物語序章 第一版 97章
電子産業国家計画 第Ⅱ段階 ― 真空管から半導体へ ―
熊本電子産業区の灯がともり、抵抗器やコンデンサが量産されはじめたころ。
明賢は、次の段階に進むように命じた。
「電子は血管を得た。だが、次は“心臓”を作らねばならぬ。
真空管と半導体――電子の脈動を生み出す器官だ。」
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真空管という第一歩
新設された「熊本電子研究棟」には、夜ごと柔らかなオレンジ色の光が灯る。
その光こそ、日本初の国産真空管の試験炉から漏れるものであった。
研究員たちは、金属線を焼き、ガラスを吹き、フィラメントを巻いた。
封着装置に取り付けた小型の真空ポンプが、低く唸りを上げる。
そして、ガラス管の中に――小さな宇宙が生まれた。
試験点灯の日。
白衣の一人が手を震わせながらスイッチを押す。
フィラメントが赤く輝き、電流が流れた。
その瞬間、実験室の中に歓声が上がった。
「動いた! 日本製の真空管が、初めて動いたぞ!」
明賢は報告を受け、しばらく沈黙したのち静かに言葉を返した。
「よくやった。電子の魂が、この地に宿った。」
この真空管はやがて「K-1」と呼ばれ、初期の増幅器や無線機の心臓として全国の研究所へ配布された。
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並行して進む ― ディスクリート半導体への挑戦
同時に、熊本ではより難しい挑戦が始まっていた。
ゲルマニウム半導体の製造である。
最初はインターネットで購入した機器を分解して、そこからICの中身を取り出し、
構造を分析する「サルベージ研究」が続いた。
ガラス越しの小さなチップを顕微鏡で覗き込み、
研究員たちはスケッチブックに回路の構造を描き写した。
「これが、電子の脳の中身か……」と誰かが呟く。
設備もまた、ほとんどが手作りだった。
精密研削盤も、真空熱処理炉も、リバースエンジニアリングし、
歯車一つひとつまで逆算して再設計した。
半年が過ぎた頃、
“ゲルマニウム接合トランジスタ”の試作1号が完成する。
その増幅率はわずか30倍――だが、確かな一歩だった。
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■ 国家規模の工場建設 ― 半導体ファブ構想
明賢は、この成果をもとに新たな国家計画を立ち上げた。
それが、**「半導体基板構築計画」**である。
「真空管は血肉だ。だが、半導体は脳だ。
この国が未来に立つなら、必ずその頭脳を自ら作らねばならぬ。」
熊本の第二敷地には新たな施設が建設されることになった。
工場の名は「国立電子素材製造所」。
ここで行われるのは、シリコンウェハーの生成、ドーピング、露光、エッチング、
そして金属配線――まさに、電子文明の錬金術であった。
クリーンルームの建設には防塵服を着た技術者たちが昼夜を問わず働いた。
換気システムのフィルター、床下の静電対策、
空調に使われる風量計測――すべてが初の試みだった。
「チリ一粒が回路を壊す」
その言葉が、研究棟の壁に貼られていた。
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「国家の電子工房」を支える人々
同時に、電子産業の発展に不可欠な人材育成も始まった。
熊本電子工業学校、帝国大学電気学部、清助塾――
それらの教育機関が連携し、電子設計・化学管理・真空加工などの講座を開いた。
講師は現場の研究員たち自身だった。
実験中に焦げた回路板や壊れた真空管を教材に、
「失敗こそ、最良の教科書」として次代の人材が育っていった。
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材料と装置 ― 電子国家を支える“土”
電子工場の倉庫には、銅板と銅線、鉄と鋼材、ハンダと薬液が整然と並ぶ。
これらはすべて1000ユニット生産を想定した、初期の国家備蓄である。
さらに、
•銅線は通信やコイルに、
•アルミは電解コンデンサに、
•鉛と硫酸は蓄電池に、
それぞれ形を変えて工場の中を循環していた。
一方、品質管理室では「導通率」「MTBF」「環境耐性」などの数値が掲げられ、
初めて“統計による品質保証”が導入された。
「電子も兵器も、信頼性が命だ。」
明賢のその言葉が、各検査室の壁に刻まれていた。




