物語序章 第一版 98章
電子技術の量産
1年目のロードマップ ― 実験から量産へ
国家計画の初年度、熊本では以下のスケジュールが実施された。
•第1〜2月:PCB試作、抵抗・コイルの自作、組立ライン稼働
•第3〜5月:真空管量産、真空ポンプ導入
•第6〜12月:小規模量産(千単位)、品質保証体制の確立
熊本の夜は、実験棟の窓からこぼれる光で輝いた。
遠くから見ると、まるで都市全体が“電子の心臓”のように脈打っていた。
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電子の夜明け
完成した真空管とディスクリート半導体は、
軍の通信装置、発電所の制御盤、医療の心電計へと応用されていく。
明賢は報告書を読みながら呟いた。
「これでようやく、“考える機械”を作る土台が整った。
この文明は、次に電子の世界へ進むだろう。」
熊本の空には、青白い電子の光が、夜明けのように瞬いていた。
電子産業国家計画 第Ⅲ段階 ― 半導体試作と“電子の血管”の誕生 ―
熊本電子産業区。
その静かな山間に、新たな工場群が立ち上がりつつあった。
白い壁に囲まれた巨大な建屋の中――
ここは、**日本初の半導体試作拠点「第一電子素子開発所」**である。
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静寂と光の国 ― クリーンルームの誕生
この施設には、他のどんな工場とも違う空気が流れていた。
床は磨かれ、温度は一定に保たれ、
研究員たちは防塵服を着て、まるで“別世界の住人”のように動いている。
換気ダクトからは、低い風の音が絶えず聞こえた。
HEPAフィルターを通った空気が、
一粒の塵すら許さぬ世界を維持している。
明賢はその光景を見て静かに呟いた。
「ここは電子文明の神殿だ。
この静寂の中で、未来が生まれる。」
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手に入るもの、作るもの
この段階で、研究所は世界の知識を“再現”しつつあった。
既に国内で量産が始まっていた真空ポンプ、ガラス器具、フォトレジスト、石英管――
一方で、手作りで生まれたものも多かった。
•酸化炉は石英管にニクロム線を巻き、自国製の温度制御装置で1000℃まで加熱。
•フォトリソグラフィ装置は紫外線LEDと手製マスクを組み合わせた。
•真空蒸着機は、艦艇用ポンプを転用し、石英チャンバーを接続。
•スピンコーターは古い旋盤を改造して自作された。
「輸入するのではない、模倣して超える。」
それが研究員たちの合言葉であった。
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シリコンが息を吹く瞬間
実験は、シリコンウェハの洗浄から始まる。
化学プラントで精製された高純度水と酸化剤――
H₂O₂、HF、HNO₃の混合液が静かにウェハ表面を削いでいく。
加熱酸化炉に入れられたウェハが1000℃で白く輝き、
表面には薄いガラスのようなSiO₂の膜が形成される。
次に、スピンコーターでフォトレジストが塗布され、
紫外線LEDの露光機が青白い光を放つ。
OHPフィルムに印刷されたマスクパターン――
線幅はわずか百ミクロン。
それがシリコンに刻まれる。
「――現像、成功です!」
技術員の声が響く。
顕微鏡の中、確かに微細な回路線が浮かび上がっていた。
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ドーピング ― 電子に魂を吹き込む
フォトレジストをマスクにして、
リンとボロンを拡散炉で200〜300℃にて導入する。
ガラス管の中、淡い紫色の炎が揺れた。
これにより、N型とP型の領域がシリコンの中に刻まれる。
電子と正孔――二つの粒が、そこに初めて共存した。
続いて真空蒸着装置でアルミ薄膜を形成し、
配線パターンを再び露光して刻む。
最後に、超硬刃のダイサーで切り出されたチップを樹脂で封止。
日本初の国産トランジスタが、ここに誕生した。
半導体試作の構成表
区分主な品目入手・製造状況
素材シリコンウェハ、酸化剤、レジスト、アルミ線一部国産化・一部輸入
装置真空ポンプ、酸化炉、UV露光装置半自作体制
工具顕微鏡、ピンセット、ダイサー国内工場に発注
測定テスタ、電源、オシロスコープ既存電子研究所から転用
電子の息吹 ― ダイオードとトランジスタ
最初に完成したのは整流用のダイオードだった。
明賢はそれを手に取り、
重さわずか数グラムの部品を静かに見つめる。
「これが電流を選ぶ……
まるで意志を持った金属だ。」
続いて、第二世代トランジスタが試作される。
その増幅率はわずか80倍。
だが真空管と違い、手のひらに収まるほどの大きさだった。
研究員の一人が呟いた。
「これで……“携帯できる電気脳”が作れますね。」
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国家の電子網構想へ
この成功をもって、熊本電子産業区は正式に
**「国家電子装置開発局」**に昇格した。
明賢は次なる命令を下す。
「これでようやく、電子が走る血管を作ることができる。
次は“神経”だ。通信網と計算機を、我が手で繋げよ。」
この瞬間から――
日本国は「半導体国家」への道を正式に歩み始めたのである。
国家半導体産業創設計画 ― 電子文明の礎 ―
熊本高原。
山の奥に築かれた巨大な白壁の工場群は、
人々から「晶鋼殿」と呼ばれた。
そこは鉄でも、ガラスでもなく――
シリコンを鍛えるための神殿であった。
政府はこの施設に「国家半導体製造所」の名を与え、
電子文明を支える「国家的鉱脈」を築こうとしていた。
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第一工程:原料 ― 大陸の砂より始まる
新大陸では既に高純度シリコン砂の採掘が始まっていた。
それは金属ではない、**“電子を通す岩”**だ。
鉱石を精製し、鉄やアルミよりもはるかに繊細な
99.9999%を超える純度を持つ単体シリコンへと変える。
製錬所には高温電気炉とゾーンリファイニング装置が並ぶ。
純度を示すモニターに「0.01ppm以下」の数値が灯ると、
現場の技師たちは思わず息を飲んだ。
「この結晶の透明さ……まるで氷だ。」
「いいや、これは未来そのものだ。」
そのシリコン棒はチョクラルスキー炉に吊るされ、
ゆっくりと引き上げられていく。
溶融した金属の湖面から、一本の単結晶インゴットが生まれた。
その輝きは、まるで文明の灯火だった。
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第二工程:ウェハ加工 ― 輝く鏡の平面
インゴットはダイヤモンドワイヤソーによって
紙のように薄くスライスされる。
それを研磨機で磨き、表面の平坦度を数ナノメートル以内に整える。
CMP(化学機械研磨)装置が低い唸りをあげ、
金属スラリーが鏡のような反射面を生み出す。
その平面に映るのは、作業員たちの顔と――
新しい時代の象徴だった。
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第三工程:フォトリソグラフィ ― 光で描く回路
次に、神経のような電子の道を刻む作業が始まる。
レジストを塗布したウェハの上に、紫外線が走る。
EUV露光装置の光は霧のように淡く、しかし正確に線を描く。
OHPフィルムから始まった露光技術は、
今やナノメートル単位のアライメント精度を誇るまでになっていた。
「光で描く回路……これが電子の筆だ。」
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第四工程:成膜とイオン注入 ― 電子の流れる道を作る
CVD装置の中で、ガスが分解されて薄い膜を形成していく。
アルミニウムやポリシリコンの層が、まるで層雲のように積み重なる。
続いてイオン注入装置――
高精度の加速器が轟音を響かせ、
リンやボロンの粒子をウェハに撃ち込んでいく。
ここで、シリコンの中に「性格」が与えられる。
電子を通すN型、電子を受けるP型。
それが電流という生命を生む。
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第五工程:エッチングとCMP ― 彫刻の技
ドライエッチング装置では、プラズマが渦を巻き、
ナノスケールで構造を削り出す。
職人たちは顕微鏡越しにそれを見守る。
「まるで、神が微粒子で彫る芸術だな。」
その後、CMP研磨によって再び表面を平らにする。
電子の道が、層を重ねながら地層のように積み上がっていく。
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第六工程:検査とパッケージ ― 命の選別
完成したウェハは電子顕微鏡で検査され、
わずかな欠陥すら許されぬ。
歩留まり95%を超えることが国家目標とされた。
レーザーダイサーでチップが切り出され、
ワイヤボンダで金線が接続される。
最後に樹脂で封止され、小さな黒い生命体となる。
それは、未来の都市を動かす心臓の鼓動だった。
基礎技術と産業体系の再編
この事業のため6つの研究所を作った
分野主な研究機関担当技術
材料科学九州化学研究所高純度シリコン・レジスト開発
精密機械東京工廠真空ポンプ・CVD装置・リニア機構
光学長野光学局EUV光源・露光レンズ
電子制御名古屋制御研究所温度・電力・静電制御装置
クリーン環境熊本工廠内技術班HEPA・除振・陽圧管理
計測・検査熊本物理試験場SEM・AFM・TEM
さらに材料学・電子物性・量子工学・生産制御の専門家を数千人単位で養成する方針を発表した。
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明賢の言葉 ― 電子の血を持つ国家へ
完成した試作チップを手に、明賢は静かに語った。
「金属は力を生み、燃料は熱を生む。
だがシリコンは“知恵”を生む。
我らは今、知恵を持つ金属を手に入れた。
これを国の神経とせよ。
電子が流れる限り、この国は生き続ける。」
こうして――
熊本の晶鋼殿を起点に、
日本は真の意味で**“電子文明国家”**へと変貌を始めたのである。




