物語序章 第一版 92章
陸軍の規模拡大
海の向こうで都市が立ち、線路が伸び、港が眠りなく働き出した頃、
大地の上でも違う鼓動が高まり始めていた。
最初の陸軍は、開拓の先遣隊として始まった。
彼らはツルハシと斧を持ち、道を切り開き、鉄路を敷き、港の岸壁を打ち固めた。
移民の家々が並び、倉庫が積み上がり、街路に街灯がともると、
新たに暮らす人々は「自分たちの国ができた」と胸を張った。
だが、明賢は静かな危機感を抱いていた。
「港と線路を作る力は得た。しかし、もし大規模な陸上戦闘が起きたら──」
その言葉は、平和の風景の裏に潜む脆弱さを照らし出した。
陸軍の再編成
そこで陸軍は再編成された。
開拓と建設に特化した先遣隊の役割は尊重しつつ、
陸上戦闘部隊としての再編が命じられたのだ。
まず行われたのは役割の明確化だった。
道路・鉄道・港湾を作る工兵部隊は「支援部隊」として編制を固定し、
一方で戦闘に即応する歩兵・機械化部隊が独立した編制として整備された。
工兵は依然として前線のインフラを支えるが、彼らの指揮系統は別れ、
戦時には戦闘部隊の支援に即座に回れる体制が作られた。
訓練場では昼夜を問わぬ演習が始まった。
かつてはツルハシを振っていた若者たちが、今は射撃訓練に汗を流し、行進を繰り返す。
教練場の指揮官が声を張る。
「我々は道を作る者であって、同時にその道を守る者でもある!」
編成面でも根本的な変更が入る。
小規模で分散していた部隊は、戦闘単位として再結成され、
師団や旅団といった中核部隊が編成され始めた。
これらは機動力と持久力を重視し、鉄道による機動展開や道路を使った即応を前提に配備される。
兵站も根幹から見直された。
補給路の確保、前線倉庫の配置、燃料と弾薬の蓄積――
これらは港と鉄道網と密に連携して設計され、
「戦うための国土インフラ」という新しい思想が生まれる。
教育面では、従来の軍学校に加え、新たな戦術学校や工兵学校が設立された。
砲兵の射撃理論、野戦工学、鉄道を活用した部隊運用法、補給管理など、
戦場を科学するための学びが導入される。教官は艦隊や開拓で実績を上げた将兵や技術者が兼務し、
実務経験と理論が混ざり合った教育が行われた。
指揮系統は簡潔に整えられた。
平時には地域防衛と開発支援を行い、有事には迅速に戦闘指揮下へ移行する──
その切り替えを可能にするため、通信網と司令部の運用プロトコルも作り直された。
町の人々の目には、変化は穏やかなものに映った。
門を守る兵士はかつてと同じ笑みを浮かべながら、夜の見廻りを続ける。
だが明け方の霧が晴れると、整然と並ぶ隊列と訓練場の轟音が新しい時代を告げた。
明賢は報告書に一行を添えた。
「我らはただ作るだけではない。作るものを守り抜くための力も同時に育てる。」
再編の号令が正式に下ったのは、東京の冬が終わりを迎えたころだった。
机上には、世界地図が広げられている。そこに赤い線で描かれたのは、
日本を中心に広がる新たな陸軍の指揮体制の構想だった。
「ここからは“守る陸軍”ではなく、“支える陸軍”として動かす。」
明賢はそう言って、地図の中央──東京に指を置いた。
東京本司令部の設立
日本の首都・東京。
ここに「日本陸軍総司令部」が設けられた。
この本司令部は、世界に広がるすべての陸軍師団を束ね、作戦・補給・教育・編成の最終決定権を持つ。
厚い鉄筋コンクリートで造られた建物には、各大陸の現地司令部と直結する有線通信線が通され、
遠く離れた地の報告を即座に受け取ることができた。
東京本司令部の傘下には、日本列島全域を網羅する11の師団が配備された。
それぞれは地域特性に合わせた防衛・補給・工兵・戦闘の複合部隊であり、
地理と気候、産業と交通を理解した上で配置された。
•関東師団(東京・横浜・千葉・埼玉)
•北陸師団(新潟・富山・石川)
•東北師団(仙台・青森・秋田)
•中部師団(名古屋・静岡・長野)
•北海道師団(札幌・旭川・函館)
•九州師団(博多・熊本・鹿児島)
•近畿師団(大阪・京都・神戸)
•山陽山陰師団(広島・岡山・松江)
•四国師団(高松・松山)
•琉球師団(那覇・宮古・石垣)
•台湾師団(台北・高雄)
それぞれの師団は、地元出身の兵士を中心に編成され、
「自らの土地を自らの手で守る」という思想のもと、士気の高さを誇った。
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山番市陸軍司令部
次に作られたのが、太平洋の向こうの大陸、山番市司令部である。
この司令部は、広大な北米大陸全域と中南米の一部を管轄した。
山番市の丘の上に建つ本部庁舎は、
日本からの輸送船によって運ばれた鉄筋とコンクリートで築かれ、
通信塔が立ち、地下には発電設備と無線・有線の通信網が整っている。
部屋の壁には大陸全体の地図が貼られ、そこに各師団の印がびっしりと並ぶ。
その配下には、二十を超える師団が置かれた。
西海岸の都市から東部のノーフォークまで、
そして南のパナマや南端のフォークランド諸島まで。
海岸線をなぞるように師団が配置され、
大陸を守る「陸の鎖」を形作った。
山番市、サンディエゴ、バンクーバー、シアトル、ロサンゼルス、
ポートランド、アルバカーキ、カルガリー、サンアントニオ、ヒューストン、
カンザスシティ、ミネアポリス、シカゴ、クリーブランド、オタワ、
ケベックシティ、アトランタ、ニューオリンズ、ノーフォーク、
ジャクソンビル、マイアミ、チャールストン、ハリファックス、パナマ、フォークランド諸島──
この師団群の特徴は、どこも鉄道と港湾を中心に展開していることだ。
兵士だけでなく、工兵や補給部隊、通信兵が常に隣り合って動く。
一度命令が下れば、どの都市からでも即座に部隊が動ける仕組みだった。
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シドニー陸軍司令部
最後に、南半球の雄、シドニー司令部。
ここはオーストラリアと南太平洋諸島を統括する基地である。
シドニー湾を見下ろす高台に、石造りの堂々たる司令部が建てられた。
南洋の暑さを防ぐため、厚い断熱壁と深い庇が特徴的だ。
ここには海軍とも連携する統合作戦室があり、
太平洋南部の防衛と輸送を一手に担っている。
配下には、シドニー・オークランド・メルボルン・ブリスベン・アデレード・パース・ダーウィン・ポートモレスビー・グアムの9師団が所属。
この地の師団は、防衛よりも支援と展開能力に重点を置き、
鉱山都市や港湾都市の守備、物資輸送、緊急派遣など多様な任務に就いていた。
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こうして、三大陸に跨る陸軍の司令体制は形を成した。
東京、山番市、シドニー――
三つの都市は、それぞれの大地を繋ぐ三本柱となり、
陸軍の力は国土を超えて、世界規模で動き始めたのだった。
明賢は司令部の地図を見つめながら静かに言った。
「これでようやく、“世界に広がる日本”を守る骨格ができた。」




