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物語序章 第一版 99章

電子大国建設計画 ― 半導体量産ライン構築 国家ロードマップ


日本の産業史において、新たな夜明けが訪れようとしていた。

それは、鋼でも、石油でも、蒸気でもない。

「電子」という目に見えぬ粒子を支配する時代の幕開けであった。


熊本・菊陽平野――。

この静かな地に、未来の心臓を打たせるべく、政府は国家的決断を下した。

名を「半導体量産ライン構築計画」。

国家が“知能を自ら造る”ことを目的とした、最初の壮大な試みである。


半導体の先鋭化


計画の基本構想


この計画は、単なる小規模の技術導入ではない。

国家の独立を維持し続けるための、電子的な自立宣言であった。


目標は――

自国でIC(集積回路)を量産できる能力を持つこと。

成熟ノード(65〜28ナノメートル級)の確立を第一段階とし、

最先端技術(7nm以下)は次の段階で取り組む。


日本国はすでに、重工・化学・機械・教育の土台を持つ。

これらを連携させ、国家レベルの「電子産業基盤」を築くことが決定された。


フェーズ年次内容

A0〜1年目準備・調査・インフラ確定

B1〜3年目基礎産業強化・人材育成

C2〜4年目R&Dファブ建設・試作技術確立

D4〜7年目量産ファブ構築

E7〜10年目産業成熟・歩留まり向上

F10年以降先端化(EUV)計画


フェーズA:準備期(0〜1年目)


――「電子の地図を描く者たち」


最初に行われたのは、国の頭脳を統べる組織の創設である。

「国家半導体委員会」――

その議長には明賢が直々に就き、帝国大学電気工学科の高堂博士を筆頭技監として迎えた。


委員会の任務は、まず国内に眠る産業力の“棚卸し”だった。

化学工場、金属精錬所、真空機械工房、電子工場、そして大学研究室――

すべての設備・人材・素材が記録され、「産業インベントリ」として一冊の大帳簿にまとめられた。


同時に、電子産業に必要な三大要素が定義された。

1.清水 ― 精密製造の命脈。

2.電力 ― 産業の心臓。

3.静穏 ― クリーンルームにより塵も音も許さぬ環境。


その条件を満たす土地として、熊本・菊陽が選ばれた。

ここに国家規模の工業団地が新設され、国民から「晶鋼殿区」と呼ばれることになる。


こうして日本国は、半導体という産業へと一歩を踏み出した。

初年度の終わり、国家委員会設置と大規模工場用地確保が完了。

電子産業史の地図の最初の線が、ここに引かれた。



フェーズB:基礎産業強化期(1〜3年目)


――「電子の骨格を鍛える」


次に政府が着手したのは、素材・機械・人材という“基盤の造営”だった。


新大陸では、豊富な砂鉄層と珪石鉱床を掘削し、

**金属級シリコン(99.9999%純度)**の精錬が始まった。

ゾーンリファイニング炉の中で、ゆらめく溶融帯が不純物を押し流す。

その光景は、まるで電子の川が流れているかのようであった。


国内では、三つの新産業が立ち上がる。


産業区分新設拠点主な生産品

高純度化学九州化学廠フォトレジスト・特殊ガス・CMPスラリー

精密機械東京工廠CMP装置・真空ポンプ・リニアステージ

環境技術東京空調製作所HEPAフィルター・陽圧空調設備


一方、帝国大学と電気通信庁は合同で「電子技術者養成課程」を創設。

化学・物理・制御の若き学生たちが集まり、

僅か八年で600名以上の技術士が誕生した。


この段階での成果は明確だった。

•国内で主要装置を供給可能にする産業基盤が整備

•高純度素材の国産ルート確立

•クリーンルーム建設技術者の初期育成完了


第2段階の終わり、日本は“電子産業の骨”を持つ国家へと変貌していた。



フェーズC:R&Dファブ構築期(2〜4年目)


――「電子を創る実験炉」


菊陽の地に、白い巨大な建屋が静かに完成した。

それが日本初の**R&Dファブ(研究・大規模工場)**である。

クリーン度はClass1000、中心区画はClass100――

国内ではかつてない精密環境であった。


導入された大規模主要装置は以下の通りである。

•酸化炉(SiO₂絶縁膜形成用)

•CVD/PVD装置(薄膜形成)

RIEドライエッチング

•CMP(研磨)装置

•アライナー(光学露光装置)


若きエンジニアたちは、日夜酸化とエッチングの実験に没頭した。

炉の中で輝くシリコンの輝点を見つめ、

電子が流れる瞬間を夢見て記録を取り続けた。


冬――

ついに試作シリコンダイが完成する。

その表面に描かれた微細なパターンを、研究員たちは震える手で見つめた。


通電試験の瞬間、わずかな電流が流れた。


「動いた!電子が通ったぞ!」


歓声と涙が同時に上がる。

日本はついに、自国製高精度半導体の起動に成功したのだった。


その日、熊本の空は白く光って見えたという。

そしてこの成功が、次の段階への号砲となった。


◇ フェーズD:量産ファブ建設期(4〜7年目)


――「電子を鍛える鋼の都」


明賢の号令のもと、日本は国家資金を投じて本格的な量産半導体工場群の建設を開始した。

目標は、前世日本に並ぶ製造能力――65ナノ〜28ナノメートル級の成熟ノード大量生産。

国家の脳を自ら作るための挑戦であった。


建設はまず、三つの要に分かれた。


拠点名主な任務

熊本・白凰ファブ中核ライン(露光・CVD・CMP)

名古屋・蒼鋼ファブ検査・パッケージ・テスト

熊本・阿蘇ファブ材料精製・純水供給・エネルギー管理


各地では、昼夜を問わぬ工事が続いた。

電力供給のための地中ケーブル網、純水製造プラント、酸素と窒素を供給するガスライン――

それらすべてが、まるで生きた有機体のように連結されていった。


やがて工場が完成し、日本初のフルセット装置群が並ぶ。

露光機、CVD炉、RIE装置、CMPポリッシャ、イオン注入装置、そしてATE(自動テスト装置)。

それらを支えるオペレータの制服は、白一色。

塵一つをも許さぬその姿は、まさに電子の僧侶たちであった。


同時に、パッケージセンターとテスト施設も稼働を始め、

製造から検査までが一気通貫で進む体制が整う。


量産初期、月産**5万枚**の生産ラインが立ち上がり、

電子帝国の鼓動が初めて産業の形として響き始めた。


「電子は、もはや購入するものではない。――我らが鍛える鋼の粒である。」


明賢のその言葉は、国家技術者の心に深く刻まれた。



◇ フェーズE:歩留まり改善と周辺産業拡大(6〜9年目)


――「電子の血脈を整える」


量産が始まったとはいえ、初期歩留まりは50%にも満たなかった。

細かな埃、電圧の揺らぎ、化学溶液の濃度差――

そのどれもがチップを不良へと導く。


だが研究者たちは怯まなかった。

「改善部局」が設立され、

全国から集まった統計学者・品質技術者たちが、製造データを一枚一枚解析していった。


その過程で新しい文化が生まれる。

それは“数字を祈る文化”ではなく、“原因を突き止める科学”であった。

工員の誰もが自分の手の中に国家の神経を持っているという誇りを持ち、

日々、改善と改良を繰り返していった。


同時に、周辺産業も急速に成長する。

特殊ガス、フォトレジスト、スラリー、マスク基板、装置用消耗品――

それぞれの製造工場が各地方に林立し、供給網は国内で自立化していった。


九年目、白凰・蒼鋼・阿蘇の三拠点は歩留まり**95%**を達成。

十七世紀ではありえない世界最先端を独走し、日本は“電子国家”として完全に独り立ちした。


そして、この成功をもって、明賢は次の命令を発する。


「我らは電子を量産することを覚えた。

次は――電子の未来を創造するのだ。」



◇ フェーズF:先端化計画(10年目以降)


――「光より速く、知を刻む」


次なる目標は、先端ノードへの到達であった。

7ナノ、そしてその先にある量子領域。


帝国大学ではEUV光源(極端紫外線)の開発が始まる。

シンクロトロン光を基盤とした試験露光装置が稼働し、

光学産業とレーザー産業が連携して、独自の露光機構を生み出していった。


新素材の研究も進んだ。

メタルゲート、三次元スタッキング、カーボンナノ導体――

それらはもはや金属やシリコンではなく、

“情報を運ぶ新しい物質”と呼ばれ始めていた。


帝国大学と庁が共同で編成した**「帝国研究開発局(IRDA)」は、

次世代半導体の研究・既存研究の特許を一元管理。

わずか数年で特許2000件・論文1500本**を超える成果を挙げた。


やがて、電子帝国の中心は熊本から東京、そして新大陸の研究都市・山番市へと広がり、

大陸間で技術が循環し始めた。


それは単なる産業ではなく、

日本の生命体の新しい神経系であった。



人材と国家の記憶


帝国大学は、電子技術者育成のために「電子専門教育課程」を創設。

期間目標人員主な育成分野

短期(0〜3年)1,000名プロセス・装置オペレータ

中期(3〜7年)5,000名量産・品質保証・整備

長期(7〜10年+)10,000名研究開発・設計・装置開発

これにより、国家全体で数万名超の専門技術者が誕生した。

その多くは各地の工場・大学・研究所に配属され、

電子国家を支える“知の兵士”として活躍していく。



10年目の夏。

白凰ファブの一角で、ひとつの集積回路が完成した。

それは国家初の完全自国製CPU――「プロセッサ第一号」。


試験ベンチに通電すると、緑のランプが点灯し、わずかにファンの風が鳴る。

スクリーンには文字が浮かぶ。


“Rebirth of Knowledge” ― 知の再生。


その瞬間、日本は電子文明に正式に足を踏み入れた。

そして世界の歴史に、もうひとつの文明が刻まれたのである。

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