません」
次の段階でも比較的広く残っているのは、草原地帯だけだった。
「草原を通って、隣接エリアへ移動するのが一番現実的ですね」
「都市は……?」
矢尻さんが、慎重に言葉を選ぶ。
「避けた方がいいです」
「殺人犯がいる可能性がありますし、建物が多い分、遭遇率も高い」
「……ですよね」
都市地帯。
俺は行ったことがない。
だが、支給品の時の彼女の反応だけで、十分だった。
「森林地帯も、隠れやすい分、危険です」
「視界が悪い場所は、なるべく避けたい」
「じゃあ……」
「草原に隣接する、別のエリア」
「できるだけ人が集まりにくい場所を選びましょう」
しばらく、二人でマップを見つめる。
生き残るための相談。
なのに、どこか普通の旅行計画みたいで――
それが、逆に怖かった。
「……一緒に、行ってくれますよね?」
不安を隠しきれない声。
「もちろんです」
答えるのに、迷いはなかった。
「今さら、別行動はしません」
「二人の方が、生き残れる確率は高いですから」
理屈としては、そうだ。
でも、それだけじゃない。
矢尻さんは、ほっとしたように息を吐いた。
「……よかった」
外では、風が草を揺らしている。
静かで、穏やかで――
だからこそ、嘘みたいだった。
明日になれば、ここは安地じゃなくなる。
立ち止まることは、許されない。
《残り時間:05:22:10:03》
《生存人数:97》
「6時間後、ここを出ましょう」
「はい」
短い返事。
でも、そこには覚悟があった。
「少ししかありませんが、6時間仮眠をとってください」
「私はいいですので、谷口さんが寝てください」
「いや、俺は――」
「私ばかりに気を遣わないでください!」
思ったより強い声だった。
「私はこれでも看護師です。夜勤とか、よく入ってましたから」
……これは長引くやつだ。
少し考えて、妥協案を出す。
「じゃあ、交代制にしましょう」
「あなたが先に3時間。その後、俺が3時間寝ます」
「……それなら」
「その代わり、ちゃんと休んでください」
念を押すと、矢尻さんは小さく頷いた。
「分かりました」
少し離れた場所で、彼女は横になる。
「……おやすみなさい」
「はい」
そう答えてから、俺はマップをもう一度見つめた。
草原に隣接するエリアは二つ。
一つは、以前遠目に見えた黒い雲の下――
積乱雲。雨は確実だ。
体力は奪われる。
だが、その分、人も寄りつかない。
もう一つは、遠目にしか見えなかったからよく確認できなかったが、
少なくとも雨や雪みたいな劣悪な環境ではなさそうなエリア。
だが、過ごしやすい場所には、人が集まる。
安全を取るか。
環境を取るか。
また、選択を迫られる。
けれど今は、一人じゃない。
俺の一存で決めるわけにはいかない。
二人で決めるしかない。
生き延びるための――
次の一歩を。




